Chapter15-3 第二王女(5)
エルア王女との朝食後。当たり前のように、オレたちの部屋に集合した一同。各々が己の直面した状況に合わせた表情を浮かべていた。
「申しわけございません、皆さま。余計な厄介ごとに巻き込んでしまいました」
問題の中心であるラウレアは、沈痛な面持ちで頭を下げた。
それに対し、エコルは憤慨した様子で答える。
「ラウレアのせいじゃないよ! 元はと言えば、夜這いなんて仕掛けてきたエカヒ王子が悪いんだからさッ。なのに、こっちが悪役みたいな言い草、酷くない?」
エルア含むカナカ王家の対応に怒っているらしい。
彼女の意見はもっともだ。襲ったエカヒが悪いのであって、ラウレアはその対策を講じたにすぎない。脅されるいわれは全然なかった。
しかし、実態はそう単純ではないんだよね。
カロンがドウドウとエコルを落ち着かせている間、ラウレアは憂いを帯びた顔で説く。
「私のために怒ってくださるのは嬉しいのですが、対外的に悪と断じられるのはコチラですわ。婚約している身にも関わらず、殿方と密会していたのは事実ですもの。そもそも、あの暴行未遂事件はなかったことになっておりますし」
「あっ」
彼女の言葉で、エコルもようやく気付いた模様。
そう。エカヒがラウレアを襲った一件は、オレの魔法によって夢だと処理されている。前提が破綻しているんだ。結果、ラウレアの過失のみが残ってしまっている。
「ウルコア殿下とは別にもう一人、身分の確かな者をつけるべきでしたわね」
ラウレアの言う通りだな。あと一人でも魔術大陸の貴族の血筋がいれば、密会中は何もなかったと証明できた。こちらで地位を持たないオレたちの証言では、証拠能力がないんだよ。
とはいえ、それは“ないものねだり”である。この城に、現メンバー以外の知人はいない。ラウレアの関係者だからこそ、ウルコアは披露宴最後まで残っていたんだ。
うーん。朝食の時も思ったけど、一連の件は事前に計画されていたものっぽいなぁ。念入りに仕掛けられていた網に引っかかった感じだ。ただの勘だけど、今回とは別の罠もあったように思う。
考えていた以上に、エルアという王女は頭が回るタイプらしい。オレたちが害される可能性はゼロに等しいけど、十分警戒しておこう。
心のうちで色々と思考をまとめたオレは、ふぅと一息吐いた。
「とりあえず、秘宝集めとやらをやろう。そこは確定だ」
「そうね。あの王女が『今回だけ』という約束を反故にするようなら、その時は全力で叩きのめせば良いのよ」
「ですね。形だけでも従いつつ、反撃の準備も同時進行で整えましょう」
さすがは婚約者二人。オレの考えを見事に読んでいる。
あちらは一回限りの脅しだと明言したんだ。ならば、今は大人しく様子を見よう。いざという時は、反撃を食らわせれば良い。幸い、指定された秘宝とやらは、いずれも国内に秘されているようだし。
強者ゆえの傲慢な意見だが、覆しようない事実だ。知略や用意周到さは感心できるけど、圧倒的に武力が足りない。
また、感情も筒抜けのため、狡猾さも半減しているんだよね。真意は不透明だが、大まかな方針は予想できる。
オレたちのセリフを聞き、ラウレアが目をパチパチと瞬かせる。
「て、手伝っていただけるのですか?」
どうやら、こちらが協力するとは考えていなかったらしい。
無理もないか。別大陸出身のオレたちは、故郷に帰れば問題を回避できる。ラウレアに手を貸す必要性が薄いのは確かだった。
オレは肩を竦めた。
「仲良くなった人間を見捨てるのは、寝覚めが悪いだろう? 宝探し程度なら協力するさ」
「死線を超えるわけでもありませんからね。お茶の子さいさいです」
カロンも茶目っけを混ぜながら乗っかった。お陰で、重くなりかけていた空気が、僅かに軽くなる。
エコルも声を上げた。席から立ち上がり、両拳を握り締める。
「もちろん、アタシも手伝うから。友だちは見捨てられないよ!」
「皆さま……ありがとうございます」
それらの反応を受け、ラウレアは眦に涙を溜めつつ礼を溢した。
おそらく、彼女は単独で探索を行うつもりだったに違いない。事が事だけに、実家を頼れないのは間違いなかっただろうし。
こうして接していると、強く実感する。この少女は責任を強く感じすぎるキライがあった。一人で抱え込み、一人で解決しようとするタイプ。なまじ能力が優秀だけに、今までは突き進めたんだろう。
エコルとは正反対だな。抱え込みがちな部分は同じだが、彼女は最終的に周囲を頼るもの。
頑張ろう! と盛り上がるカロン、エコル、ラウレアの三人。
それを尻目に、ウルコアは無念そうに呟いた。
「悪いが、俺は協力できない。手伝うこと自体はやぶさかではないのだが、今日中に国へ帰らねばならないのだ」
「殿下の立場なら仕方ありませんわ。こちらはお気になさらず、職務をまっとうなさってください」
「嗚呼、そうしよう」
ラウレアの気遣いに、彼は淡々と返す。
何気ないやり取りだが、お互いの信頼を感じ取れた。幼馴染みの間柄というのは、肩書だけの代物ではなかった様子。
それに続いて、ミネルヴァも語る。
「申しわけないけど、私も付き合えないわ。帰って、お父さまの相手をしないと」
どこか疲労感を湛えたセリフ。
実は、ミネルヴァは仕事を中断していたんだ。正妻という立場を優先した、やむない処置である。決して、ロラムベル公爵の相手をするのが嫌になったわけではない。
だから、披露宴が終わった今、彼女は仕事に戻らなくてはいけなかった。秘宝探しには同行できない。
「仕事なら仕方ないか。ちょっと残念だけど」
「そのうち、また会えるわ」
「そうだね。次の機会を楽しみに待ってる」
残念がるエコルを、ミネルヴァが軽く慰める。
二人の言う通り、今生の別れでもない。そこまで落ち込む必要はなかった。
「代わりは呼ぶの?」
「希望者がいれば呼ぶけど、現状は必要ないかな。探索に慣れてるニナは依頼中だろうし」
新たな人員を招集するのかというミネルヴァの質問に、オレは首を横に振った。
秘宝のある遺跡は当然屋内。あまり大人数で行動しても邪魔になるだけだ。現状でも戦力的には充実しているので、補充はいらなかった。
こちらの意見を聞き、彼女も「妥当な判断ね」と頷く。
「秘宝探しの実行部隊はオレ、カロン、エコル、ラウレアの四人だ。詳細な話し合いは……一度休憩を挟んでからにしよう」
そのまま会議に移ろうと考えていたんだが、途中で翻意した。
というのも、エコルやラウレアのマブタが降り始めていたんだ。
よくよく考えてみれば、オレたちは徹夜明けである。半ば朦朧とした思考の状態で話し合いをしても、実りのある内容にはならないだろう。一旦仮眠を取った方が良い。
オレの発言を受け、ラウレアは眉間を揉み解しながら答える。
「そうしていただけると助かりますわ。お腹を満たしたせいか、割と眠気が限界でしたので」
「じゃあ、昼すぎに再集合しよう。一人、隠密のできる部下を残すから、何かあったら彼女に伝えてくれ」
「ご配慮、ありがとうございます」
オレ、カロン、エコルは午前中のうちに城を出なくてはいけないため、緊急用の連絡手段を残しておく。
諸々の確認を終え、この場は解散となった。
オレたちはその足で王城を後にし、初日に宿泊していた宿にチェックインする。
その後は何事もなく休息ができ、予定通りに再集合を果たすのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。