Interlude-Caron 私たちの番
「第百八十七回お嫁さん会議を始めましょう」
フォラナーダ城の一画。私――カロラインたちにとってお馴染みの円卓が置かれた部屋にて、ミネルヴァの声が響きました。
お兄さまと結ばれて以来、ほぼ毎日行われる惚気大会と化していた会議ですが、今回ばかりは趣が異なります。ピリピリと肌がヒリつく緊張感が漂っており、私を含めた参加者全員が重苦しい表情を浮かべておりました。
原因は分かり切っています。
「皆の知っての通り、本日の議題は”ゼクスにもたらされた死の予言”についてよ」
――ピシリと、円卓の端に亀裂が走りました。
発生源はニナ。机上に置かれた拳を中心に、傷が広がっています。
ただ、わざとではない様子。彼女は申しわけなさそうに頭を下げていらっしゃいました。
「ごめん」
「気持ちは分かるけど、落ち着きなさい」
「深呼吸だよ、ニナちゃん」
「大丈夫? 【平静】いる?」
司会のミネルヴァが呆れ混じりに窘め、両脇に座るオルカとマリナがニナを慰めました。そう時間を置かず、彼女の荒れていた魔力は収まります。
場が落ち着いたところで、ミネルヴァは話を進めました。
「まずは、きちんと情報共有しましょう。詳細は、現場で見聞きしたシオンに任せるわ。良い?」
「承知いたしました」
要請を受けたシオンは席から立ち上がり、慇懃に一礼します。それから、どうしてお兄さまの死が予言されたのか、経緯を語り始めました。
その内容は、事前に伺っていたものと大きな差異はありませんでした。先日処刑された遠姫は【占眼】という未来を視る魔眼を保有しており、それによって『お兄さまの死を視た』と宣ったのです。
当事者から一連の流れを聞けたことで、いっそう事情は把握できました。また、とある疑問も浮かびました。
私は意見を述べます。
「自身の計画を破綻させたお兄さまへの嫌がらせ、とは考えられませんか?」
未来視できるからといって、その真偽の判断は別問題です。立場を利用し、恣意的に予言を捻じ曲げることも可能でしょう。話を聞く限り、遠姫はお兄さまへ悪意しか向けていません。
「カロンに同意。そもそも、遠姫の捕縛作戦は、ゼクスの未来が視られないことを利用したもののはず。矛盾する」
私に賛同してくださったのはニナです。
彼女の言う通り、そこも気になる点ですよね。当人は『努力の成果が実った』みたいな発言をしていたようですが、それは根拠に乏しいものです。出そろっている情報を鑑みれば、遠姫が虚言を吐いたと考える方が自然ですね。
しかし、虚言説をシオンが否定しました。
「口から出まかせではないと、私は判断しております。他ならぬゼクスさまが予言を受け止めておられました」
「ゼクス兄は真偽の判定ができるもんね。受け入れたってことは……」
「少なくとも、遠姫は嘘を吐いてなかったってことだねぇ」
シオンの情報を聞き、オルカとマリナが唸ります。
そして、それは私や他の面々も同様でした。お兄さまの能力が疑いようもない以上、虚言説は完全に潰えました。
遠姫がそう思い込んでいらした可能性もありますが、その辺りを語り出すとキリがありません。結局のところ、予言とは遠姫にしか観測できないものですから。
すると、スキアが恐る恐る手を挙げました。
「あ、あああ、あのののの。ひ、ひ、一つ、よ、よよよ、宜しいでしょうか?」
「許可なんて必要ないわよ。これはお嫁さん会議。彼の嫁は、皆平等に発言権があるもの」
「よ、よめ……。あっ、いえ、あ、ありがとうごごございます」
相変わらず他者との会話が苦手のようですが、以前よりは成長しているようですね。昔の彼女なら、大人数の前で発言しようなどと思わなかったでしょうし。
スキアは語ります。
「と、とと、遠姫の言葉が、し、信用ならないのなら、ほ、ほほほ、他の王族の方に、ご、ご協力願うのは、い、如何でしょう? ま、魔力が足りないのでしたら、ぜ、ゼクスさまの【魔力譲渡】で、か、解決できます」
「とても素晴らしい案ですね、スキア!」
スキアの言う通りです。【占眼】を持つのは、何も遠姫だけではありません。信用に足る他者に、お兄さまの未来を視てもらえば万事解決です。
「き、恐縮です」
私の絶賛を受け、スキアは身を縮めました。
怖がっている風にも見えますが、あれは照れ隠しですね。一年以上も一緒に過ごしてきたお陰で、これくらいの判別はできるようになりましたよ。
他の皆も賛同を示し、最後にミネルヴァも頷きました。
「全会一致ね。問題は対価だけれど……まぁ、当主の危急かもしれない案件だから、いくらでも予算は下ろせるでしょう」
「魔力はこっち持ち。さらには、火種はあちらが振り撒いたようなものだから、結構割り引けるんじゃないかな。交渉次第だけど」
「わたしも協力するよ~。貴族的な交渉は苦手だけど、今回は値引き狙いでしょう? そういうの得意だからー」
「そう? 二人が全力を出してくれるのなら心強いわ」
ミネルヴァ、オルカ、マリナの三人が、何やら腹黒い会話を始めました。あれは口出ししてはいけない奴ですね。下手に突くと、こちらへ火の粉が降りかかります。
とはいえ、それほど時間は要しませんでした。この場で話し合えることは少ないのでしょう。
「さて」とミネルヴァが話題の流れを変えます。
「未来視の真偽のほどは、近々確認すると決まったわ。でも、そこで会議を終えるわけにはいかない。分かるわね?」
真剣な表情および声音の問いかけ。
それに対し、私たちも同様の態度で頷き返しました。
「当然です。結果がどうであれ、私たちは備えねばなりません」
そう。たとえお兄さまの死の予言が嘘であっても、対策は講じる必要があります。期限が一年以内と大雑把である以上、真偽を確かめた後では遅すぎるかもしれないのです。用意周到こそ、お兄さまの教えです。
それに――
「最近の私たちは、些かたるんでいたように思います。お兄さまと共にあるためにも、気を引き締めなくてはいけないと考えます」
油断していたつもりはありません。日々の訓練も真剣に取り組んでおりました。ですが、やはり、気が抜けていた部分があったように感じます。グリューエンという大敵を乗り越えた結果、安心に身をゆだね過ぎていたのは反省すべきでしょう。
「アタシも反省。成長が打ち止めになりかけてたからか、これ以上は必要ないと逃げてた気がする」
ニナが静かに、しかし力強く言葉を発しました。
強くなることに貪欲だった彼女でさえ、現状に甘んじていた。その事実は割と衝撃的でした。転じて、このままはマズイという認識を、改めて私たちに感じさせます。
皆、同じ気持ちだったのでしょう。心のどこかで『もう強くなれない』と諦めていたのでしょう。
ですが、そのような諦観は今日でおしまいです。
「もっと強くなりましょう! お兄さまが私たちを守ってくださったように、今度は私たちがお兄さまを守る番です!」
兄妹は支え合うもの。幼い頃より私を支える信念を裏切るところでした。
あの方に並び立つためにも、歩みを止めてはいけません。理想には届かないかもしれませんが、それでも努力を怠るわけにはいかないのです。
「フン。あなたに言われずとも、私は強くなるわ」
「ずっと傍にいるって宣言したんだもん。反故になんてできないよね」
「世界五指に至るって約束した。絶対に叶える」
「愛するヒトがいなくなっちゃうのは、是が非でも止めたいよねー」
「私の忠誠は変わりません。どのような困難も耐えてみせます」
「た、たくさんの、お、恩に、む、報いたい、です」
皆が皆の想いを以って、お兄さまを支えたいと語ります。形こそ異なりますが、どれもが目映く輝き、強固でした。
私たちの信念があれば、きっとお兄さまの運命も覆せるはず。敵は強大かもしれませんが、それ以上に強くなってみせましょう。
「お兄さまは、私たちが守ります!」
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




