Chapter12-5 野望と衝動(6)
時は再び現在に舞い戻る。遠姫より相談を持ち掛けられた日の夜。すっかり人々が寝静まった王都にて、作戦は始められていた。
『こちらコンドル。準備完了。いつでも突入できます』
『こちらイーグル。同じく準備完了。作戦開始まで待機します』
『こちらレイヴン。異常ありません。作戦はいつでも決行可能です』
『こちらスワロー。準備は整っております。作戦まで待機中』
続々と届くの【念話】。それらは全部、遠姫たちの住まう屋敷を包囲する暗部からのものだった。
つまりは、アリアノートのアドバイスに従い、オレたちは彼女の陣地を襲うわけである。
国際問題に発展するのでは? という疑問が浮かぶのは正常だ。このまま突入するだけでは、フォラナーダが各方面より非難を浴びてしまう。
ゆえに、今回の作戦の肝は、この強引な突入ではなかった。我々の襲撃に対し、遠姫陣営がどう動くかが重要なんだ。
「本当に大丈夫なんだよね?」
フォラナーダ別邸の一室。作戦本部となる部屋には、オレ以外にオルカとシオン、メイドのテリアが詰めていた。作戦実行後はシオンがオレに同行し、オルカが全体指揮を執る手はずとなっている。テリアはオルカの補佐だ。
一応、一通りの流れは伝えてあるんだが、それでも彼の不安は拭えていないらしい。
然もありなん。一歩間違えれば、フォラナーダの権威が失墜してしまうからな。心配して当然だ。
とはいえ、その一歩さえ違えないよう、入念な打ち合わせは終わっている。オレは自信を持って頷いた。
「問題ないよ。遠姫たちは、絶対に予想通り動く」
アリアノートの頭脳に信頼を置いているのは無論、事前調査や予防線の設置は念入りに行った。敷かれたレールを外れるなんて、今の彼女たちには無理だろう。圧倒的に実力が足りない。
程なくして、作戦決行の時間となった。オレが【念話】にて命令を下し、展開していた部隊が突入していく。
屋敷の制圧に、そう時間は要さなかった。約十分でフォラナーダの勢力下に落ち、続けて捜索活動へと移行する。
そんな中、特筆すべき報告が二点あった。
『こちらスワロー3。地下室を発見しましたが、崩落していました。かなり念入りに破壊されており、証拠能力の残ったモノは確保できないと思われます』
『こちらイーグル5。屋敷に詰める人物を一ヵ所に集めましたが、遠姫第二王女および護衛の士道の姿が見当たりません』
「予想通りか」
おそらく、地下室で薬物の調合等を行っていたんだろう。決定的な証拠を潰し、二人そろって逃亡したんだ。逃亡ルートの選定は、遠姫の【占眼】を用いれば容易い。
オレは立ち上がった。
「じゃあ、後は任せたぞ」
「うん。ゼクス兄も気を付けて」
「嗚呼、いってきます」
「わわっ」
わしゃわしゃと彼の頭を撫でた後、止めていた探知術を全力展開。逃亡中の遠姫たちを補足したオレは、シオンを伴って【位相連結】で移動した。
転移先は、帝国との国境線に近い森林。大型の魔獣が多いせいで、国境ながら違法出入国には向かない地帯だった。
月のない夜闇は色濃い上、木々の陰によって星々の明かりも届かない。漆黒が視界を塗り潰す。
まぁ、オレやシオンにとってはハンデにならないけどね。【身体強化】は集光能力も上昇させられるし、他の知覚で視覚の欠落は補える。
オレたちが眼前に現れたことによって、全力疾走を行っていた士道は急停止した。土煙が舞うどころか周囲の樹木が吹き飛ぶ。かなりの速度で駆けていたようだ。
そりゃそうか。通常なら馬車で一ヶ月以上かかる距離を、一時間もかけず走破したんだから。
士道はオレンジの光を全身に湛えていた。紛うことなき己道。もはや、言い逃れはできない。
彼はこちらを警戒しつつ、抱えていた遠姫を下ろした。それから、得物である刀を構える。
「ゼクス殿。どういった思惑で、今回の暴挙に出たでしょうか? 侯爵かつ元帥ともあろうお方が他国の王女の居城を強襲するなど、下手な言いわけで許される行為ではありませんよ」
一方の遠姫は、士道の背後に隠れながらも冷静さを装った。あくまでも自分たちは被害者だと嘯く。
今の彼女からしたら、当たり前の主張だった。自分の立場と、こちらが物的証拠を握っていないこと。その二つを鑑みれば、非があるのはオレたちとなる。
しかし、現状でその結論を下すのは、些か甘いと言わざるを得なかった。
オレは肩を竦める。
「どういう思惑かと尋ねられましても、こういう思惑としか答えられませんね」
無詠唱およびノーモーションで一つの魔法を放った。
それは、全長五センチメートルほどの小さな魔力刃。小動物さえ殺せないオモチャ。ゆえに、殺気なんて乗るわけがなく、護衛の反応も遅れた。
魔力刃は見事に目標を斬り裂いた。遠姫の懐に隠れる、わずかに膨れた小袋を。
ボロボロと複数の匣が落ちる。手のひらサイズの無骨な立方体だ。
「ッ!?」
慌ててそれらを拾おうとする遠姫だが、そんな行動をオレが許すはずもない。先の攻撃と時間差で放っていた魔力刃が匣に命中し、真っ二つとなった。そして、中身がドロリとこぼれ落ちる。
――肉だった。匣の中身は、ドクドクと脈動を続ける肉塊だった。
匣が閉じ込めていたんだろう。中身が飛び出るのと同時に大量の魔力が拡散。徐々に肉塊の脈動も弱まっていく。
「『コルマギア』ですね。これで、どちらが悪役かはハッキリした」
他者の心臓を糧にする『コルマギア』の所持や開発は、聖王国のみならず、ほぼすべての国で禁止指定を受けている。情報を秘匿にするだけでも犯罪者だ。
遠姫の懐から出てきた以上、言い逃れはできない。フォラナーダの突入も、無法とは断じられなくなる。
ところが、遠姫の往生際は悪かった。
「いえ、まだです! 私がコレを落としたところを見たのは、あなた方二人のみ。強襲の正当性を証明するために犯罪の証拠を捏造したと、私が訴えればいいッ」
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




