Chapter13-5 王を称える者(5)
「貴様ァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
茶の魔法司――たしか、アイナと言ったか――は目を血走らせ、喉が張り裂けんばかりに絶叫した。狂乱という表現が適確な形相だった。
然もありなん。別大陸への逃避行を共にし、果ては人間までやめた忠臣だ。その喪失感、怒り、絶望、悲哀は計り知れないものだろう。他人のオレでは、想像はできても共感は難しい。
嘆き、苦しみ、もがく相手を倒さなくてはいけないとは、心底嫌になる展開だった。
敵は敵らしく悪辣外道であってほしいんだけど、そう単純に済まないのが現実だよな。今までの敵が潔すぎたんだ。本当は、勧善懲悪が成り立つ方が珍しい。
アイナより放たれる膨大な魔力が、【異相世界】の白い空間を茶色に染めていく。
術式を乗っ取られたわけではないが、表層部が上塗りされていた。たぶん、茶魔法を扱いやすくするためだと思われる。今の空間に上下の境界は存在しても、大地は存在しないから。
とはいえ、それを悠長に見守る趣味はない。彼女の境遇に同情はするけど、手加減をするまでには至らない。オレも大量の魔力を放出し、魔法司の浸食に対抗した。
白と茶の魔力が衝突する。荒れ狂う波がぶつかり合うように、強く激しく争った。
魔力ゆえに音はないが、感知できる第三者がいれば卒倒してしまうだろう濁流が、この空間内に渦巻いていた。
「負けるかァァァァァァァァァ」
アイナの雄叫びのみが響き渡る。感情を糧に、ぐんぐんと魔力の勢いを増していく。このオレでさえ、集中しなければ押し返されそうな気迫があった。
魔力と精神は密接に関係しているのは事実だが、これほどまで圧が増すとは驚いた。
内心に抱くのは感心が半分、呆れが半分。
魔力の可能性を発見できたのは僥倖だった。心の在り方次第で、本来の実力を逸脱できる。その証明は、今後の研究に大きく貢献するだろう。
ただ同時に、実用性は低いことも明らかにしていた。
今のアイナは、確かに実力以上の力を発揮している。しかし、それは出力に限定した話だ。怒りに我を忘れているせいか、操作性が拙い。足元がどうしようもなく疎かだった。
感情を糧にするのは良いが、呑まれてしまっては本末転倒である。この程度の上昇量なら、まだ冷静に戦った方が強いだろう。
魔力合戦は、一瞬で決着がついた。オレが魔力を触手の如くうねらせて向こうの魔力を絡め取り、あっという間に蹂躙した。【異相世界】は元の純白を取り戻す。
「ウァァァァァァァァア!!!」
絶叫を上げ、何か仕掛けてこようとするアイナ。
だが、それを許すオレではない。
間髪入れず、【銃撃】を無数に放った。彼女を中心に三百六十度、一分の隙もない包囲網を構築する。
ドドドドドと鈍い着弾音が響き、アイナはハチの巣と化した。程なくして、彼女の体は消滅する。
即死できるよう、攻撃の確度は調整した。苦しまずに死ねたと思う。
「チッ」
後味の悪さに、思わず鳴らしてしまう舌打ち。
いくつかの“たられば”を考えては溜息を吐く。
もう終わったことだ。レクスはフォラナーダに弓を引き、オレが引導を渡した。それ以上でも以下でもない。ウジウジ悩むのは終わりにしよう。
再び溜息を吐き、【異相世界】を解除しようとした。
しかし、その寸前に、とある異変に気付いた。
アイナの散った地点に、“魔力のような何か”が浮いていたんだ。周囲に霧散することなく、ジッと一ヵ所に留まっている。
「ッ!? いや、あれは!」
魔眼を発動しっぱなしにしていたのが功を奏した。お陰で、未知の何かの正体を即座見抜けたんだ。
オレはすぐさま動く。【コンプレッスキューブ】を発動しようと魔力を起こす。
ところが、それよりも先に、事態は進展してしまった。宙に浮く“何か”が一瞬光ったかと思うと、そこには茶魔法司の少女が無傷で立っていた。
「人体錬成。面倒な禁術を覚えやがって……」
何が起きたのかと言えば、アイナが自らの体を錬成したんだ。先程の“何か”は彼女の魂で、その状態のまま魔法を発動したのである。無茶苦茶だ。
現在地が【異相世界】内だったのも、相手にとって有利に働いたかもしれない。
ここはオレの魔力で満ちている。魔力体の再構成に必要な素材は、ありあまるほど存在した。十中八九、復活速度を早める手助けになってしまったと読める。
「今度こそ、絶対に殺すわッ」
一度死んで、幾分か冷静になったよう。未だ瞳を血走らせていた者の、アイナは意味の通じる言葉を発した。
いや、それだけではない。
「お前は強い。でも、魔法司三人を相手なら、どうかしら?」
彼女が両手を掲げたかと思うと、瓜二つの少女二人が生まれていた。
復活を通して、周囲の魔力を利用する術も身につけたらしい。分身を作る際、周りの魔力も取り込んでいたぞ。
また、視た限り、能力までも本体同等の分身だ。彼女の言ったように、魔法司三人と戦うのと変わりない。
弱点はある。魂はあくまで一つのため、本体が分身二人分もコントロールしなくてはいけないんだ。まぁ、その辺りは、彼女も重々承知だろうが。
分身二人が、こちらに向かって突撃してくる。
「「【鉄茶の突撃槍】」」
走りながら、茶魔法だろう鉄色の槍を放つ両名。
しかも、
「「【鉄茶の突撃槍】、【鉄茶の突撃槍】、【鉄茶の突撃槍】、【鉄茶の突撃槍】、【鉄茶の突撃槍】――」」
体内の魔力減少を一切気にも留めず、同じ術を連打してきやがった。
なるほど。分身を使い捨てにする手法か。二人の魔力が切れても、本体にはデメリットがないゆえに。
おそらく、これが彼女本来の戦い方なんだろう。
魔法司には、他者の追随を許さない得意分野が存在する。ガルナは『鎮静』と『探知』、グリューエンは『幻惑』と『支配』といった風に。
アイナは『錬成』と『集約』かな? 人体錬成なんて普通はできないし、周囲の魔力を集めて利用するのも同様。
何とも面倒くさい手合いだ。倒しても倒しても復活を繰り返されてはキリがない。
「……仕方ないか」
いくら【異相世界】の中とはいえ、魔法司相手に長期戦をしては、元の世界にどんな悪影響が及ぶか分からない。あまり気が進まない手段だが……やるしかないだろう。
まずは分身の排除から始めよう。
初手は、【分解】で鉄槍の雨を瞬時に消し去る。【白煌鮮魔】の発動下ならば、色魔法とて一捻りで突破できた。
次に【十三の羽】を発動し、各分身へ六つずつ魔力刃を飛ばす。
人形にすぎない分身に、とっさの攻撃を対処できるわけがない。無事、三枚おろしに仕上げられた。
これで有象無象の処理は完了。残るは本体のみ。
ほんの二、三秒で突破されるとは考えていなかったようで、慌てた様子で新たな分身を作り出すアイナ。
その錬成速度は驚嘆に値する。だが、錬成だけが早くても、オレには勝てないよ。
一本だけ残っていた魔力刃を飛ばし、錬成直後の分身の脳天を貫いた。そして、すかさず【コンプレッスキューブ】を行使。本体である少女を圧し潰す。
すると、その場にアイナの魂が出現した。彼女は周囲の魔力を集約し、またもや復活を試みようとする。
だが、オレ相手に、同じ手は二度と通じない。
「……【魂壊】」
ほんの僅かな狼狽を挟んでから、一つの魔法を発動した。
それと同時、バシュッと小さな音が鳴り、彼女の魂が消滅する。
今しがた行使した【魂壊】は、分類上は精神魔法となる。魂を精神の延長と定義し、文字通り魂を壊す術だ。即席で開発したものだったけど、上手く作動した模様。
何故に躊躇ったかは、言うまでもないと思う。この術を受けた魂は、二度と転生できない。オレのように、来世を謳歌する未来さえ潰されるんだ。
「クソッ」
追撃の後味の悪さに、つい悪態が漏れる。
もう少し魂を分析する時間があれば、もっと違う魔法を開発できただろうが、どう頑張っても長期戦は避けられなくなる。無意味な仮定だった。
【異相世界】を解けば、神殿は崩壊を始めていた。主がいなくなった上、作成者まで屠られたんだ。もはや原型を保てまい。
オレは【位相連結】を開く。手前の部屋で分かれたニナたちを回収するために。
オレは最強ではあるが、万能ではない。今回の一件は、その事実を改めて痛感させられた。
望み通りの結末を手にするには、よりいっそう力と知識が求められる。オレはまだ成長しなくてはいけないのだと、強く思うのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。