Chapter15-4 三種の神宝(2)
王城より出発すること幾分。人気の少ない路地にて、オレたちは馬車を降りていた。それから、【位相連結】で馬車のみをフォラナーダに帰還させる。
言われるがままに下車したエコルは、不思議そうに首を傾いだ。
「こんなところで降りてどうするの? 遺跡は?」
「【位相連結】で向かうに決まってるだろう」
何を当たり前のことを、と呆れて返すオレ。
すると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「えぇ!? 【位相連結】って、行ったことのない場所にも開けるの!?」
どうやら、彼女は【位相連結】の仕様を勘違いしていたらしい。
オレは呆れ気味に返す。
「そんな制約があったのなら、どうやってこの王都に【位相連結】を開いたんだよ」
「それは……アタシとの繋がりを利用した感じ?」
「都合いい解釈だなぁ」
転移は誰もが驚愕する術だ。何らかの制限があると思い込むのは無理ないし、『行ったことがある場所に限る』というのは、割と無難なチョイスだとは思う。
でも、実際は大外れである。強いて言うなら『魔力が届く範囲』が制限ではあるけど、あってないようなものだな。連続で使用すれば良い上、今は『シャイベ』という中継機も存在する。
「ほら、さっさと潜りたまえ」
益体ない話を挟みつつ、新たに展開した【位相連結】を通るよう促す。
「では、お先に失礼します」
「転移なんて術に一切の制限がないとか、意味わかんない」
「エコルさん。彼については、深く考えるだけ無駄ですわ」
「そうだけどさぁ。あっ、待ってよー!」
カロンはすんなりと移動し、ラウレアは早くも順応を始め、エコルは二人を慌てて追いかけていった。
落ち着きのない子だ。
さながら、エコルは“手のかかる妹”かな。カロンたちは幼少の頃より大人びていたので、この手の騒がしさは酷く懐かしい。
オレはかつての記憶を振り返りつつ、【位相連結】を潜った。
最初に訪れたのはカナカの北西部に位置する街、古都カヒコだった。魔術大陸に現存する街の中でもっとも古く、始祖が一時的な居住地にしていた歴史もあるんだとか。
街全体が一種の遺跡であり、ここから秘宝を探すのは一筋縄ではいかないだろう。まず、どこに眠っているかを調査しなくてはいけない。
そも、エルア王女の提供してくれた情報も、かなり雑なんだよね。秘宝の眠る遺跡の場所しか教えられていない。秘宝が何なのかさえ、彼女は知らないようだった。宝と評されるからには素晴らしい代物に決まっているという、単純な思考回路で欲したみたいだ。
ゆえに、探索は暗中模索。相当の時間が費やされるだろう。
――普通ならば、だが。
無論、オレたちが、そういった手間をかけるはずがなかった。面倒ごとは手早く終わらせてナンボである。
カヒコに到着早々、オレは街中を探知。地下まで広がる怪しい建造物を発見した上、その最深部にある秘宝らしき物体も見つけ出した。
幸運なことに、件の地下建造物は結界の類が張られていない。【位相連結】で入り放題だった。
要するに、
「ほい。これが秘宝だな」
片手間に第一の秘宝を取り寄せられた。
ここに眠っていた秘宝は手鏡だった模様。円形で、裏側には宝飾が散りばめられている。
「「えぇぇ!?」」
鏡を掲げてみせたところ、エコルとラウレアが大声を上げた。二人とも、目玉がこぼれそうなほど瞠目している。エコルに至っては、口まであんぐりと開いていた。
硬直する彼女たちを放置して、カロンが首を傾ぐ。
「装飾は見事ですが、普通の鏡ですね。特に、特異な力が込められている等はなさそうです」
「そうだな。オレたちからしたら、『多少キレイな鏡』以上の価値はない」
「何を仰っておりますのッ!?」
オレがカロンの意見に同意すると、ラウレアが再び吃驚した。やや音程が外れているのは、それほど驚愕が大きかった証左か。
彼女は熱弁を振るう。
「『多少キレイな鏡』などと、本気で仰っているのですか? それは始祖さまが扱ったと伝わる“三種の神宝”――『二咫鏡』のオリジナルではございませんかッ。公になれば、歴史が引っくり返る大発見ですよ!!」
「それって本物の『二咫鏡』なの!?」
「間違いありません。モオ王国に伝わる文献通りの形状ですわ」
「うわぁ」
ラウレアの発言を耳にし、エコルまでも心底驚いた表情を見せる。
予想通りではあるが、この鏡は魔術大陸の人間にとって、かなり歴史的価値がある代物のようだ。反応から察するに、国宝を超えるレベルなんだろう。
「落ち着いてくれ。オレたちは別大陸の出身なんだ。そう熱く語られても、まったく価値が分からないんだよ」
「宜しければ、これがどういったものなのか、教えていただけませんか?」
「そ、そうでしたわね。申しわけございません、興奮しすぎてしまいました」
オレとカロンが困惑気味に返し、ラウレアも正気に戻ったよう。深呼吸を繰り返し、沸騰しかけていた頭を冷ました。
それから、彼女は説明を始める。
“三種の神宝”とは、過去に始祖が愛用した魔術の触媒――『二咫鏡』、『霧払剣』、『十尺瓊勾玉』を総称した言葉らしい。それぞれが神の鱗、神の爪、神の涙を素材とした道具で、とても強力な魔術を扱えたとの逸話が残っているそう。
カロンは怪訝そうに問う。
「ですが、これは何の変哲もない鏡ですよ?」
「かつての大戦の末、力を使い果たしてしまったと聞いておりますわ」
「魔術の触媒って、基本的に消耗品だからね」
「神宝と評されるものであっても、原則は同じわけですか」
彼女は納得がいったと頷き――しかし、再び小首を傾いだ。
今度はオレに向かって質問を投げかけてくる。
「お兄さま。このような何の変哲もない鏡を、どうして発見できたのでしょう? 価値を知らない私やお兄さまでは、見落としてしまうように思うのですが」
「簡単な話さ。これ見よがしに『大切なモノです!』って感じで保管されてたんだよ」
地下に広がる建造物の最深部に、大事に大事に仕舞われていたんだ。他に秘宝があるとは考えられなかった。
「大切に保管するあまり、逆に分かりやすくなってしまったわけですね」
「いやいや。普通だったら見つけ出すまで大変なんだからね? ゼクスが過程を吹っ飛ばしたから簡単に感じるだけだと思う」
カロンが感慨深く頷いていると、エコルが手を振ってツッコミを入れた。
たしかに、エコルの見解は正しい。正攻法で探索した場合、九百九十九階層ある建物を踏破しなくてはいけなかったからな。
結局のところ、転移対策をしなかったアチラが悪い。
「何か、理不尽な結論が下された気がする」
「気のせいじゃないか?」
エコルが半眼を向けてきたので、オレは全力で惚けた。
「しかし、妙だな」
『二咫鏡』を【位相隠し】の中に仕舞いつつ、オレは一つの疑問を口にする。
ラウレアが首を傾げた。
「何が妙なのですか?」
「『二咫鏡』……いや、“三種の神宝”を後生大事に隠しておく理由が、だよ」
「大陸中の人間が、喉から手が出るほど欲しがる代物だからでは?」
「それは、あくまでも歴史的価値にすぎないだろう? 当時の所有者である始祖にとっては、これらは使い果たした道具。わざわざ隠匿する必要はないように感じるのさ」
喩えるなら、寿命を迎えた家電と同じだ。戦いを共に駆け抜けたゆえの愛着はあったかもしれないが、それなら手元に置いておいた方が自然。あんな地下の奥深くには隠さない。
他の神宝も同様。『二咫鏡』の隠し場所を考慮すると、似たような隠し方をされているに違いなかった。
こちらの指摘を理解したようで、ラウレアは神妙に頷く。
「言われてみると、そうですわね。何故、隠したのでしょうか?」
「その辺も、遺跡探索の中で明らかになるといいな」
「……ええ」
深く考え込みそうになる彼女を、早い段階で留める。現状では、いくら思考を回したところで情報不足だ。結論に至れるはずがない。
まぁ、真相が眠る場所に心当たりはあるんだけど……今は置いておこう。遅かれ早かれ、である。
「「……」」
思いがけぬ謎が判明したせいで、場の空気が若干重くなってしまった。特に、この大陸出身であるエコルとラウレアは眉間にシワを寄せている。
少し意地悪が過ぎたようだ。反省しよう。
オレは空気を変えるため、魔力を込めて手を叩いた。パンと乾いた音が周囲に響き渡る。
「ほら。難しい顔をしてないで、次の遺跡に移動しよう。悩むのは、やることをサクッと終わらせた後だ」
「そうだね。ごめん。今は探索に集中するよ!」
「申しわけございません。元はと言えば、これは私の不手際のせい。私が集中せずして、誰が真剣に取り組むのでしょう。次は精いっぱい頑張らせていただきますわ!」
ちゃんと効果はあったみたいだ。二人とも、拳を握り締めて気合十分といった様子。良かった良かった。
オレが満足げに頷いていると、隣のカロンがボソリと呟いた。
「お兄さまが全部終わらせてしまいそうですけれどね」
……それは言わないお約束だ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




