Chapter15-1 カナカの地へ(4)
宿を出たオレたちは、まずエコルの就職先を探すことにした。色々行動を起こすにしても、衣食住を整えなくては意味がない。彼女が仕事を得るのは急務だった。
とはいえ、彼女は学生の身。一ヶ月の糊口をしのぐという目的も考慮すれば、定職を求めるのは無意味だろう。ゆえに、業種は自然と限定された。
「実のところ、日雇いでお金を貰える仕事はあるんだよね」
街中を歩く最中、エコルはそう言った。
それを聞いたカロンが首を傾ぐ。
「心当たりがあるなら、どうして引き受けなかったのですか?」
「何か制約でもあるんじゃない? たぶん、エコルちゃんは引っかかっちゃう奴」
「あはは。その通り」
オルカが推測を口にすると、エコルは溜息混じりに頷いた。
彼女は説く。
「最初に心当たりの説明をしとくね。狩人っていう魔獣狩りを専門にした職業があって、ギルドの発注する依頼を達成すれば、それに応じたお金がもらえるんだ。依頼の受諾は個人の自由だから、一ヶ月限定でも働けるんだよ」
こちらでいう冒険者に近い職種だな。業務を魔獣狩りに限定しているので、それだけ専門性が増しているが、概要は大差ないと予想できる。
「ランク制限とかがあるのか?」
オレが問うと、エコルは首肯した。
「うん。ギルドへの貢献度に応じた狩人のランクがあって、高ランクにならないと良い仕事は受けられないんだ。低ランクの報酬は雀の涙だよ」
「簡易とはいえ、エコルさんはお兄さまの修行をお受けになったのでしょう? 一日でも、それなりにランクを上げられそうですが」
「アタシが普通の魔術師なら、それも可能だったんだけどね……」
カロンの口にした疑問に対し、エコルは苦味の濃い笑みを浮かべた。
「このランク制度がネックでさ。使い魔を持たないヒトは銅級――初級から上がれないんだよ」
「嗚呼、なるほど」
ようやく、すべてを察した。
魔術大陸の人間は、十六歳を迎える年に、使い魔と契約を交わす。そこに例外は一切なく、日々の生活を使い魔と共に過ごすのが当たり前の世の中なんだ。
要するに、『使い魔ナシはランクを上げられない』という制約は、十六歳未満を危険にさらさないための処置なんだろう。狩人の業種を考えると、ランクが上がれば上がるほど危なくなるのは分かり切っているもの。
しかし、実際は例外が存在した。それがエコルだ。
彼女が召喚したのはオレであり、オレは使い魔契約を保留にしている状態。つまりは、使い魔を所持していないのと同義だった。
「事情は説明したの?」
「一応したけど、まともに聞いてもらえなかった」
オルカの質問に、エコルは端的に返す。
まぁ、この手の処理は融通が利かないことが多いもんなぁ。上層部はまだしも、末端が柔軟な対応をしてくれるとは限らない。元より、そんな権限がない。
「狩人以外に、良い仕事はないのでしょうか?」
狩人の選択肢を早々に切り捨てたカロンは、他に心当たりはないかと問うた。
エコルは「うーん」と唸り声を上げながらも、おもむろに口を開く。
「昨日もずっと考えたんだけど、何も考えつかなかったんだよ。そもそも、学校を卒業してない人間なんて、伝手がなければ、普通にも雇ってもらえないし」
「「あー……」」
彼女のセリフを聞いたカロンとオルカは、「そういえば、そんなものもあった」と頭を抱えた。
この辺り、まだまだ社会が発展し切れていないんだよなぁ。
聖王国は学園制度の浸透によって大分マシだけど、就職において“伝手”はとても重要だ。身元や人格を保証してくれる大事な代物だもの。他国では――国内の一部でも――、紹介状がないと門前払いされる店が未だに存在するほどである。
何とも言えない微妙な空気の中、オレは思考を整理し、言葉を紡いだ。
「はじめから、選択肢は一つしかないわけだ」
「そうなる」
エコルは力なく頷く。
絶望的な状況に置かれていることは、ハッキリ理解しているんだろう。でなければ、こうやってオレに頼ってくるはずがない。一週間前、オレの召喚について懺悔したように、彼女は責任を強く感じてしまうタイプだからな。
だから、オレは努めて明るく振舞う。
「そんな暗い顔をするなって。大丈夫、策はある」
「策?」
「ゼクス兄、それって本当?」
「さすがはお兄さまです!」
対し、三者三様の反応を見せた。
疑問符を浮かべるエコルとオルカはともかく、カロンは素直すぎる気がするぞ。もう少し疑っても良いと思う。
厚い信頼を喜べば良いのか、心配するべきなのか。
心のうちで苦笑しながら、言葉を重ねた。
「とりあえず、狩人ギルドへ行こう。たぶん、上手くいくはずだよ」
道中でエコルに聞いた補足事項だが、狩人ギルドという組織は国に帰属していないらしい。あくまでも、狩人という職種の互助会とのこと。
国より独立している理由は、意外にも存在した。例の始祖が設立者で、公平性を保つ組織であれと厳命したようだ。
学校の創設にも関わっていたというし、ますます始祖イコール転生者か転移者説は高まったな。
そんな益体のない話を挟みつつ、オレたちは狩人ギルドに到着した。
「冒険者ギルドに似ていますね」
「うん。そっくりだよ」
両隣のカロンとオルカが、眼前の建物を見上げながら感想を漏らす。
二人の言う通り、狩人ギルドの外観は、聖王国での冒険者ギルドのものと酷似していた。
何とも不思議な話だが、宿の内装の時と同じで、これがもっとも適している形なんだろう。実用性を重視する職業なら、尚更かもしれない。
すると、エコルが若干苦笑い気味に口を開く。
「兄妹仲、めちゃくちゃいいんだね」
彼女の視線は狩人ギルドではなく、オレたち兄妹に向かれていた。
無理もない。カロンもオルカも、オレの両腕にベッタリと抱き着いているもの。人前で堂々と振舞う距離感ではないのは確かだ。
それにしては困惑が大きい気もするけど――
「お兄さま。ここで立ち往生していては、通行人の邪魔になってしまいます」
「そうだな」
カロンの言い分はもっともだ。疑問は一旦棚上げし、オレたち一行はギルドの中へと入った。
内部も想像通りの装いだった。受付があり、依頼の張られた掲示板があり、飲んだくれがチラホラいる酒場もある。まさに、テンプレのギルドだ。
少し呆れてしまうけど、迷う心配がないのは良いことだった。カロンたちを引きつれ、真っすぐ受付へと進む。
ただし、向かう先は、ギルド登録をするための受付ではない。
「そっちは買い取り専用だよ?」
エコルのセリフの通り、オレが足を向けたのは買い取り用のカウンターだった。
無論、それを知った上での行動なので、何も問題はない。
オレは受付嬢に問う。
「査定をお願いしたい。ギルドに登録してなくても可能か?」
「はい。買い取る場合は多少金額が落ちますが、査定のみでしたら大丈夫です」
「じゃあ、頼む」
そう言って、懐より一つの玉を取り出した。黒と緑がキレイに混じり合った、宝石の如き珠玉である。
しかし、決して宝石ではない。場合によっては、それよりも遥かに高価な代物だった。
「こ、これはッ!?」
買い取りの受付をしているだけはあって、良い鑑定眼は持っていたらしい。受付嬢は珠玉を見た途端、目玉がこぼれんばかりにマブタを開いた。
それから、震える声でコチラに尋ねてくる。
「ど、どど、どうやって手に入れたのですか?」
「そりゃもちろん、倒して」
「たおッ……あ、あなたが?」
「当然」
「……証拠は?」
「わざわざ証明する必要性を感じないな」
「……」
鬼気迫る様子の彼女に対し、飄々とした態度を崩さず応対するオレ。
問答を繰り返しても無駄だと悟ったんだろう。そのうち、受付嬢は黙り込んでしまった。
ただ、思考は必死に回転しているよう。瞳と雰囲気の鋭利さは失われていない。
「少々お待ちいただけますか? 上の者と相談したいので」
「構わない」
オレが頷くと、受付嬢は駆け足でカウンターの奥へと引っ込んでいった。
彼女が席を外したことで、緊張感を孕んでいた空気が僅かに緩まる。
その間隙を見計らい、エコルが恐る恐る問うてきた。
「な、何を見せたの?」
「これだよ」
手に持っていた珠玉を、エコルに放って渡す。
彼女は慌てながらも、それをキャッチした。そして、瞠目する。
「これってドラゴ――」
大声を上げそうになった口を、自らの片手で押さえるエコル。
だが、未だに驚愕は抜き切れていない模様。目は見開かれたままだった。
そのタイミングでオルカも珠玉を覗き込み、納得の声を漏らした。
「なるほど、ドラゴンアイか」
ドラゴンアイとは文字通りの竜の眼である。竜種の魔獣より取れる素材であり、聖王国でも魔術大陸でも高値で取引されている。
「高価な素材を見せて、ギルドの上役を引っ張り出す作戦なんだね」
「その通り。上層部なら、エコルの対応にも融通を利かせられる可能性が高い」
オルカの推測を、オレは肯定した。
門前払いされるなら、門前払いできないようにしてしまえば良い。かなり強引な手法だけど、エコルの今後の生活がかかっているんだから仕方なかった。
「そ、そのドラゴンアイはどこから持ってきたの?」
何とか落ち着きを取り戻したエコルが、おっかなびっくり尋ねてきた。
オレは端的に答える。
「この前のドラゴン騒動で」
「あー、そっか」
【白雨】を発動する前にも、何体かドラゴンは討伐していた。その中から少しだけ頂戴していたんだ。
フォラナーダ産の素材も大量にあるが、別大陸のモノを持ち込むのは極力避けたかったので、ちょうど良かったよ。
全員の納得を得られたところで、受付嬢が戻ってきた。
「お待たせいたしました。ギルド長がお会いしたいとのことです。こちらへお越しください」
「分かった」
ふっふっふっ、思惑通りである。
受付嬢の案内に従い、オレたちはギルドの裏方へと進むのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




