Chapter2-2 勇者(7)
精霊とは、大気中に漂う魔素が集い、自然魔力へと変換され、意思を持った存在である。魔法の属性と同じ六つの属性を有する精霊がおり、それぞれに適応した自然の中――火の精霊なら火山、水の精霊なら湖など――に住まうらしい。
ただ、前述したように、精霊は魔力の集合体。そのため、肉眼で認識することは不可能だ。感覚が鋭い者なら知覚できる可能性もあるが、まず人間には視認できない。
ゆえに、人間にとって精霊は伝説の存在だった。身近にいるかもしれないと想像はできても、相対することの叶わぬモノだった。前世のゲームでも、見えないからか、まったくといって良いほど触れられなかった。
だが、しかし、ここで一つ考えてみてほしい。【魔力視】を持つオレなら、精霊を視認できるのではないかと。
これまで試す機会は巡ってこなかったけど、今この瞬間、その疑問は解消された。
「は? えっ? もしかして、見えてる!?」
先の発言とオレの目線を鑑みて、精霊の方も自分の姿が捉えられていると理解したようだった。丸い茶の瞳を瞠目させ、小さな口をこれでもかというくらい盛大に開けた。
両者ともに、予想外の展開すぎた。対面したまま、一秒二秒と硬直し続けてしまう。
幾秒か経過した頃。ようやく事態を呑み込めた二人は動き出した。
「ワタシたちを視認できるとは生意気な人間めッ。あの少女には絶対に悪さをさせないぞ、成敗してくれる!」
「ま、待て待て待てッ。オレは彼女に悪さをするつもりは毛頭ない。むしろ、救助しに来たんだよ!」
精霊は両手を掲げ、こちらへ向けて魔法を撃とうとする。何故かは判然としないけど、発言からして、マリナを救ったのは彼女らしい。
対するオレは、慌てて両手を上に挙げて弁明を始めた。
ところが、精霊はまったく聞く耳を持たない。
「問答無用! 姿を偽る怪しい奴の言葉なんて、信用ならんッ」
オレの制止も虚しく、精霊は【ストーンボール】モドキを連発してきた。
至近距離の弾幕には、さすがのオレも余裕がない。【先読み】をフル活用して、飛び、跳ね、アクロバティックに回避した。
「ち、ちょっとは話を聞いてくれよ!」
余裕がない中、何とか言葉を振り絞るものの、返ってくるのは石礫のみ。先の発言の通り、問答無用らしい。
嗚呼、もう仕方ないなァ!!
気絶しているとはいえ、近くにマリナもいるんだ。本当はずっと隠したままでいたかったけど、頑固な精霊を説得できそうにないので諦めるしかない。
オレは降りかかる石礫を避けながら、自身に施していた【偽装】を解除した。冒険者シスの姿はスゥと虚空に消え、八歳児であるゼクスの姿が明るみになる。
それを認めた精霊は、自分の姿を目撃された時以上の反応を示した。
「なっ、子どもだと!?」
愕然と目や口を開き、連発していた魔法も停止する。
どうやら、オレが八歳の子どもだったことが、相当ショッキングだったらしい。
攻撃が止まった隙に、オレは自分の主張を言う。
「本当に、あの少女を助けに来ただけなんだよ。姿を偽ってたのは、オレに身分を隠したい事情があるのと、子どもが強いと面倒に巻き込まれる可能性が高いからだ。やましいところは一切ないって誓える!」
「む、むぅ」
精霊はうろたえている。
もしかしたら、彼女は子どもに甘い性格なのかもしれない。マリナも助けたようだし、その確率は高そうだった。ならば、今のオレの説得も成功しそうである。
「何なら証人を呼ぼうか? その女の子の友だちに頼まれたんだ。今は村に返してしまったけど、すぐに呼び出せるぞ?」
村は【位相連結】の射程距離だ。シオンへ連絡を入れれば、すぐにでも繋げられる。人目を気にする必要はあるが、連れてくること自体は問題なかった。
とはいえ、精霊の様子を見ると、わざわざ連れてくる必要はなさそうだった。
「そ、そこまで言うということは、本当なのか? いや、でも、姿を偽っていたなら、ワタシを騙したのも同義だし……」
「だから、姿を変えてたのは、必要に迫られてのことだ。キミ個人を騙したかったわけじゃない。何なら、依頼してきた子どもたちにも、さっきの姿で応対してたし」
「う、うーむ。その必要に迫られてとは、どういった状況なんだ? 姿を偽るなんて不誠実なことをしなくてはいけないほど、追い詰められているのか?」
「最悪、妹が死ぬ」
オレは端的に返す。
嘘は言っていない。直接の原因には全然ならないけど、最終的には帰結する。回りくどく説明するよりも、こうやって印象的に伝えた方が効果的だろう。細かい説明は、お互いに信用を得た後に行えば良い。
「……お前は敵ではないようだな。すまなかった、いきなり攻撃をしたりして」
こちらの目論見は成功したようで、精霊は肩を落とした。
ホッと胸を撫で下ろす。一時はどうなるかと心配だったけど、何とか場を収められたらしい。誰も血を流さなくて本当に良かった。
オレは軽く手を振って、気にしていないと返す。それから、気まずい空気に発展する前に、自己紹介へ移った。
「オレの名前はゼクス。ゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダだ。普段は伯爵子息の立場にいるけど、冒険者として働く時は、さっきの姿でシスと名乗ってる」
「ワタシは土の精霊、名をノマという。これと言って地位などは持ち合わせていないが……料理人を自負している」
土精霊のノマは、オレの名乗りにキチンと返してくれた。態度や口調からして、かなり義理堅い性格をしていると察しがつく。今回は、その性格のお陰で説得できたな。
お互いに自己紹介を終えた後、オレは問う。
「料理人なのか?」
礼服のような服装をしているため、どちらかというと騎士や貴公子といった風体だ。ちゃんと女性だと分かるけど、男装の麗人にも似た凛々しい雰囲気がある。
というか、精霊は魔力を燃料としていると聞くし、料理のしようがないのでは?
すると、この話題はノマにとって琴線に触れるものだったらしく、目を輝かせ、大仰に身振り手振りを始めた。
「そう、ワタシは精霊初の料理人なのだよ! 精霊という奴は、どいつもこいつも好きな味の魔力しか食わん。だが、ワタシはその単調な行いに、否を突きつけたいのだ。人間やエルフを見たまえ。彼らは食材を加工する。一見食べられなさそうなものでさえ、美味な料理へと変身させてしまう。それは素晴らしいことだと思わないかい? だから、ワタシも考案したのだよ、魔力の調理法を! だが、他の精霊たちは、そのワタシの考えを一笑に付したのだッ! 嗚呼、今思い出しても腹立たしい。机上の空論だなどと宣った奴らをぶん殴ってやりたい!」
最後の方は、もはやオレへ向けての言葉ではなかった。仲間うちで揉めごとでもあったのか、恨み辛みを吐き出している。
オレは彼女を放置することにした。こういう時、下手に突っつくと飛び火するものだからな。
ブツブツと怨嗟を呟くノマを尻目に、オレは改めてマリナの様子を窺う。
濃い水色の髪を一本に結んでいる少女は、田舎村の出身とあって素朴な雰囲気がある。ただ、容姿はとても良く、しっかりと身だしなみを整えれば、貴族令嬢と紹介しても通じるだろう。
ヒロイン、マリナ・アロエラ・クルスの専用ルートは、彼女の心の葛藤を主題とした物語だった。
マリナは、幼少より主人公のユーダイへ恋心を抱いていた。だが、彼は勇者として才能を開花させる一方、彼女には戦闘方面の才能がまるで存在しなかった。運動はやや苦手な部類であるし、魔法も得意ではない。結果、ユーダイの隣に立つのは相応しくないのでは? と悩み始めるのである。
エンディングはともかく、マリナの物語は『勇聖記』の中で一、二を争うくらい好きだった。マリナの恋心と悔しさの葛藤が強く伝わる、心に響く話だった。
だから、オレにとって、マリナは思い入れ深いキャラクターなんだ。
まぁ、あくまで“ゲームのマリナ”を慕っていただけで、現実の彼女への興味は薄い。基本的には放置という方針を取るくらいだ。
とはいえ、関心がゼロというわけでもない。今回みたいなピンチに手を貸すくらいは良いだろう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




