Chapter15-4 三種の神宝(5)
最初のフロアボスを倒してから約五時間後。現在は五百九十三階をひたすら駆けていた。
そんな折、エコルが不服そうに溢した。
「やっぱり、おかしくない?」
「何が?」
オレは首を傾ぐと、彼女はイラ立たしげに両腕を振った。
「『何が?』って、今の状況すべてがだよ!」
はて、何かおかしい部分でもあるだろうか? 背中にカロンがしがみつき、両脇にエコルとラウレアを抱えた状態で、オレが全力ダッシュを敢行しているだけなんだが。ちなみに、エスメラルダはラウレアが抱き締めている。
神化済みだから、あらゆる罠を発動する前に走り抜けられるんだ。難しそうな奴は、カロンが事前に燃やしてくれる。
もちろん、抱えている三人と一匹の安全も配慮しているぞ。衝撃を防ぐ小規模の結界を張っているし、速度も音速の範疇まで落としていた。
いくら考えても、不手際は見つからない。
「もっとも効率の良い進み方なのに、何がそんなに不満なんだ?」
「全然、探索してないじゃんッ。力技にも程があるでしょ!」
嗚呼、そういう方面ね。
エコルの心からの叫びに、オレは得心した。
要するに、やりがいが感じられないと嘆いているわけだ。理屈ではなく、感情の問題である。『天衝の塔』という、魔術大陸の人間が知っていて当然の有名建造物なのも一因かな。
気持ちは分かるので、オレは諭すように返した。
「仕方ないだろう。二百階のフロアボスから、エコルたちじゃ太刀打ちできなくなったんだ。なら、ゆっくり進む理由もない。それに頂上が何階なのか分からない以上、できるだけ早く登らないと。塔の内部での寝泊まりは避けたい」
千階までなら、もう少しペースを落としても日没前に到達できるけど、もっと上があったら難しい。転移ができないからには、一気に踏破してしまう必要があった。
こちらの正論に対し、彼女は「むぅ」と唸り声を上げた。反論できない様子。
元々、本気の抗議でもなかったんだろう。ちょっとした不満が爆発しただけ。理不尽を実行している自覚はあるので、その程度のワガママは可愛いものだと受け入れられた。
すると、ラウレアが乾いた笑声を漏らす。
「何ごとも諦めが肝要ですわよ。ヒトが音よりも速く動ける時点で、何を言っても無駄だと察しましょう」
オレの左腕にダランとブラ下がる彼女の目は、完全に死んでいた。絶望の果てに悟りを開いた、末期患者の表情である。使い魔のエスメラルダも、似たような雰囲気だった。
……味方に絶望される状況って何?
「大丈夫です、お兄さま。お兄さまがどこまで強くなろうと、私の愛は生涯不変ですから!」
「ありがとう、カロン」
カロンがギュッと抱き締める力を強めてくれたお陰で、オレの気分は幾許か晴れた。やはり、妹が至高だな。
そんな益体ない会話を繰り広げながらも、オレは躊躇なく罠を踏みつぶしていく。
そうして数時間後、オレたちは念願の頂上に辿り着いた。
結局のところ、『天衝の塔』は千二百三十四階も存在した。1234って、絶対に狙って作っただろう。
今までも片鱗は見えていたが、始祖は相当遊び心を持つ人物だったらしい。歴史を紐解く度に、こういった“遊び”があらわになりそうだ。
全員を下ろしてから、頂上の部屋を見渡す。
ボス部屋と同様、隔たりの一切存在しないフロア。違いと言えば、上層に向かう階段がないこと、中央の天井に大きな穴が開いていることくらいか。
「何もないね。ボスもいないし」
「肝心の『十尺八瓊勾玉』も見当たりませんわね」
周囲の観察を終えたエコルとラウレアが、そう呟く。
二人の言うように、フロアには何もなかった。今までは仁王立ちしていたボスはおらず、目的であった神宝も見つからない。
とはいえ、それはあくまでも室内に限った話だ。
「お兄さま」
「嗚呼」
カロンもあれには気づいている様子。
オレは小さく頷き、声を張った。
「いつまで隠れてるつもりだ? 臆病風に吹かれたんじゃなかったら、サッサと出て来いよ」
「ゼクス?」
「フォラナーダ殿?」
怪訝そうな表情を浮かべるエコルとラウレアを無視して、オレとカロンはとある一点に注目した。オレたちが通った階段以外で、このフロア唯一の出入り口を。
やがて、それは現れた。
「キュアアアアアアアアアア!!!」
甲高い鳴き声で空気を震撼させ、焔によって周囲を青く照らし、放つ圧でフロアを軋ませる魔鳥。青々とした焔をまとった巨大な鷲が、天井に開いた穴から降り立った。
バサリ。
フロアの中央に着地した青鷲は、青焔を湛えた翼を羽ばたかせた。
途端、熱が伝播する。室内全体が燃え上がり、青い焔の広がる舞台へと早変わりした。さながら、焔の園とでも表せば良いか。多少暑くなった程度で済んでいるのは幸いだった。
それから青鷲はオレたちを見据え、鋭利なクチバシを開いた。
『とうとう踏破者が現れたようだな。まずは讃えよう。よくぞ、『天衝の塔』を登り切った。その実力と気力は誇って良い』
「し、喋った!?」
「いえ、実際に声を発しているのとは異なるようですわ」
「【念話】の応用でしょうか?」
言語を介する魔鳥に、少女たちは各々の感想を漏らす。
カロンの見解は正しい。青鷲は、展開した焔をスピーカー代わりにして、魔力の波をこちらに伝えているんだ。【念話】に比べると効率の悪い方法だが、言葉を話せない魔獣が使うなら便利ではある。
そういった分析をしつつ、オレは尋ねる。
「お前は何者だ? オレたちは『十尺瓊勾玉』を求めて、ここまで足を運んだんだが」
『ほう。『十尺瓊勾玉』を欲するか』
こちらの質問を受け、青鷲は目を細めた。何やら思うところがあるのか、その声音には不快そうな色が若干混じる。まとう焔の勢いも、僅かに増した。
奴は嘲笑を溢す。
『我が名は蒼青。璃雀さまを先祖とする、栄えある青鷲の一体ッ。璃雀さまの遺言に従い、『十尺瓊勾玉』は死守させてもらう。欲しければ、力ずくで奪いに来るが良い!』
「璃雀ですって!?」
蒼青の言葉に仰天したのはラウレアだった。オレを含む他の面々は、いまいちピンと来ていない。
「知ってるのか?」
「始祖さまの使い魔だった青鷲の名前ですわ。王族やその親族にのみ、使い魔たちの名前は伝わっているのです」
「なるほどね」
目前の魔鳥は、エコルたちと同類――かつて魔術大陸を平定した者の子孫のわけだ。
何故に『十尺瓊勾玉』を守っているのかは分からないけど、先程よりビシバシと放たれている殺気は偽物ではない。本気で奪いにかからねばならなかった。
蒼青の実力は、結構高い。エコルやラウレアでは歯が立たないだろう。現に、殺気だけで足を竦ませている。
であれば、手早く片づけようか。向こうが本気なら、こちらも手加減する必要性は薄い。
蒼青の息の根を止めようと、魔法を放とうとするオレ。
ところが、その前に制止がかかった。
「お待ちください、お兄さま」
「どうした?」
カロンの声に、オレは魔法の発動を止める。
彼女は答える。
「ここは私にお任せいただけませんか? 試したいことがあります」
「ふむ」
些か意外な申し出だった。
お互いを高める手合わせならともかく、今回は一方的な蹂躙になる。カロンは、そういったワンサイドゲームを好む性格ではなかった。
おそらく、『試したいこと』とやらに重点を置いているんだろう。蒼青が、それに打ってつけの相手なんだと思われる。
チラリと天井に開いている穴を伺う。そこより漏れる光は朱の色だった。
多少時間がかかっても、夜が更ける前には帰れるかな。
ザッと帰還までの時間を試算したオレは、カロンに向かって頷いた。
「いいよ。好きにやっちゃって」
「ありがとうございます!」
彼女は笑顔で礼を言うと、青焔を滾らせる青鷲の前に一歩踏み出した。
「ちょっ、カロン!?」
『ナメられたものだな』
カロンの行動にエコルは瞠目し、蒼青は不機嫌そうな声を上げる。
しかし、当の本人はどこ吹く風だ。
「かかってきてください、小鳥さん。私と炎勝負です」
彼女にしては珍しい、煽るような言葉を吐き、不敵な笑顔を浮かべるのだった。
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