Interlude-Ekolu 友を名乗れるように
「エコル」
「ふぇ?」
ふと、アタシ――エコルに声が掛けられた。
振り向けば、そこには豊かな渦巻き髪を湛えたラウレアが立っていた。ドオール公爵家のご令嬢で、同年代の中でもとびきり優秀な少女。そんな彼女と友人だなんて、未だに信じられない気持ちがある。
「どうかした?」
アタシが首を傾ぐと、ラウレアは眉根を寄せた。
「『どうしたの?』ではありませんわ。依頼を見繕ってきたのですから、ボーッとしていないでサッサと立ってくださいな」
「あっ、そっか。ごめんごめん」
今日はラウレアが選ぶ番だからと、アタシは待機していたんだった。色々考えていたせいで、すっかり忘れてたよ。
「大丈夫ですか? 調子が悪いのなら、一日くらい休んでも大丈夫ですわよ?」
両手を合わせて謝罪すると、彼女は心配そうに訊いてきた。
アタシは慌てて首を横に振る。
「そんな必要はないから! 本当に大丈夫。ちょっと考えごとをしてただけだし」
「考えごと、ですか?」
「うん。……って、話は後にしよう。依頼を受理しちゃわないと」
「そうですね。詳細は道すがらにでもお聞きしましょう」
「あ、そこは聞くんだ」
「当然ですわ」
――なんてやり取りを交わしつつ、アタシたちはギルドの建物を後にする。
ちなみに、美人のラウレアに突っかかってくる人間は誰もいない。公爵令嬢という立場が知れ渡っているのもそうだけど、手を出したら痛い目を見ると情報共有されているためだ。
ゼクス監修の試験期間中、例のピンキーをボコボコにしたんだよね……カロンが。
あれから一ヶ月近く経過しているけど、鮮明に思い出せるよ。完全な後衛職だと思っていた彼女が、金級狩人の彼らをタコ殴りにしたんだもん。その場に居合わせた狩人たち全員がドン引きしていたね。
ともあれ、そういった経緯もあり、アタシたちに粉をかけるのはギルド内で一種のタブーになっている。しばらくは平穏は保たれるんじゃないかな。
王都の外へ向かう道すがら、ラウレアから依頼の内容を確認する。たぶん、いつもと同じベアラット――クマ大のネズミ――の討伐だと思うけど。
「今日の依頼は?」
「ベアラットですわ」
「やっぱり」
「銀級の依頼の中では、一番コスパが良いですからね」
ベアラットは森を食い荒らしかねない魔獣なので、優先討伐対象として報酬が美味しいんだ。加えて、素材も良い値段で売れる。
その分だけ難度も高かったりするんだけど、アタシたちは問題ない。あの修行を潜り抜けたアタシたちなら、ね……。
たわいない雑談を挟みつつ、ラウレアがついに訊いてくる。
「それで、先程は何をボーッと考えていたのでしょう?」
「結局訊くんだ?」
「当然ですわ」
よほど興味をそそられているのか、小気味良い返事だった。
アタシは「うーん」と少し悩む。言いにくいとかではなく、そこまで大した内容じゃないためだ。
まぁ、ここで変に誤魔化すと、余計な心配をさせてしまう。素直に話すしかなかった。
「ゼクスたちのことを考えてたんだよ」
「フォラナーダ殿たちのこと?」
「うん。何だか懐かしいなって」
「まだ一ヶ月しか経っておりませんわよ?」
呆れた様子のラウレアに、アタシは苦笑を溢す。
「そうなんだけどさ。ゼクスと出会ってからは色々と濃い毎日だったし」
ゼクスを召喚してしまった日を境に、アタシの人生は大きく変わった。大変なことは多かったけど、苦労ばかりだった日常に楽しむ余裕が生まれたんだ。
彼を呼び出したことに関しては、今でも申しわけなく感じている。ただ、それと同じくらい『呼んだのがゼクスで良かった』とも思っていた。彼のお陰で今のアタシがいると実感していた。
ゼクスが隣にいない日が続くにつれて、寂しい気持ちが溢れてくるんだ。彼はアタシの恩人で、師匠で、初めての友だち。いろんな意味で、思い入れ深いヒトだったから。
『濃い毎日』の部分に強く共感したのか、ラウレアは苦笑いを浮かべる。
「確かに、あの方々との日々は退屈しませんでしたね。一週間に満たない付き合いでも、驚きの連続でしたわ」
「だよね。ビックリ箱かって思うほど、よく分からないもののオンパレードだったよ」
「エコルも十分にトラブルメーカーですが、フォラナーダ殿も他人のことをとやかく仰れる方ではございませんでしたわ」
「そうそう……って、アタシはトラブルメーカーじゃないよ!?」
「えっ、自覚がございませんでしたの?」
本気で目を丸くするラウレアに、アタシは憤慨する。
「違うから! 何か知らないけど、問題が向こうからやってくるんだよッ」
「それをトラブルメーカーと仰るのでしょうに……」
何故か彼女は呆れ顔を浮かべるが、断じて違うよ。この一ヶ月も色々大変だったけど、アタシはトラブルメーカーじゃない!
「分かりました。分かりましたから、落ち着いてください」
「失礼しちゃうよ!」
最終的に折れたのは向こうだった。若干の溜息が混じっているものの、こちらの勝ちは勝ちだもんね。
フフンと得意げに鼻を鳴らすと、ラウレアが不意に尋ねてくる。
「それで、フォラナーダ殿方は、いつお呼びになるのですか?」
それは当然の質問だった。寂しいと語ったんだから、連絡を取り合うのは自然な流れだよね。
でも――
「しばらくは声をかけないつもり」
アタシは自ら連絡を取るつもりはなかった。
ラウレアは怪訝そうに首を傾げる。
「何故でしょう?」
「『胸を張って、ゼクスの友だちだって言えるようになりたいから』かな」
今のアタシは弱い。何もかもが不足していて、彼に頼りっぱなしだ。借りばかりが増えている。
それが健全な友人関係だとは、とうてい思えなかった。これまで友だちのいなかったアタシでも、それくらいは理解できた。
だからこそ、アタシは強くなりたい。立派な大人に成長したい。次にゼクスと会った時、何の憂いもなく”彼の友だちです”と名乗れるようになりたい。
そのために、しばらくは自分なりに頑張ろうと考えた。
「たぶん、アタシ一人で出来ることなんて限られてて、色々なヒトに力を借りることにはなるんだろうけど……それでも、ゼクスに頼らず突き進みたいんだよね」
「そうですか」
アタシが語り終えると、ラウレアは静かに頷いた。
そして、笑顔で返してくる。
「でしたら、共に頑張らせていただきましょう。私もフォラナーダ殿には大きな借りがありますもの」
「いいの?」
「もちろん。私たちも友人同士。遠慮なく頼ってください」
「ありがとう、ラウレア! そっちも遠慮なくアタシに頼ってね」
「ええ。その時はよろしくお願いいたしますわ」
アタシとラウレアは笑い合う。
自分の置かれている境遇は決して甘いものじゃないけど、全力で頑張っていきたいと思う。いつか訪れるだろう、優しい未来を目指して。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




