Chapter2-1 師匠(5)
「じゃあ、最後の質問だ」
四つ目の問いかけ。これで最後だと彼は言う。
惑う思考を一度リセットし、オレは心して耳を傾けた。どんな内容でも驚かないよう。
アカツキは、おもむろに口を開く。
「お前の魂は、いったい何者なんだ?」
「……は?」
一瞬、質問の意図が理解できず、呆けた声を漏らしてしまう。
しかし、すぐに頭は巡った。
こいつは、オレが転生者であることを指摘したんだ。オレが、本来のゼクスとは違う存在だと理解した上で、何者かと誰何してきたんだ。
予想外なんてものではない。まさか、この世界の存在に、転生者だと見抜かれるとは思わなかった。
――いや、この発言では誤謬を招くな。
正確には、『オレが本来のゼクスとは別物だと見抜かれるとは思わなかった』か。
だって、この現実にとって、オレこそがゼクスなんだ。生まれてこの方、ずっとゼクスの意識はオレだった。だから、ゲームでのゼクスを知りようがないこの世界の住人に、別物なんて指摘はできるはずない。
「嗚呼。俺はお前の魂が見えるんだよ。魂だけじゃない、存在情報を読めるんだ」
思わず目を瞠ってしまったオレの反応を、転生者だと見破ったことに驚いたのだと若干勘違いしたらしい。アカツキは、滔々と何故見抜けたのかを説明し始める。
「この世界の存在は、ことごとく『存在情報』ってものが記されてるのさ。身長や体重といった身体情報はもちろん、魂の性質だったり、どういう性格を有しているかなんてのもそう」
いわゆる、キャラデータみたいな代物だろうか。ゲームのように、この現実にも各人物のデータが実在すると。そこに、オレが本来のゼクスではないとでも書かれているのか?
未だ判然としない中、彼は続ける。
「『存在情報』自体は、流動的なものだ。どんなものだって成長や劣化はするからな。それに応じて、『存在情報』も更新されてく。……でも、ただ一つだけ変わらないものがある」
そこでアカツキは言葉を区切り、こちらをジッと見つめた。しかして、話の中核を口にする。
「生まれる時点での『存在情報』。こればかりは、この世のすべてに共通する摂理だ。その生物の誕生が確定した時点で『存在情報』は決定され、そのまま生れ落ちる。その者がどう成長するかは定まってないが、どういった状態で生まれるかは生前より決まってるんだよ」
「……何が言いたいんだ?」
オレは声が震えそうになるのを抑え、ゆっくりと言葉を吐いた。
アカツキは真剣な面持ちで問う。
「お前は、どうして無属性なんだ?」
「――ッ」
息を呑む。
やはり……やはり、そうなのか?
心当たりがあった。それは、カロン誕生するまで、ここが『東西の勇聖記』と類似した世界だと悟れなかった最大の要因。
「お前の『存在情報』を覗けば分かる。本来のお前は、炎と闇の適性を持って生まれるはずだった。それなのに、今のお前は無属性。しかも、生誕直後の『存在情報』が、情報過多でエラーを起こした形跡もある」
アカツキの言は正しい。ゲームに登場するゼクスは、赤髪紫目の少年だった。容姿がまるで異なったからこそ、カロン誕生まで、オレはこの世界の正体に確信が持てなかったんだ。
彼の語る内容のすべてが真実だとすれば、『存在情報』が確定した後に、余計な情報が入り込んだ。そのせいで規定容量を超えてしまい、魔法適正を失ってしまったという流れか。
そうだとすると、オレは前世を思い出したわけではなく、この体を乗っ取った存在ということか? もしかして、オレは本来のゼクスを殺してしまったのか?
そう考えた瞬間、筆舌に尽くしがたい罪悪感が湧き上がってきた。
今までに多くの悪人を殺してきたし、ゲームでのゼクスが酷い性格をしていたのは百も承知。それでも、まだ生まれてもいない命を奪ってしまったという認識は、オレを苛んだ。
今のオレは、恐ろしく青白い顔をしていたんだろう。
こちらの内心を容易く読めたアカツキは、慌てて補足し始めた。
「ま、待て待て待て。なんか勘違いしてるみたいだけど、お前は人殺しじゃないからな? あくまで予定になかった情報が加わったせいで、エラーが起きたってだけ。お前の場合、たぶん『転生者』って情報が加算されたんだ。本当は転生者じゃなかったのに」
「つまり、前世のオレが現世のオレに生まれ変わったって認識は、間違ってなかったってことか? ただ、本来の予定では思い出すはずなかっただけで」
「そうそう!」
「…………はぁ」
明るく頷き返されてしまい、オレは脱力してしまった。
先程より、感情のブレが激しすぎてクタクタだ。いきなり裏ボスに出会って緊張を強いられたかと思ったら、オレの存在に関わる揺さぶりをかけられて、最後に安心感を植えつけられた。
――もう、ゴチャゴチャと考えるのが面倒くさくなってきた。
「オレが何者か、だったよな?」
「えっ、ああ」
アカツキが聞く耳を持っているのを確認してから、オレは洗いざらい全てをぶちまけた。前世において、この世界がゲームだったこと。妹に迫っている死の運命のこと。それを回避するために行動していること。一から十まで、全部彼に聞かせた。
疲れ切っていたのもあるが、オレは誰かに本音を聞いてほしかったのかもしれない。オレの味方になってくれる人はいるけど、真実を語り合える誰かは存在しなかったから。
その証拠に、話し終えた後は気分が軽かった。心の重荷を降ろせた風な感覚がある。
とはいえ、相手が世界最強の存在という大前提があってこそだ。彼ほどの人物であれば、オレが語ろうと語らうまいと、何かが変わるはずもない。
「なるほどねぇ」
最後まで聞きに徹していたアカツキは、感慨深そうに呟いた。
「お前の前世では、この世界は絵本の物語で、妹が悪役として登場し、最終的には死ぬ運命にあるか。本にしたら売れそうだな」
「妄想じゃないぞ」
「分かってるって。俺のことも知ってるみたいだし、信じるよ。さすがに、妄想で俺の存在は当てられない」
「堕ちた神の使徒、か」
「そう、それよ」
ゲームでのアカツキの二つ名を口にすると、彼はこちらを指さす。
「使徒が堕ちた以前に、使徒の存在自体が世間に知られてないんだよ。その辺は徹底して隠蔽したから間違いない。そもそも、俺を遣わせた神って、聖王国の信仰する神じゃないし。というか、あの宗教って人間の創作だし」
「ものすっごい暴露話が飛び出してきた……」
軽い調子で喋っていたが、他の誰かに聞かれたら大騒ぎが起きそうな内容だった。それ、前世でも語られなかったぞ。
オレが呆れ顔を見せると、アカツキはケラケラと笑う。
「別にいいじゃないか。転生者のお前は、別にあの創作の信徒ってわけでもないんだろう?」
「そりゃそうだけどさ」
「なら問題ない!」
「はぁ」
ハッハッハッと笑声を上げる彼に対し、オレは溜息を吐く。
腑に落ちないが、これ以上は追及しても無駄だろう。
ゲームではあまり会話シーンなかったので知らなかったが、アカツキはこうも軽薄なキャラだったらしい。外見が爽やかイケメンなだけに、落差が激しすぎる。いやまぁ、こういうキャラが好きそうな女性はいるとは思うけども。
良い機会なので、一つ質問を投じる。
「なんで、オレを追いかけてきたわけ?」
アカツキの性格なら、名前を見抜かれた程度は放っておきそうなものだ。
すると、彼はあっけらかんと返す。
「面白そうだったから」
「マジか」
絶句した。
最初緊張していたのが、バカらしくなってきた。
オレは何度目か分からない溜息を溢す。
「溜息ばっかりだと幸せが逃げるぞー」
誰のせいだと思ってるんだよ。
呑気な発言をするアカツキを恨めしく見ていると、不意に彼が両手を叩いた。『良いアイディアを思いついた』と言わんばかりの表情だった。
嫌な予感を覚えたオレは、その場より立ち去ろうとする。
「お、オレ、そろそろお暇するよ。城で妹たちが待って――」
「まぁまぁ。そんなこと言わずに」
――が、肩に手を回され阻止された。がっちりホールドされているため、逃亡はもはや不可能だ。
頬を引きつらせるオレに、アカツキは笑顔を向ける。
「さっき言ってた話だと、戦い方を教えてくれる師を探してたんだろう? 袖振り合うも他生の縁とも言うし、俺が教えて進ぜよう」
そう言うや否や、彼はフィンガースナップを鳴らした。
途端、世界を魔力が包み込む。まるで別世界に入り込んだような違和感を肌に覚えた。
オレが眉根を寄せたのを見て、アカツキは感心の吐息を漏らす。
「ほぅ、今のに気づくか。結構筋は良さそうだね」
「何をしたんだ?」
恐る恐る尋ねると、彼は簡潔に返す。
「【異相世界】を展開した」
「異相、世界?」
「簡単に説明すると、魔力で創造した別世界。固有空間って言った方が適切か? とりあえず、ここでなら、いくら暴れても問題ないってことさ!」
こ、こいつ。さらっと、とんでもない魔法を使いやがった!? 世界創造って神かよ。嗚呼、神の使徒でしたねッ!
「てなわけで、今から俺と模擬戦闘だ。俺のモットーは『習うより慣れろ』でね。戦闘のイロハは実戦で教えてくぞ」
アカツキはオレより離れ、拳と手のひらを打ち鳴らす。すでに臨戦態勢だった。
止める暇もないとは、このことか。まさか、こちらが模擬戦云々を理解する前に、戦闘準備を整えてしまうとは。裏ボスの戦闘スイッチのオンオフは、光の如く早かった。
「これは死んだかな」
拝啓、最愛の妹カロンよ。お兄ちゃんは、今日ここで星になります。
言うまでもないが、この後の一晩に及ぶ戦闘訓練で、オレはボロボロのコテンパンにされた。
いつか絶対、あいつを泣かせてやるッ!
裏ボスからは逃げられない。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




