Chapter15-5 秘められし真実(2)
最深部は大きなフタによって閉じられていた。銀行の金庫がイメージに合致するだろうか。重厚な円形の扉が、オレたちの侵入を拒んでいた。
ただ、本来なら荘厳な雰囲気で待ち構えていただろう扉も、今や形なしである。何故なら、フォラナーダの面々がたむろし、様々な魔道具によって調査を進めているからだ。メイドが遺跡調査を行っている風景なんて、奇怪以外の何ものでもない。
「えぇ、メイドだらけ」
「ものすごくアンマッチですわね」
案の定、エコルとラウレアは少し引いていた。
オレやカロンは見慣れた光景なんだけどね。フォラナーダ所属の面々――特に、シオンが仕込んでいる使用人勢――は、かなりマルチな技能を有しているんだ。たぶん、できない物事の方が少ない。
今までは必要性が薄かったので、使用人などに兼業させていた。しかし、改めて考えると、今後のためにも専業の研究員は必要だろう。卒業後はミネルヴァが管理する研究所も組織する予定だし、ちょうど良いタイミングかもしれないな。あとで募集をかけてみよう。
そんな横道に思考を逸らしつつも、オレは巨大な扉を見据える。
「報告書の通り、探知ができない」
試しに探知術を広げてみたんだが、扉から先に魔力が浸透しなかった。魔力そのものが通らないということは、すなわち魔眼での突破も難しい。
というか、実際に無理だった。隠蔽しているので光っていないが、今のオレの左目は【白煌鮮魔】を開眼中である。
まさか、隠し部屋に施されていたものよりも、強固な隠蔽術式が覆っているなんて。先行調査を行った使用人たちはともかく、オレでも探れないとは驚きだよ。いったい、どれほどの代価を支払ったんだか。
オレは内心で呆れつつ、同行しているマロンに問うた。
「扉の材質は、本物のミスリルとオリハルコンの合金なんだな?」
「はい~、ほぼ間違いありません。ゼクスさまとノマさんの生み出した偽と、性質がほぼ一致しましたのでー」
どこから伝説の金属を大量に持ち出したんだよ、とツッコミを入れたいところだが、きっと魔術で何とかしたんだろうね。代価さえ支払えれば実行できるとはいえ、ここまで来ると『何でもアリかよ』と愚痴を溢したくなる。
「お兄さま。その考えは、自らにも突き刺さりますよ?」
「自然にオレの思考を読まないでくれ、カロン」
「あら。ついうっかり」
頬に片手を当て、おどけ気味に舌を出すカロン。
可愛いから許そう。可愛いは正義だ。
――さて。
話を戻すが、始祖とやらは、かなり強力な力を有していたみたいだ。オレの知る魔術とは思えないほど、大きな結果を残している。
もしかして、創作物にありきたりの“転生者チート”なるものを所持していたのか? たとえば、『魔術の結果を高める』とか『代価を軽減するないしゼロにする』とか。
……チートとまでは言わずとも、それに準ずる素養があったのは確実か。でなければ、結果と代価が釣り合わない。
実にうらやましい話だ。同じ転生者でも才能がなく、文字通り命を削って鍛え上げた人間もいるのに。
まぁ、愚痴を溢すのも程々にしよう。隣の芝は青いとも言う。おそらく、才能がある者にはある者の苦労があったはず。外野が好き勝手に語るのは、当事者たちに失礼だな。
オレは頭を振って、余計な思考を追い出す。それから、【位相隠し】より三種の神宝を取り出した。
「マロン。おそらく、これが鍵だ。指定箇所に設置してきてくれ」
「承知いたしました~」
マロンは三つの神宝を受け取ると、扉の方へと駆けていった。どうやら、扉の表面にあるくぼみが鍵穴らしい。
他の使用人と協力し、手際良く神宝は設置された。
途端、ゴゴゴゴゴゴゴと大きな重低音を鳴らし、頑なに閉じていた扉が動き始める。
調査を進めていた使用人は、すでに退避済みだ。全員【身体強化】は習得しているので、数秒もあれば安全圏まで余裕で逃げられる。無論、色々な機材を抱えた上で。
たっぷり十分かけて、扉は開き切った。
「何も見えない」
開いた先を覗いたエコルが、眉を寄せながら呟く。
彼女の言う通り、扉の向こう側は暗闇だった。明かりが一切ないようで、奥を全然見通せない。かろうじて、扉と同形の通路が続いていると分かる程度。
「怪しいこと、この上ないですわ」
「どういたしますか、お兄さま」
ラウレアが警戒の言葉を出した後、カロンが進退について尋ねてくる。
オレは肩を竦める。
「もちろん、前進あるのみ」
ここまで来ておいて、来た道を戻るなんてあり得ない。罠を警戒する慎重さは持ち合わせた方が良いけど、怖気づくのは宜しくない。
「マロンたちはこの場で待機。不測の事態が発生した際に対応できるよう、備えておくこと」
「はい、お任せくださいー」
安全マージンは、しっかり確保しておく。後詰を使用人たちに頼み、次いで同行者の有無を確認した。
「カロンは――」
「同行いたします」
「……うん、だろうね。二人はどうする?」
「ちょっと怖いけど、二の足踏んで戻るのは何か違うよねぇ」
「私も進みます。この先に何があるか、気になりますもの」
カロンは食い気味に、エコルとラウレアも不安げながらも同行を希望した。つまり、メンバーに変わりはない。
「全員一緒ね、了解。じゃあ、みんなで会いに行こうか」
三人の意見を受け入れたオレは、そう言って先行する。
エコルが疑問を溢した。
「会いにって、誰に?」
「当然、この先で待ってるヒトに」
「えっ、中は見えないって言ってなかった?」
「扉が開いたことで、魔力が通るようになったんだよ」
魔力の遮断は、すでに解決していた。ゆえに、オレの眼は内部の状況を正確に捉えていたんだ。何があり誰が待っているのか、すべて見通していた。でなければ、闇雲に前進したりしない。
「いったい、誰が待っていらっしゃるの?」
今度はラウレアが問うてくる。歩を進めつつ、恐る恐るといった体で。
扉の先へと踏み込むタイミングで、オレは小さく笑った。
「始祖の使い魔だよ」
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」」
次の瞬間、エコルとラウレアの驚愕の声が長い通路に響き渡った。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




