Chapter16-2 緊急依頼(2)
王都の冒険者ギルドには、大勢の冒険者が集っていた。といっても、基本的にランクB以上の集まりである。内容が内容だけに、下手な実力者を送るわけにはいかないんだ。
集団の中にはチラホラと顔見知りがいる。ニナや『エスプリ』の面々もすでにそろっていた。
タイミングが良いのか悪いのか、マリナたちも条件を満たしてしまっているんだよなぁ。割と実戦慣れしているフォラナーダ組はともかく、聖女セイラは緊張気味だった。【鑑定】で確認した限り、並みの敵には負けない強さは備えているんだけど、まだ自信が持てていない様子。
チームメンバー的に、致し方ない部分もある。今回の緊急依頼で、その辺りの感覚を養えれば良いね。
また、トゥルエノの顔もあった。帝国のランクA冒険者だったので、腕を買われたんだろう。こちらは運が悪いとしか言いようがない。
「元帥閣下」
すると、老齢の男がオレの名を呼んだ。パッと見は細身の御仁なんだが、背筋はピンと伸びており、まとう圧はとても重厚である。歴戦の猛者を彷彿とさせた。
彼はこのギルドのトップである。今回の騒動について、打ち合わせをするために声を掛けてきたんだろう。
先程の呼びかけの通り、今のオレはまだシスの姿に変わっていない。【位相連結】による協力をする以上、ゼクスとして一度は顔を見せる必要があったんだ。
「ギルド長か」
「私のような老いぼれの顔を覚えてくださっているとは、恐悦至極でございます」
「おべっかはいい。今は急ぐんだろう?」
「申しわけございません。しかし、先の発言は嘘ではありませんよ。かつて戦士だった者として、閣下には尊敬の念が絶えませんので」
ホッホッホッと老人らしい朗らかな笑声を漏らした後、ギルド長は表情を引き締めた。
「閣下のご助力がいただけることは、すでに伺っております。転移の魔法で、冒険者たちを各地へ送ってくださるとか」
「嗚呼。近隣までしっかり送り届けよう」
「助かります。現地の者たちでは、戦線を維持するのがやっとらしく。現状、どこも被害はそこまで大きくないようですが」
「それほど数が多いのか」
「『倒しても倒しても、魔獣が押し寄せてくる』。そう、連絡を寄越した者は申しておりました」
「なるほどな」
何らかの原因があって、周辺の魔獣が引き寄せられているのかもしれない。もしくは、文字通り“無限に湧いている”のか。原因が人為的なものだったら、否定はできないだろう。
――って、今は考察している場合ではないな。手早く冒険者たちを送り込み、被害の拡大を防がなくては。
オレはギルド長に問う。
「担当の割り振りは?」
「通達済みで、彼らも担当ごとに固まって待機しております。詳しく説明しますと――」
彼は区分の詳細を語った。
それによると、ニナと『エスプリ』は別々らしい。戦力を考えると当然だった。
ただ、シスは『エスプリ』、それとトゥルエノは一緒だった。しかも、担当エリアのリーダーがシスだと言う。かなり戦力過多だし、旗色の悪い場所に割り振られたみたいだな。
「じゃあ、早速送るか。時間が惜しい」
「お待ちください。まだ、シス殿が顔を見せておりません」
【位相連結】を発動しようとしたら、ギルド長に止められてしまった。
そういえば、オレとシスが同一人物だって、身内以外は知らないんだった。ウィームレイにさえ伝えていない。
とはいえ、教えるわけにもいかなかった。素性を隠せる身分は、結構便利なんだよ。最近は使う機会が少なかったとしても、保険として残しておきたい。今回の騒動だって、シスだからこそ参加できるわけだし。
分身でも立たせておけば良かったか?
いや、あれはカカシよりマシ程度の代物だ。思考はトレースできるものの、不測の事態に対応できない。強くなりすぎたオレやシスの偽物としては不適格だ。
結局のところ、この展開は避けられなかった。割り切って、適当に誤魔化しておこう。
「シスは、別件に対処している最中なんだ。ここにいる冒険者たちを送った後、オレが責任を持って彼も送り込む。作戦の詳細も伝えよう。だから、心配する必要はない」
「私的な依頼をなさっていたのですね。どうりで、最近は王都で姿を見なかったわけだ。閣下がそう仰られるのでしたら、私に異論はございません」
都合良く解釈してくれたらしい。変に突っ込まれなくて安心したよ。
「作戦は、あってないようなものです。冒険者には、最低限の連携しか望めませんから」
苦笑を溢すギルド長。
反論の余地はない。元々、冒険者というのは落伍者の集まり。騎士のような連携を望めるはずがない。『同士討ちを避ける』程度が関の山だ。
それらのリーダーをやれと言うんだから、なかなか鬼畜だと思う。誰かにやってもらう必要があるんだけどさ。
必要事項を聞き終えたオレは、その後すぐに冒険者たちを【位相連結】で送り出した。
ガランドウになった建物内を見届けてから、オレも【位相連結】で現地に向かう。無論、【偽装】でシスの姿をまとって。
「さて。狩りの時間だ」
黒い外套をなびかせ、オレは小さく呟いた。
○●○●○●○●
転移先は街道の途中だった。森の隣を通る場所で、人里とも若干距離が空いている。普段なら、草葉の揺れる音が聞こえるくらいの、静かな場所だっただろう。
しかし、今は違った。けたたましい怒号と金属音、爆発音が、絶え間なく響き渡っている。加えて、生々しい血の臭いも周囲には漂っていた。
件のスタンピードの防衛線が、すぐ傍で展開されているんだ。
というか、目視できる範囲にある。森とは反対側、広大な草原に頑強な陣地が築かれていた。そこへ目掛けて、多種多様な魔獣が襲い掛かっている。
「満身創痍だな」
状況を素早く確認したオレは、そう口内で転がす。
いくつかの村が壊滅し、撤退を繰り返しているのは確実だった。でなければ、砦でもないのに、人里離れた場所を拠点とするはずがない。補給路が確保できないもの。
また、あんな吹きさらしの草原に防衛網を敷くのもおかしい。相手はスタンピード――集団なんだ。囲まれて叩かれるのがオチである。現に、四方八方から袋叩きにされている。
逃げて追い込まれた結果、あそこで陣地を作るしかなかった。そんなところだろう。
オレたちが担当を任されたのも納得だった。こんな瀬戸際の状況をひっくり返すには、相応の戦力が必要だもの。
「いつまでも眺めてられないな。総員、傾聴!」
オレはここを担当する冒険者たちに声を掛ける。精神魔法の【アピール】を使ったので、無視される心配はいらない。
『エスプリ』やトゥルエノを含め、ザッと五十名ほどか。内、ランクAは十名と。オレが手を出さずとも、勝つには十分だな。
オレが出しゃばりすぎて彼らの仕事を根こそぎ奪ってしまうと、反感を買う可能性が高い。今回は援護に徹するのが得策かな。
そんな風に思考を巡らせながら、冒険者たちに指示を出す。
「オレはランクA冒険者、『星』のシスだ。この討伐隊のリーダーを任されているッ。とはいえ、お前たちに出す指示は二つだけだ。魔獣を殺せ、味方を攻撃するな。以上!」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
唖然とする冒険者一同。
然もありなん。出した命令が、至極当たり前の二つだったんだからね。
ただ、これ以上の命令は下せないのが現実なんだよ。いくら二つ名持ちと言えど、連中が従ってくれるか分からないし。
まぁ、これのみだと侮られるかもしれない。追撃しておくか。
オレは挑発的に笑う。
「オレが獲物を譲ってやるって言ってるんだ、さっさと狩りに向かったらどうだ? それとも、オレがお前たちの仕事を奪ってもいいのか?」
そう言ってから、自身の代名詞ともなった【星】を堕とす。
巨大な魔力の塊。少し威力を絞った二、三メートル大の光塊は、必死に戦っている現地人たちの周囲に着弾した。ドゴンドゴンと大音声が繰り返し鳴り響き、魔獣と大地をまとめて蹂躙していく。
無論、陣地の方には被害が出ないよう、上手く調整はしている。地震以外の被害はないはずだ。
あっという間に一掃された魔獣。草原も、一瞬で荒地へと変貌を遂げた。
それを見て呆然とする冒険者たち。
だが、いつまでもボーッとはしていられない。
「何を呆けてるッ。次が来るぞ! 次もオレが奪ってもいいのか?」
オレが倒したのは、あくまでも陣地周辺の魔獣のみだ。続々と魔獣が押し寄せているという情報は真実だったらしく、気が付けば先程と同じ量の敵が現れていた。
「わたしたちも戦うよー!」
最初に声を上げたのはマリナだった。右こぶしを天に挙げ、気合十分といった様子で魔獣の群れの方に走っていく。
それを受け、『エスプリ』の他メンバー――スキア、ユリィカ、セイラも我に返ったよう。彼女の後に続いた。
マリナたちは実力者ゆえに、すぐさま数々の魔獣を吹き飛ばしていく。
ここまで来て、ようやく他の冒険者たちも正気を取り戻す。「おおおおお」と雄叫びを上げながら突っ込んでいった。
曲がりなりにも実力者ぞろい。魔獣は順調に駆逐されていく。
ただ、
「本当にキリがないな」
次から次へと魔獣が出現するため、こちらに休む暇はなかった。
こちらが力尽きるか、魔獣が打ち止めになるか、根比べだな。
オレは【銃撃】で冒険者たちのフォローをしつつ、溜息を吐くのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




