表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

577/1162

Chapter15-1 カナカの地へ(8)

 オレたちが腰を落ち着けたのは、大通りより一本外れた場所にある喫茶店だった。お昼前にしては客足が少ないけど、お茶や食事は美味しいし、店主であるお爺さんも感じが良いので、文句をつける部分がない。おそらく、穴場的な店なんだろう。思わぬ発掘ができたのは、嬉しい誤算だった。


「このパスタ、とても美味しいです。特にソース。酸味と甘味、塩加減のバランスが絶妙ですね」


「ドリアも絶品だよ。こっちもソースが良い味を出している気がする。店主さんが得意にしてるのかも?」


「その可能性は高そうですね。お兄さま、そちらは如何(いかが)でしょうか?」


「オムライスも美味しいよ。オリジナルソースが全体の味を引き立ててると思う。ぜひともレシピを教えてほしいくらいだ」


「舌で盗むなら、文句はないねぇ」


 オレたちのソース談義を聞いていたようで、店主がそう答えた。


 当然の返しだな。自分の商売道具を簡単に教えてくれるはずがない。自力で再現するなら構わないと許可を得られただけ、御の字と言えよう。


 あまり、そういうのは得意ではないんだが……せっかくの機会だし、頑張ってみますか。


「カロン、オルカ。そっちの料理を一口ずつくれないか? 代わりに、オレの方もあげるからさ」


「シェアですね! もちろん、構いません」


「オーケー。むしろ、こっちからお願いしたかったくらいだよ」


 快く二人が応じてくれたので、オレたち三人で料理を分け合う。無論、その際は恋人らしく“あーん”をしたとも。期待されていたからね。カロンとオルカの笑顔、プライスレス。


 そうやって和やかに昼食を楽しんでいたところ、


「兄妹って、こんなに仲がいいもんなんです?」


「決して、彼らが標準ではございませんね。いえ、(わたくし)の家も普通とは言い難い関係でしたが。それよりも、どうしてこのような事態に? (わたくし)、訳も分からぬうちに連れてこられたのですが」


「まぁ、それは……うん、成り行きかな?」


「成り行きで、他家の兄妹がイチャイチャしている場面を見せつけられているのですか。たまったものではありませんわね。この店のお料理が美味である点が、唯一の救いです」


「それは同感ですねー」


 と、テーブルの端でエコルとラウレアが物思いにふけっていた。若干目が死んでいるのは、気のせいだと思っておこう。


 とはいえ、すっかり放置してしまっていたのも事実。オレはキリの良いタイミングでカロンたちとの交流を切り上げ、二人の方に体を向けた。


「思ってたより、仲がいいんだな」


 以前、エコルはラウレアに対して苦手意識を持っていると口にしていた。ラウレアの方も、エコルを落ちこぼれと見下していた節がある。


 にも関わらず、今の二人は普通の友人のように会話を交わしていた。いったい、どういう心境の変化なんだろうか。


 先に口を開いたのはラウレアだった。


「真剣勝負で負けてしまいましたもの。今さら、真面目にやれと叱咤する必要はありませんわ。(わたくし)は、あくまでも不真面目な者を放置できないだけです」


「ふ、不真面目。いや、ゼクスに会う前のアタシの成績なら、そう思われても仕方ないけどさぁ。アタシだって努力を――」


 何やらエコルがブツブツ言い始めてしまったけど、ラウレアの言い分には納得できた。


 要するに、彼女は『自分に厳しく、他人にも厳しい人間』というわけだ。プライドの高さを考慮すると、完璧主義者の気があるのかもしれない。


 エコルと相性が悪いのも理解できたよ。エコルの才能のなさは、努力で補える範疇を超えている。その辺りの事情を知らなければ、努力を怠っていると見えても仕方ない。


 直接指導しようにも、身分の差は当然、エコルの父親の件もある。情勢的に、安易に関われなかったんだろう。結果、機を窺って発破をかけるしかなかったと。


 器用なんだか不器用なんだか、判断に迷うな。貴族として空気を読む能力は巧みだと言えるが、エコルへの対応の仕方は不器用の一言だ。


 世話焼きであることは間違いないか。他国の王家の落胤(らくいん)で落ちこぼれなんて人物は、普通なら無視するもの。


「で、エコルの方は?」


 未だブツブツと文句を垂れるエコルを正気に戻すため、話の水先を向ける。


 目論見通り、彼女は我に返った。


「アタシ? さっき、今までのことを謝ってもらったんだ。それで十分でしょ」


 こちらも得心のいく意見だった。


 色々と蔑んできたクラスメイトたちも許したエコルだ。根っこが彼女への心配だったラウレアを許さないはずがない。謝罪を受けたなら尚更。


「そっか。二人が仲良くなったようで何よりだよ」


「めっちゃ保護者面してない?」


「実際、そんな感じだろう。オレとキミの関係は」


「えぇ!?」


「「あはは」」


 オレの軽口にエコルが仰天し、カロンとオルカが笑う。


 その後、エコルもカロンたちと雑談し始めた。


 自然と輪に入れたようで何よりだ。コミュニケーション能力が低いわけでもないので、元より不安は感じていなかったけどさ。


 問題はラウレアの方か。彼女はにぎやかに会話を楽しむオレたちを、ジッと眺めるに留めている。まだまだ壁は厚かった。


 こればかりは仕方ない。エコルはともかく、オレたちは初対面同然だ。マリナみたいにコミュ力が天元突破していなければ、即座に仲良くなれるわけがない。


 そのまま小一時間ほど経過し、オレたちは喫茶店を後にした。軽く歩を進め、大通りの手前に差し掛かった辺りで、オレはラウレアへ声を掛けた。


「キミはこの後どうするんだ? 何なら、宿泊地まで送り届けるが」


「……」


 彼女は沈黙を保った。何やら思案する仕草を見せ、十秒後に口を開いた。


「何も、お聞きにならないのですね」


 その言葉が何を指しているのか、具体的に語らずとも理解できた。


 どうしてラウレアがカナカ王国にいるのか。しかも、護衛を引きつれずに狩人ギルドに足を運んでいたのか。そういった彼女の事情は、確かに謎のままだ。気にならないと言えば嘘になる。


 しかし、所詮は興味本位の域を出ないんだ。いい加減な気持ちで踏み込むのは良くないと判断したからこそ、オレたちはその話題に触れなかった。


 ただ、それをストレートに伝えるのは、あまりにも恩を着せすぎだ。


 だから、オレは肩を竦めた。


「他人のことを言えた立場じゃないからな、オレたちは」


「ですね。(わたくし)たち、幼少からの不良貴族ですので」


「昔は城下町で遊び回ってたね。今でも割と出かけるけど」


 続き、カロンとオルカも冗談混じりに乗っかる。


 まぁ、内容は冗談ではなく、正しく真実なんだが。たぶん、オレたちの幼少期の過ごし方を他の貴族が聞いたら、引っくり返るか『防犯意識を持て』と怒られると思う。


 ラウレアが、こちらのセリフをどう受け止めたのかは判然としない。ただ、明るい感情が少しだけ芽生えたのは事実だった。


 ラウレアは笑う。


「関係者のエコルさんもいますし、お話ししましょう。(わたくし)、この度はカナカの第一王子殿下と婚約が決まりましたの。今回は婚約発表披露宴のため、カナカを訪れたのですわ。単独で出かけていたのは、最後のワガママのようなものです」


 表情とは裏腹に、彼女の内心は諦観と悲哀に占められていた。








 王城の手前までラウレアを送り届けた後、オレたちは一度宿まで戻ることにした。


 その道中、エコルが呆然と呟く。


「婚約かぁ」


「どうかいたしましたか?」


 カロンが問うと、彼女は苦笑を溢しながら答える。


「いや、庶民のアタシには馴染みのない概念だったからさ。ちょっと驚いちゃって」


「確かに、平民だと豪商の方々くらいしか関わらない案件ではありますね」


「そうそう。周りが決めた相手と結婚するなんて、アタシには信じられない世界だよ」


「貴族の考える結婚と、平民の考える結婚は別物って考えると楽かもね」


 すると、二人の話にオルカが加わった。


 エコルは首を傾ぐ。


「別物?」


「うん。平民の結婚は恋愛の延長上。貴族の結婚は政治の一手段。前者は『好きだから家族になりたい』、後者は『家族になれば、よりいっそう力を合わせられる』っていう考えだね」


「なるほど?」


 彼の説明を受けても、エコルの疑念は解消されなかったようだ。傾いた首は戻っていない。


 彼女に理解させるのは難しいと分かったんだろう。オルカも苦笑いを浮かべるだけで、それ以上は語らなかった。


 ふと、思い出したかのようにエコルは言う。


「そういえば、ゼクスたちも貴族じゃん。みんなも婚約者っているの?」


 そのセリフに、オレたちは揃って顔を見合わせた。


 全員の心情は一致していた。『自分たちの関係ってエコルに教えていなかったっけ?』と。


 よくよく考えてみると、一切伝えていなかった気がする。カロンもオルカも、弟妹として紹介していたな。他の婚約者たちとは会ってもいない。


「実は、オレたち――」


 隠す内容でもないため、オレたちの関係を明かそうとした――が、それは最後まで口に出来なかった。


 というのも、


「お客さま!」


 一人の人物が、オレたちに向かって大声をかけてきたからだ。


 声の主は見覚えのあるヒトだった。たしか、今泊っている宿の支配人だったか?


 そんな人物が、どうして汗だくでこんな場所に?


 オレたちが首を傾げている間に、彼はこちらへと駆け寄ってくる。それから、一つの封筒をエコルに手渡してきた。


 勢いのまま彼女は受け取ったものの、顔に浮かぶのは困惑一色だった。自分へ手紙を送る人物に心当たりがないんだろう。手紙には差出人名も封蝋もないし。


 しかし、オレには(おおよ)その目星がついていた。エコルの素性と支配人がわざわざ駆けつけてきた状況を鑑みれば、おのずと結論は導き出せる。


「オレが目を通しても構わないなら、中身を確認しようか?」


「そうしてくれると助かるかも。怪しすぎるし」


「分かった」


 エコルより封筒を受け取り、手早く開封。ザッと手紙の内容を読んだ。


「……なるほど」


 やはり、この手紙を寄越したのはカナカ王家だった。


 内容は、明日の婚約披露宴の招待状。要するに、ラウレアとカナカの第一王子を祝えというもの。


 ついにカナカ王国も、エコルに対して行動を起こし始めたわけだ。足掛かりとして、今回の披露宴を利用する気なんだと思われる。


 トラブルの香りを仄かに感じた。

 

次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ