Chapter15-2 披露宴(5)
彼女は急いで食べ物を飲み込み、声の主たちへと視線を向けた。そして、素っ頓狂な声を上げる。
「ウルコア殿下とマウロア殿下!?」
そう。彼女に声を掛けたのは、モオ王国の第一王子とキカ王国の第一王子だった。金髪赤茶目の長身男がウルコアで、褐色肌で茶髪赤茶目の方がマウロアである。
両名とも学校では生徒会に所属しており、その縁で知り合ったんだ。
いや、それどころの話ではないか。
「ははは。このような場で出会えるとは、我々は運命の糸で結ばれているのかもしれんな!」
「会えて嬉しい」
流れる動作でエコルの両隣を確保する二人。その顔は、非常に柔らかく綻んでいた。
お察しの通り、ウルコアとマウロアはエコルに惚れている。しかも、かなり本気で。現状では相手にされていないが、それでも諦めていないんだよな。
突然、二人の王子に挟まれたエコルは、動揺を隠せていない。オロオロと視線をさ迷わせていた。
しかし、それ以上のリアクションを起こす暇はなかった。接近していた気配の残りが到着したからだ。
「え、エコル先輩。お、お久しぶりです」
「こんな場所で出会うなんて奇遇ですね、エコルさん」
小柄な美少年と細身のイケメンという組み合わせだった。
後者は初見だが、前者はラニという名前だったか。ホヌ王国の第二王子で、気の弱さを克服したいと生徒会へ相談に来ていたのを覚えている。その過程で、エコルとは仲良くなったはずだ。
二人を見て、再び吃驚の声を上げるエコル。
「ラニくんにオレロ殿下も!?」
どうやら、細身の方はオレロというらしい。殿下の呼称をつけたとなると、彼も王子か。状況的に、残るアエコ王国の者と考えて良いだろう。
……王族ホイホイすぎないか、エコルは。五ヵ国中、四ヵ国の王子と仲良くなっているとか、吸引力が凄まじすぎるぞ。ダ○ソンか何かか?
「ど、どうして、みんながここに?」
動揺しながらも、エコルは何とか疑問を口にした。
それに対し、四人は何てことない風に返す。
「今回の婚約は、我が国の公爵家令嬢だからな。陛下の名代として参列するのは当然だ」
「ウルコアと同じようなもの。自分も代理」
「ぼ、ぼくも同じです。ち、父や、あ、兄は多忙だったので」
「全員、王子だから、が理由ですね。今回の婚約披露宴は、それだけ規模が大きいんですよ」
「へぇ」
感心したように声を漏らすエコルだけど、たぶん、事の重大さはあまり理解していないな。関係あるモオ王国以外の王子まで参列しているなんて、よっぽどだぞ。カナカの本気具合が窺える。
そんな重要な催しに不意打ちでエコルを招待するとは、やはり何かしらの罠を仕掛けているんだろう。警戒は怠れない。
「噂をすれば影、か」
早速、罠がおいでなさったよ。
オレは気配を薄め、エコルの背後に潜む。
同時に、カロンとミネルヴァには距離を置くよう【念話】で指示を出した。二人は、あまり隠密向きではないからね。
「ウルコア殿下、そちらのお方は?」
「マウロア殿下方ともお知り合いのようですが」
「寡聞にして存じ上げず、申しわけございません。殿下方と親交を深めておられるご令嬢を、ご紹介いただけませんか?」
「私も、ぜひ教えていただきたいです」
オレが気配を消して間もなく、エコルたちの元に大量の貴族が押し寄せてきた。あっという間に、彼女らは集団に囲まれてしまう。
当然だ。四ヵ国の王子が親密に話しかけていれば、そういった機微に聡い連中は、目を付けるに決まっている。
「紹介しよう。彼女はエコル・アナンタ。生徒会の後輩だ」
「今は良き友でありライバル。強い」
「と、とても優しい先輩です。ぼ、ぼくも、そ、相談に乗ってもらっていて」
「四年次のトーナメント優勝者であり、先日のドラゴン騒動の功労者でもありますよ」
王子という立場は伊達ではない模様。男どもは手慣れた様子で集団の相手をしていた。
逆に、エコルは目をグルグル回して固まっている。この手の対応は、まだまだ彼女の手には余るようだ。
さて、オレはオレで動くか。エコルの身辺警護は王子たちに任せて問題ない。ウルコアとマウロアはきちんと状況を理解しているようで、良いポジションに構えている。
となれば、オレは危険の芽を事前に摘み取れば良い。貴族の集団に紛れて、何人かエコルに殺意を抱いている輩がいるんだよね。
おそらく、彼らはカナカ王国が用意した暗殺者だ。披露宴開始前より会場の外で待機していたのは、探知によって暴いていた。
監視だけに留めていれば放置したんだけど、実行に移すなら話は別。遠慮なく排除させてもらう。
ただし、派手に殺すのはダメだ。正確には、この場に死体を残すのは望ましくない。騒ぎが起こると、面倒くさい展開に陥ってしまう。暗殺者たちも遅行性の毒物で仕留める気みたいだし、その手法を見習おう。
というわけで、はい、弱体魔法。
視界の混濁、筋力の低下、感覚麻痺、嘔気の催しなどなど。割としんどいタイプの精神魔法を大量に施す。
いやぁ、魔術大陸さまさまだね。魔力を有する魔法師相手だったら、抵抗値も考えてグレードを一段階くらい下げなくてはいけなかった。敵が無防備だからこそ、このグレードの弱体を複数人に複数もかけられたんだ。
突然の体調不良に陥った暗殺者たちは、その場で膝を突く。そして、周囲の者が騒ついてしまうけど、あくまでも少しだ。大騒ぎには発展しない。
何せ、一見すると、ただの風邪みたいな症状だもの。精神魔法なんて概念を知らない彼らには、解明のしようがなかった。
近くの使用人に介抱されながら、暗殺者たちは退場していく。念のため、会場外で待機していた連中にも弱体魔法は食らわせたので、お代わりの心配もいらなかった。
「とりあえず、直近の安全は確保できたかな」
何度も確認をし直したオレは、そっとカロンたちの元に戻る。
「お疲れさまです、お兄さま。お飲み物をどうぞ」
「こっちは軽食よ。毒の確認は済んでいるから、安心しなさい」
「ありがとう、カロン、ミネルヴァ」
二人の心遣いに感謝しつつ、オレは差し出されたモノを口に含んだ。
少しの間、静かに会場の様子を眺めるオレたちだったが、不意にミネルヴァが口を開いた。
「あの子、色々と異常ね」
強い言葉遣いとは裏腹に、その声音には多分な呆れが含まれていた。
彼女の指す『あの子』とは、言うまでもなくエコルのことだった。今の彼女は変わらず貴族に囲まれている最中なんだけど、先程までと様相が変化しているんだよね。
何と、貴族たち全員とお友だち感覚で雑談に興じているんだ。もう、目を回すエコルは存在しない。
カロンも続く。
「あれは才能と評して良いのでしょうね。誰とでも仲良くなれる才能」
「それにしたって、限度があるでしょうに。貴族と平民がフランクに会話を交わすって、かなりの異常事態よ。たとえ、王子の紹介であっても」
ミネルヴァの困惑も分かる。今、目の前で繰り広げられているものは、本来ならあり得ない光景だ。才能なんて投げやりな一言で片づけるのではなく、何らかの根拠が欲しくなるくらいには。
とはいえ、それ以外に説明できないのも事実。マリナのようなコミュ力とは異なる、ある種のカリスマだと例えるしかなかった。
――その分、トラブルにも恵まれているわけだが。
「まぁ、万人に愛される才能じゃないのは確かだな」
「……それはそうね」
「忙しくなりそうですねぇ」
オレが疲れた風に呟くと、ミネルヴァやカロンも揃って溜息を吐いた。
オレたち三人の視線は、とある一ヵ所に向いていた。嫉妬を湛えた瞳をエコルに向ける、カナカの王族連中に。
カロンの言う通り、忙しい日々が待っているのは間違いなかった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




