Chapter15-2 披露宴(6)
初日のパーティーが終わり、オレたちは個室に案内された。今回の披露宴は三日に渡って行われるため、その間は城内に宿泊するのである。
オレと婚約者は同室、その隣の部屋がエコルという配置になった。貴人向けの中では最下位のグレードだが、さして文句はない。あちらにとって、別大陸の貴族なんてないも同然の身分だからな。部屋を与えられただけ、マシと言えよう。最悪、エコルと同室か外に追い出される可能性も危惧していたし。
そも、部屋の等級を気にする者は、オレたちの中にいない。全員、どんな場所でも普通に過ごせる寛容さはあった。強いて言うなら、ベッドを交換くらいは行うかな。睡眠は大事。
まぁ、ミネルヴァは微妙そうな表情を浮かべていたけど、あれは貴族としての世間体を気にかけているだけなので問題ない。
何せ、ここではフォラナーダのフの字も広まっていないもの。今のオレたちは、ただのエコルの付き添いにすぎないんだ。
そんなわけで、大人しく個室で休息を取るオレたち。今さらパーティーで疲れるほど柔でもないため、仲良く談笑していた。
すると、探知にエコルの移動が引っかかる。
こちらの部屋に向かう様子。そろそろ床に就いても不思議ではない時間だが、いったい何の用だろうか?
彼女の訪問はカロンたちも気づいたようで、会話を止めて出入り口の方に視線を向ける。
程なくして、ノックの音が響いた。オレは間髪入れずに「どうぞ」と告げる。
「失礼しま――うおっ」
入室してきたエコルは、こちらを見て一瞬おののいた。たぶん、オレたち三人が揃って見つめていたからだと思う。
オレは気にせず、彼女に問うた。
「夜遅くにどうしたんだ?」
「え、えっと、道案内を頼みたくて……」
対し、何やら言いにくそうに語尾を濁すエコル。
ふむ。煮え切らない態度だが、チラチラとカロンやミネルヴァに視線を向けている辺り、オレには聞かせられない類の話なのかな。トイレが有力候補だろう。
であれば、仕方ない。チラチラ窺われている二人も状況を理解しているみたいなので、この場は任せよう。
「では、私たちが力を貸しましょう」
「彼ほどではないけれど、私たちも探知で城内は把握しているからね」
「ありがとう、二人とも!」
カロンとミネルヴァがそう言って立ち上がると、エコルは嬉しそうに破顔した。正しい選択だったようで安心したよ。
「それでは行って参ります、お兄さま」
「先に寝ていたら、承知しないわよ」
「ちゃんと起きて待ってるよ。いってらっしゃい」
手を振って、オレは三人を送り出す。
手持無沙汰になってしまったが、どうしようかな。
彼女たちの様子を探知で窺っては、二人に一任した意味がなくなってしまうので却下。フォラナーダの仕事をしようにも、【刻外】を利用して全部処理済み。真面目に、やることがない。
となると、趣味に走るのが得策か。
「寝つきの良くなるブレンドティーでも用意しておこう」
カフェイン抜きで、香りも柔らかめの奴が良いな。
思い立ったが吉日。オレは早速ティーセットの用意を始める。だいたいは【位相隠し】内に揃っているので、三人が帰ってくるまでには準備できるだろう。
「ふふっ」
恋人たちが喜んでくれる姿を想像しながら、オレはせっせとお茶の用意を始めるのだった。
――なんて、呑気に考えていたオレがバカでした。
エコルが夜の城内を歩いて、トラブルと遭遇しないわけがなかったんだよ。そこに頭が回らなかったのは、明らかに失態だった。
つい先程。もうそろそろブレンドティーが仕上がるという段階で、ミネルヴァより【念話】が届いたんだ。
内容は『面倒な事態になったわ』という端的なもの。詳細は、合流してから話した方が早いとのこと。
説明を省く時点で、嫌な予感がヒシヒシと感じられた。特大のトラブルを引き当てたのは確実。
とはいえ、このまま部屋で立ち尽くしているわけにはいかない。彼女たちが助力を求めている以上、オレに選択肢なんてなかった。
逡巡は一秒にも満たない。探知術で三人の位置を特定し、【位相連結】で移動を終える。
辿り着いたのは城の中心部近くであり、王族やそれに準ずる地位の者が入れるエリア。たしか、ラウレアの部屋の前だった。
転移したオレは、すぐさま状況を把握する。とても分かりやすい光景が、目前には広がっていた。
この場には三人以外にも、二人の人物がいた。
一人はラウレア。開け放たれた自室の扉付近に倒れており、その胸元は大きくはだけ、スカートはビリビリに破けていた。服を破く以上は実行されていないみたいだが、どう見ても襲われた最中の格好だった。
もう一人はカナカ王国の第一王子エカヒ。彼は、廊下の片隅で伸びていた。その片頬を真っ赤に腫らせて。
そして、倒れるエカヒの直線上には、フーフーと息を荒げるエコルの姿が。
「……」
オレは目頭を指で押さえ、天をあおぐ。
エカヒがラウレアを襲い、それを目撃したエコルが成敗した。これが事の経緯だろう。
初見で判断するのは宜しくないけど、他に説明のしようがない。というか、経緯が違うなら、そちらの方が嬉しかった。
暴行現場に居合わせたからと言って、一国の王子――次期国王筆頭を殴り飛ばすのはマズイ。ここは封建国家、いくらでも証拠は改竄されてしまう。
周囲に結界を展開しつつ、オレはミネルヴァに尋ねた。
「状況説明を頼む」
エコルはまだまだ暴れたりなさそうにしているものの、カロンが羽交い絞めにしたので大丈夫。
それよりも、まずは正確な情報が欲しかった。
ミネルヴァは答える。
「見た通りよ。お手洗いに向かっている最中に悲鳴が聞こえ、駆けつけたらラウレアが押し倒されていた。それを、エコルが間髪入れずに殴り飛ばしたの」
「一応聞くけど、身元の確認をせず?」
「いえ。分かった上で殴っていたわね」
「……頭が痛い」
「まったく同感よ」
オレたちは、そろって頭を抱える。
カロンたちは責められない。
十中八九、二人が止める暇なく、エコルは飛び出したんだろう。まさか、自国の王子に拳を浴びせるなんて、想像できるはずがない。
エコルは後でお説教として、この状況を穏便に片づける方法を考えなければ。
「不意打ちっぽいし、エコルの顔を見られてない可能性は?」
「可能性で言ったら、あるかもしれない。でも、実際はどうなのかは不明よ」
「不明瞭すぎて、賭ける気にはなれないか」
「ええ。それに、エコルの身バレがなくとも、ラウレアに叱責が行く確率は高いでしょう」
「そうだな」
オレは唸る。
そこが問題だ。ラウレアを守るために動いたのに、結局は彼女が罰せられてしまうと知れば、エコルは再び無謀な行動を取りかねない。
何もするなと説得する手もあるけど、こちらとしても暴行未遂を放っておくのは後味が悪い。見て見ぬ振りほど、罪悪感を刺激する所業はないと思う。
「仕方ない」
オレは溜息とともに、エカヒへ向けて片手をかざす。
八方ふさがりの現状を打開する方法は、一つだけ存在した。
難しいことはない、精神魔法を使うのである。ちょうど良く気絶してくれているので、一連の出来事を夢だと誤認させてしまえば良い。記憶をいじるのは廃人化のリスクを生むが、認識を逸らす程度なら危険性は低かった。
「【誤認】。ついでに【スリープ】。これで明朝までは起きないはずだ」
一仕事を終えて肩の力を抜くと、ミネルヴァが呆れた調子で声を掛けてくる。
「ずいぶんと、都合の良い魔法があるのね」
「たまたま、シチュエーションが合致しただけだよ。【誤認】は、気絶する直前の記憶しか誤魔化せないんだ」
不幸中の幸いと言えよう。エコルが手加減しなかったお陰で助かった。いや、最初から殴るなという話なんだけども。
「次はラウレアへの対処だな。一緒に来てほしい」
「当然ね。あちらは男に襲われた直後なのだから、私が主体の方がスムーズでしょう」
オレたちは頷き合い、呆然と座り込むラウレアの元へ歩み寄った。
一瞬だけビクッと体を震わせる彼女だったが、すぐに表情を真剣なものへと改め、ゆっくり立ち上がった。はだけた衣服も可能な限り元に戻す。
強いな。かなりの異常事態なのに、精いっぱい気丈に振舞おうと努めている。彼女の真面目さのあらわれだろう。
事前の打ち合わせ通り、ミネルヴァが交渉役を担う。
「災難だったわね。色々と話を詰めたいのだけれど、大丈夫かしら?」
「お気遣いありがとうございます。問題ございませんわ。今は、早急な行動が肝要でしょうから」
「賢明な判断ね。では、話を進めましょう。その前に、私と彼が入室しても?」
「嗚呼、配慮が欠けていましたわね。申しわけございません。どうぞ、お入りください」
ラウレアが先導しながら、こちらの入室を促してくれる。オレたちは、それに従った。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。