Chapter13-1 港町・築島(6)
築島におけるフォラナーダの屋敷には、早朝にも関わらず八人の来客が詰めかけていた。本来ならアポなしの訪問なんて門前払いなんだが、今回ばかりは許可した。彼らが動くのは想定通りだったし。
訪れた八人とは、築島の有力商人の代表たちだ。二日振りの顔触れは、ほとんど変わっていない。
変わったのは人数と彼らの湛える感情くらいか。最年少の芦屋と紅一点の葛は見当たらず、全員が怒りを内に抱えている。
オレはわざとらしく悠長に構えた。シオンの淹れてくれたお茶を、ゆっくり味わって飲む。
おーおー、半分ほどが青筋を浮かべていらっしゃる。ポーカーフェイスも保てないようでは、聖王国側も進出してくる今後の商売では、後塵を拝してしまうぞ?
その点、彼らの首魁たるご老公は自制ができている。面は見事に冷静を装っていた。オレの前では無意味だけどね。
彼らの感情が爆発寸前になる頃合いを見計らって、オレはようやくティーカップを置いた。
「有力商人たちが顔を揃えて、本日はどういった用件かな?」
ふてぶてしいセリフに、さしもの老公――菜種も頬が引きつった。だが、鋼の精神力で動揺を捻じ伏せ、努めて落ち着いた声を出す。
「まずは謝罪と感謝を。突然の訪問にも関わらず、我々との面談を受け入れて下さり、誠にありがとうございます」
「構わない。一昨日も申した通り、キミらとは良好な関係を築きたいからな」
「感謝します」
菜種は、もう一度礼をしてから本題に入った。
「本日は、カズラ商会とアシヤ商会に関して、お尋ねしたいことがあり、こうして参じました」
睨んでいるわけではない。しかし、彼の眼光は鋭かった。欺瞞はすべて見破ってやるという、強い意思が感じられた。
築島商人のトップのだけはある。貴族相手でも怯まない胆力があり、時流を読む観察眼があり、成功を目指すための高い向上心もある。商人としての資質は十分だ。
だが、悲しいかな。今、彼が直面している障害は商売とは無関係のモノ。社会や政治に関する問題だった。
つまりは土壌が違うんだ。政に対し、商人は無力である。
資金力があれば事情は変わるが、所詮、菜種たちは街一つに限定された有力者。大国内で一番の資金を有するフォラナーダに敵うはずもない。
だから、この後のやり取りも予定調和だった。
「本日未明、カズラ商会とアシヤ商会が、閣下の兵によって制圧されたと伺いしました」
「耳が早いな」
「商人は情報が命ですので。……それで、どういったご了見で、今回の横暴を実行に移したのでしょうか?」
「横暴、ねぇ」
歯に衣着せぬ物言いに失笑が漏れる。
それを受け、三人ほどが顔色を怒りに染めるが、木っ端の粗相ゆえに無視した。この場で重要なのは菜種老一人である。
彼は若干眉を寄せる。
「横暴でしょう。貴族さま方が特権を有しているのは存じておりますが、無辜の商人への襲撃はさすがに看過できません。我々にとっても死活問題。この先の方針を変えねばなりません」
かなり強気な発言だな。横暴を改めなければ、この街からの撤退も視野に入れると脅しているんだ。オレが、この地域の特産物のファンだからこそ使える手札だろう。
オレは肩を竦める。
「もしも、私がキミの言う通りの横暴貴族だとして、呑気に屋敷へやって来たのは愚策じゃないか? 亡き者にされた場合はどうする?」
「すでに次期会頭に通達済みなので、ご安心を。私が帰還しなかった場合、我が商会は街を去ります」
「それくらいは対処してるか」
菜種の即答に納得するオレ。
フォラナーダの手より逃げることが不可能だという点に目をつむれば、準備万端なのは理解した。まぁ、何名かギョッとしているので、全員が用意周到のわけではないようだけど。
さて、商人たちの訪問理由は把握した。何一つ予想を外れていないことも分かった。
であれば、オレの返す言葉も予定通りである。
「キミたちの意見は理解した。しかし、一つ訂正しておこう。我々が制圧した彼らは、無辜の商人などではない」
「何を――」
「最後まで聞きたまえ」
身内が潔白ではないと言われ、菜種は反論を口にしようとするが、オレが片手を掲げて制した。
それから、【位相隠し】から出した資料の山を、バサリと彼らの前に放る。レポートやら、依頼書の写しやら、どこかの写真やら。資料の種類は多岐に渡った。
突如として現れた山に、菜種を含む商人たちは困惑する。
「これは?」
「上の方にあるのは、二つの商会が出した暗殺依頼の証拠。それ以外は、商会を制圧した後に発見した、魔王教団に与していたことを示す証拠だ」
そう。葛と芦屋は魔王教団の一員だったんだ。しかも、葛に至っては幹部級だった。
敵意を向けるのも納得である。オレは、二人の崇拝対象を殺したんだからな。
実は、魔王教団に有力者も参加していることは、意外にも新事実だった。
というのも、今まで討伐した教団員は、ごくごく一般的な平民または貧民だったんだ。一度たりとも、社会的に強い立場の者は認められていなかった。
薄々感づいてはいたけどね。あれだけ幅広く活動するにはパトロンは必須だもの。単純に、目撃例がなかっただけ。
もしくは隠蔽されていたか。貴族の教団員とかいそうだもんなぁ。国側が情報を潰した可能性も考慮できる。
「まおッ!?」
オレのセリフに、寝耳に水だと瞠目する菜種。熟練のポーカーフェイスは一瞬で崩れ去り、完全に硬直していた。
他の七人も似たような反応だ。菜種と同様に硬直する者もいれば、腰を抜かしたように弛緩してしまう者もいる。
共通するのは、彼ら全員が何も知らなかったという事実。本気で驚いているので、その辺りは間違いないだろう。
ただ、こちらへ敵意を向けていた護堂も、今回の件に無関係なのは少し驚いたよ。業務成績が落ちたことへの逆恨みのみだったらしい。単細胞というか、何というか……。
密かに呆れつつ、オレは彼らへ説く。
「発見した証拠は多い。資金の一部が教団の活動資金に流れてたし、教団が開発した呪物や魔道具を裏に販売してもいた」
ちなみに、遠姫へ『コルマギア』を売ったのはカズラ商会だ。今回の制圧時に、その証拠も出てきていた。
「貧民を確保および洗脳して、教団員を増やす作業も行ってたみたいだな。考えてみれば納得だよ。この辺は戦争も多いから、不幸になるヒトがたくさんいる。その隙を突くんだろう」
心が弱っているヒトほど、宗教勧誘は効果てきめんだ。教団にとって、都市国家群は最高の土壌だったに違いない。
もしかしたら、教団員が扇動し、戦争を起こしている国もあるかもしれないな。要注意事項だと思う。
「最後になるが、『コルマギア』の製造の一部も担ってたらしい。地下に製造所があり、大量の死体と『コルマギア』が発見された。焼却炉も完備されてたぞ。真っ黒どころの話ではないな」
ズブズブである。言い逃れなんて不可能なレベルで、カズラ商会とアシヤ商会は悪事へ手を染めていた。
論ずるまでもないだろうが、二つの商会と繋がっていた教団組織もすでに襲撃している。いくつかは壊滅済みだろう。情報を得た時点で、部下たちを向かわせていた。
「これら資料は全部写しだ。遠慮なく持ち帰っていいぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
オレが締めの言葉を告げると、かろうじて菜種は礼を口にした。この短時間で、一気に老けたように感じる。
無理もないか。自分の同盟ないし傘下が、見るも悍ましい所業に加担していたんだから。
某燃え尽きたボクサーみたいに成り果てた彼を尻目に、オレは商人たちへ言う。
「というわけで、今回の襲撃は正当な理由があってのことだ。普通に商売をしていれば、こちらから手を出すことはない。安心してくれ。まぁ、外道にはそれ相応の報いを見せさせるがな」
【威圧】を混ぜてニッコリ笑うと、八人全員が無言でコクコクと頷いた。
少々脅しがすぎたかもしれないが、これくらい念を押しておかないと、後が面倒くさくなる。商人という人種は、利益が得られるのなら道を逸れる者が多いんだもの。割に合わないと痛感させなくてはいけない。
こうして、突発的な面談は無事終了した。彼らが代表の間は、この街で教団が蔓延る心配はいらないと思われる。
ただ、すべてが解決したわけではなかった。
セイラを誘い込んだ少年が落としたペンダント、もとい士道に刻まれた紋様の出所を探ったんだが、有力な情報は掴めなかったんだ。
あれは漁村の小さな部族に伝わるモノで、詳細は失伝してしまったらしい。今は、紋様を刻んだアクセサリを名産として販売しているんだとか。
一応、その部族とやらの調査を命じているけど、どこまで判明するかは不透明。要する時間も分からない。
あの正体不明の“刻印”に関しては、気長に調べていくしかなさそうだ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




