Chapter16-2 緊急依頼(7)
紫の魔法司だと彼女――オーキッドは名乗った。
その正体に嘘偽りはないだろう。オーキッドを構成するのは魔力のみであり、内包する魔力量も膨大だ。
ただ、彼女も、ニナと相対している者と同じ境遇だった。つい三日前までは魔法司として存在しなかったんだ。
三日間で二人も新たな魔法司が誕生し、同時に攻撃を仕掛けてくる。こんな都合の良い展開を、偶然で片づけられるだろうか?
二人の魔法司に、何らかの繋がりがあるのは間違いない。
でも、真実を聞き出すのは難しい。
自ら構成し直さない限り、魔法司の身体は魔力なんだ。そのため、従来の痛苦に訴えるやり方は通用しないのである。
また、下手に実力が高いせいで、安全に捕獲し続けられないのも問題だ。一応、方法はあるけど、絶対と言い切れないところがネックだった。
オレが尋問する選択肢もあるが……あまり有効ではない気がする。
何故なら、オーキッドたちは徒党を組んでいるからだ。『仲間を売るくらいなら』と自刃されては、情報収集なんて夢のまた夢。
理想は、もう一人の魔法司との仲間意識が低いこと。もしくは、戦闘中にペラペラ喋るくらい口が軽いこと。どちらかであれば、裏事情を知れるだろう。
とどのつまり、
「手加減して戦うしかないってわけだ」
オレは、溜息混じりのセリフを口内で転がす。
相手が何も語らなかったとしても、多少は時間を稼ぎたい。魔法司相手には効果が薄いけど、【白煌鮮魔】が最低限の情報を抜き取ってくれる。それゆえの手加減だった。
たぶん、ニナも同じ結論に至ったんだろう。でなければ、応援要請なんて行わない。今の彼女なら、魔法司でも十分もかからずにナマス切りにできるからね。
加速した思考をまとめ上げ、改めて紫の魔法司オーキッドを見据える。
彼女はすでに戦闘態勢へと移行しており、内包する膨大な魔力を隆起させていた。次の瞬間には、高威力の紫魔法を放ってくるだろう。やる気満々である。
苦笑しながら、オレは迎撃の構えを取ろうとした。
しかし、その前に声が掛けられる。
「ゼ……シスさん。ここは、わたしたちに任せてくれません?」
マリナから、自分が戦いたいという要請だった。
思いがけない発言に、さしものオレも驚く。
「本気か?」
「本気ですよ~。前々から、次に魔法司が敵に回った際は、自分たちが戦うって決めてたんです。ね、マイムちゃん」
「あい!」
彼女のセリフを、マイムが元気良く肯定した。
「相棒との話し合いは済ませてあるのか」
用意周到だと感心すれば良いのか、心配のしすぎだと呆れれば良いのか。
魔法司と敵対するなんて、普通は想定し得ないんだが、今までの経験を考慮すると否定できないんだよなぁ。実際、その想定は起きてしまったわけだし。
実力的には問題ない。マリナの力量なら、新米魔法司に負けるはずなく、程良い訓練相手になるだろう。
情報を引き出す面では、オレが戦う以上に適しているかもしれない。マリナの話術の巧みさは語るまでもない上、手の空いたオレは魔眼での分析に集中できる。
突然の申し出に驚いたものの、マリナの提案は現状において最善だった。
「分かった。任せる」
「ありがとうございます~」
「シスさん!?」
オレが許可を出すと、マリナは礼を言い、トゥルエノが非難染みた声を上げた。
トゥルエノは続ける。
「マリナだけに戦わせるとか本気なの? あれ、絶対に全員で相手した方が良い強さでしょ! いや、そもそも、戦わず逃げた方が良いって!」
うん。実に常識的な助言だ。色々と抜けている彼女だけど、状況の分析能力や対処の立案能力に関しては優れている模様。
とはいえ、常識が通じるのは、あくまでも常識的な相手に限る。マリナ単独でも問題ないし、相手はこちらを逃がす気がない。
「【マルベリー・シャワー】!」
トゥルエノが言い終えると同時に、マルベリー色の雨がオーキッドから放たれた。天を埋め尽くすそれに、回避する余地は存在しない。
『マリナ。これはオレが対処する』
【念話】越しに、自分が対応するとマリナへ告げる。
展開済みの魔眼によって、雨の正体は見抜いていた。彼女よりもオレが当たった方が良い。
「【天変】」
あえて詠唱して魔法の強度を上げ、オレたちの周囲を独自環境に塗り替える。【天変】との境界線に降れたマルベリー色の雨は、ジュワッと音を立てて蒸発した。
対し、【天変】の範囲外の地面は雨に濡れる。大量の雨が注がれ、全面がマルベリー色に染まってしまう。
そうなった途端、地面の見た目が変わった。ただの土だったのに、プラスチックのようなツルツルした質感に変貌を遂げる。
これこそ、先の雨――【マルベリー・シャワー】という紫魔法の効果だ。あの雨の一滴一滴には高密度の魔力が込められており、浸透した事物を支配下に置くのである。触れたら最後、オーキッドには逆らえなくなるんだ。
「あれに触れたら、敵に逆らえなくなる。絶対に触れるなよ」
オレはマリナ含む全員に注意喚起した。
「なるほど~。水魔法で防御したら、制御を奪われたんですねぇ」
『敵に逆らえなくなる』と聞いて身震いするトゥルエノとガノンだったが、マリナは平常運転だった。穏やかな雰囲気で、柔らかい笑顔を湛えている。
「オーキッドさん。あなたの相手は、わたしが務めさせてもらいますね」
敵へと一歩踏み出したマリナ。
オーキッドは不快感をあらわにした。
「人間の……精霊魔法師? 腹立たしい存在ですね。あなたに用はありません。失せなさい」
冷めた目で彼女を見下ろした彼女は、雑な仕草で紫魔法を放った。マルベリー色の突撃槍が、真っすぐマリナに向かって走る。
腐っても色魔法。雑に放ったとはいえ、槍の抱える魔力は多量だった。上級魔法レベルの威力はあるだろう。速度も音速に届く。
一瞬で目前に到達する攻撃だったが、マリナに焦りはなかった。
彼女に槍が触れる直前、どこからともなく発生した水が槍を覆い尽くし、
――バシュッ。
須臾にして消え去った。
水が槍を圧し潰したんだ。水の方も霧散したので、何も残らなかったのである。
おそらく、オレの【コンプレッスキューブ】を模倣した魔法だな。使用した水まで自壊してしまうとは、かなりの圧力をかけたと見える。恐ろしい威力だ。
色魔法が敗北したとあって、オーキッドは瞠目していた。先程までの興味がなさそうな顔はなく、ただただ驚愕している。
「あなたの相手はわたしです。逃がしませんよ~」
それに対して、マリナはにっこりと笑うのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




