Chapter15-6 折衷案(2)
カモは見事に引っかかった。迂闊にもエルアの質問に頷いてしまった。
オレは心のうちで溜息を吐く。それから、カロンへ【念話】を繋げた。
『カロン』
『承知いたしました、お兄さま』
さすがは我が妹。語らずとも、やるべきことを理解してくれているよう。それは、彼女の魔力の動きより明白だ。
補足しておくと、エコルの返答を止めることはできた。だが、これも社会勉強だと考えて手は出さなかったんだ。一回は痛い目を見た方が覚えも早い。それに、ここからの挽回も可能だからね。
「エコルッ!」
「あっ」
エコルの失言に、真っ先に反応したのはラウレアだった。怒りを含んだ声を上げる。
それによって、エコルも自身の発言の意味に気が付いた様子。『やっちまった』という表情を浮かべた。
彼女たちの反応の後、エルアはコロコロと笑う。
しかし、紡がれるセリフは、笑顔とは正反対の内容だった。
「ふふふ。とりあえず、お義姉さま以外は死んでいただきましょうか~」
次の瞬間、エルアを中心に濃い紫色の霧が拡散した。その勢いは凄まじく、座った体勢からだとオレたちも回避は間に合わない。――予期できなければ、という注釈はつくが。
紫の霧はコチラには届かなかった。オレたちを淡く光る結界が覆っているために、一滴たりとも通過しない。
一方、結界に守られなかったエルア側の使用人たちは、もろに霧を浴びた。最初は咳き込み、次第にバタリバタリと倒れていく。
死んではいない。精神の安定状況を見るに、眠っているだけだ。
「眠っていらっしゃるだけですね。命に別状はありません」
治療のプロであるカロンも同意見ならば、まず間違いないな。紫の霧は睡眠効果のある代物だった模様。
「あら。これを防がれるとは、思ったよりも強いですねぇ」
「ッ!」
「エルア王女殿下。いったい、どういうおつもりですか!?」
呑気に笑うエルアに対し、エコルは臨戦態勢を取り、ラウレアは糾弾の言葉を吐く。どちらも椅子を蹴飛ばして立ち上がっており、今にもエルアへ飛び掛かりそうだった。
それでも、エルアの態度は一切変わらない。
「『どういうおつもり』も何もー、カナカの根底を揺るがす秘密を知られた以上、地位と利用価値のあるお義姉さま以外は始末しなくてはいけませんもの」
「あなたッ――」
「落ち着け、ドオール嬢」
いけしゃあしゃあと語るエルアをさらに怒鳴ろうとするラウレアだったが、その途中でオレが遮った。
声に【平静】を混ぜたので、魔力を持たない彼女には効果てきめん。彼女は唇を噛みながらも口を止めた。
それから、立ち上がる二人を優しく諭す。
「二人とも、とりあえず座れ。ここからはオレに任せてほしい」
経験を積ませるために様子見していたが、この辺りが限界だろう。最後の一線を越えてしまえば、もはや殺すか逃げるかの二択になってしまう。
だから、選手交代だ。この先は大人の時間。オレがテーブルに着く。
「承知いたしましたわ。お任せいたします」
「ごめんなさい」
二人は素直に応じてくれた。
ラウレアは自分の能力をよく理解している。現状、自らの力量では何もできないと分かった上での首肯だった。
エコルは単純に謝罪だな。安易な罠に引っかかったのは、他でもない彼女だもの。これを機に、狡猾な手法への対処法を学んでほしい。
すると、ここに至って、初めてエルアの視線がオレを捉えた。
「えっと、そちらのステキな殿方はゼクスさん、でしたか~? あなたは、まだ交渉の余地があると仰るので?」
先程までと変わらぬ笑顔。しかし、感情を読めるオレには分かる。彼女はこちらを全力で警戒していた。
ゆえに、オレは挑発的に笑って返すんだ。
「十分にあるさ。あなたが考えてる以上に、たくさんね」
そう言った後、カロンに合図を出して自分のみを結界の範囲外に出す。どこからでもかかってこいと、態度でも挑発する。
エルアは一度、瞑目した。
「……良いでしょう。そこまで言うなら交渉を続けましょうか」
そして一言呟き、目を開く。
そこには、先までの笑顔はなかった。今までのワガママ王女らしい気の抜けた表情はなかった。あるのは冷たい瞳と鉄仮面のような真顔だけ。
「こちらの要求です。力を示してください」
直後、オレに向かって雷が落ちた。快晴だったはずの青空より、一直線に稲妻が飛来した。ズドンと大音声が響き、一瞬周囲を目映く照らす。
当然、自然現象ではない。エルアの指示によって仕掛けられた攻撃だろう。威力は中級魔法くらいかな? 魔術にしては高火力だと思う。
当然、オレは傷一つ負っていない。中級以下なら、まとう魔力を軽く実体化させただけで弾き飛ばせた。
無傷のこちらを認めたのか、次々と攻撃が降ってくる。雷だけではなく、火や水、風、岩などの多彩な術が襲い来る。
お陰さまで東屋はボロボロだ。エルアを巻き込まない程度には調整しているようだが、他のほとんどがガレキと化した。
しかし、すべてオレの魔力が防ぐ。欠片たりとも通り抜けることはなかった。カロンの張った結界も同様である。
間断なく繰り返される攻撃の中、エルアは悠然と座っていた。
とはいえ、その余裕も上辺だけの代物。まったく動かない戦況に、彼女は確実に焦っていた。動揺の炎は、徐々にその勢いを増していっている。
そろそろフィナーレかな。
オレは降りかかった攻撃の一つを、あえて素通りさせた。
「ッ」
エルア王女が僅かに息を呑んだ。心のうちが歓喜に染まる。
ようやくダメージが与えられると喜んでいるところ悪いけど、これは反撃のための助走だよ。
巨大な氷の槍。敵の攻撃であるそれの制御権を、オレは奪い取った。魔眼『白煌鮮魔』を用い、一瞬で射撃方向を反転させる。威力上昇のオマケをつけて。
反射した攻撃がどこへ向かうのかなんて、わざわざ語るまでもない。
五秒と置かず、上空より絶叫が鳴った。腹を槍で串刺しにされた体長1.5メートルほどイルカが落ちてくる。
魔眼で読み取った情報によると、『エヴィルドルフィン』という魔獣のよう。エルアの使い魔だ。魔素を自在に操る能力を有しており、先の攻撃はそれを応用したんだろう。
殺すつもりはなかったので、オレは優しくイルカを受け止めた。次いで、カロンに治療をお願いする。
「カロン、頼む」
「承知いたしました、お兄さま」
さすがはカロンだ。瞬きよりも早くイルカの腹は回復した。オレが抱き留めていなければ、今すぐにでも元気良く動き出せるくらい全快である。
オレは偽ミスリルワイヤーで手早くイルカを簀巻きにして、地面へと放り投げた。そして、呆然と固まるエルアを見据える。
「さて、次の手はあるかな?」
彼女は頬を引きつらせた。予想外の出来事すぎて、ポーカーフェイスが追いつかなくなったらしい。つまりは、これ以上の手札はないということ。
まぁ、実のところ、エルアの戦い方は悪くなかったと思う。
エヴィルドルフィンの集めた魔素を代価に、魔術を際限なく放つ。他の魔術師にはマネできない大きなアドバンテージだ。使い魔越しに魔術を繰り出す手法も良かった。
諸々を考慮して、彼女は間違いなく魔術大陸で五指に入る実力者だ。オレたちの大陸でも、結構良い線は行くだろう。エコルとラウレアのみだったら、仕留められていたに違いない。
エルアの敗因は、オレやカロンといった強者が同席していた点に尽きる。
詰みを悟ったらしい。エルアは両手を顔の横に挙げて苦笑を溢す。
「参りました~。喜んで、そちらの要求を飲まさせていただきます」
元のワガママ王女の仮面をかぶり、彼女はそう降伏宣言をするのだった。
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