Chapter12-1 留学生(6)
教室では、予想通りの展開が待ち受けていた。ざわざわと騒がしい室内には、クラスメイトではない二人がいたんだ。
一人は士道。背筋をビシッと伸ばして直立している。
もう一人も予想通り。お尻まで届く長さの銀髪と顔の上半分を覆う布。この二点の特徴は、常立国の第二王女で相違ない。前もって感知していた魔力や百五十に満たない華奢な体躯などからも合致する。
彼女の名は、常立遠姫。この半年で一気に勢力を拡大させた国の王女。そして、盲目であるものの、特殊な目を持つと噂されている女性だ。
何が特殊なのかというと、未来が視える――予知ができるのだと言う。しかも、かの国の女性の王族、その大半が有する能力なんだとか。
実に眉唾な話だ。そんな力を持つなら、とっくの昔に都市国家群をまとめ上げ、聖王国や帝国に並ぶ大国になっていても不思議ではない。
――と、少し前までのオレは考えていた。
だが、遠姫と初めて出会った際に、その思考を改めた。何故なら、彼女の髪色と魔力を見て、強い不自然さを感じたためだ。
銀髪はあり得ないんだよ。五属性以上を持つ黒と無属性の白が混ざり合う色なんて、普通なら実現できないものだ。魔力の方も、既存の属性とは異なる何かが感じ取れる。
未来を見通せるかは分からないが、少なくとも、遠姫が特殊な魔法を扱えることは間違いなかった。
話を戻そう。
遠姫は教室の一席に腰を下ろしていた。目元は見えないながらも、口は緩やかに弧を描いており、人当たりの良い笑顔を浮かべているんだと分かる。
感情も同様。穏やかな波であり、何か裏がある風には窺えない。
歓迎パーティーで挨拶をした時と同様だ。穏やかで落ち着いた女性というのが、彼女より受け取れる印象だろう。漂ってくる香水と思しき爽やかな香りも、そのイメージを強くしている。
しかし、この場にいる時点で油断はできない。強かな面も持ち合わせていることは、ここまでの状況が物語っていた。
オレは内心でゲンナリしつつ、遠姫たちに近づく。それから、丁寧に一礼した。
「ご無沙汰しております、遠姫第二王女殿下」
「こちらこそお久しぶりです、フォラナーダ侯爵。ミネルヴァさまも、先日の歓迎会以来ですね」
「はい。お久しぶりでございます、殿下。こうして再びお会いできたこと、とても嬉しく感じております」
水の先を向けられたミネルヴァも、慇懃に挨拶をこなす。
すると、遠姫は小さく笑声を溢した。
「ふふっ、それは私も同じ気持ちです。ただ、フォラナーダ侯爵にも当てはまりますけれど、もう少し肩の力を抜いても構いませんよ。私たちは学友で、学園内は公の場とは些か異なりますから」
「ご厚意、感謝いたします」
「ありがとうございます、遠姫さま」
「まだ固いですが……立場上、仕方ありませんね」
こちらの返答に若干の不満を溢しながらも、彼女は納得したようだった。
通常なら、ここから世間話に興じるものだが、如何せん時間が足りない。今は昼休みであり、この後に午後の授業が控えているんだ。
そういった事情を考慮し、多少のマナー違反は目をつぶって本題を問う。
「遠姫さま。本日はどういった用件でしょうか?」
向こうも、無理に長引かせるつもりはないらしい。気分を害した様子もなく、言葉を返す。
「すでに察しがついていると存じますが、『竜滅剣士』のニナ殿に、我が護衛の士道と模擬戦を行っていただきたいのです。もちろん、報酬を支払う用意はできております。」
予想通りの回答だった。
金銭を用意した上で王族が自ら申し出くることから、どうしても二人を戦わせたいんだと理解できる。
ワガママを聞き入れるほど士道を重宝しているのか。もしくはニナの実力を危険視し、僅かでも情報を仕入れたいと考えているのか。
理由は定かではないけど、やはり断るのは難しいな。フォラナーダの権力でゴリ押しも可能だが、そこまでする必要はないだろう。無論、ニナが拒絶するなら、その限りではない。
チラリとニナへ視線を向ける。
彼女はコクリと首を縦に振った。事前の打ち合わせと変わらず、試合の申し出を受け入れるよう。
オレは小さく頷き返し、遠姫へと視線を戻した。
「分かりました。その申し出を受けましょう。日時や場所は如何いたしましょう?」
「ありがとうございます。本日の放課後に第四訓練場ではどうでしょう?」
「問題ありません」
「では、こちらで場所を押さえておきます」
こちらの了承を受け、遠姫はニッコリ笑った。
その後、おもむろに立ち上がる。
「用事も無事に済みましたので、私たちは撤退いたしますね。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」
士道のエスコートで退室していく遠姫。
彼女が去ると同時に、室内の空気が幾許か弛緩したように感じられた。
いや、実際に緩んだんだろう。方々でクラスメイトたちが大きく息を吐いている。他国の王族がいたんだから無理もないか。
「どう?」
不意に、ミネルヴァが短く尋ねてきた。
極限まで装飾を省いたそれは、まったく意味の分からない質問だ。だが、オレはキッチリ理解していた。
「あれは愉快犯だな」
彼女が問うたのは、遠姫についてだった。直接対話した所感を聞いてきたんだ。
その回答が前述したもの。
というのも、オレと話している最中の遠姫の感情は、常に楽しそうだったんだ。今の状況を心より愉しんでいた。
「まだ断言はできないけど、結構性格は悪そうだよ」
「たしかに、そういう気配はあったかもねぇ」
「マリナちゃんに同感」
対人能力の高いマリナやオルカも同意するのであれば、ほぼ確定だな。
この調子だと、模擬戦でも何か仕掛けているかもしれない。
「油断しないように」
「当然」
念のために警戒を促すと、ニナは『問題ない』と力強く返した。
まぁ、割と何でもアリの彼女なら、そこまで心配する必要もないか。
そんな風にオレたちが話し合う中、ふとカロンが溢す。
「女性の王族は、クセの強い方が多いですね」
想起されるのは、我が国の第一王女。
……うん、その言説は否定できそうにない。
ちなみに、そのアリアノートはギリギリになって教室へ到着していた。監視していた部下の話では、生徒会の仕事に忙殺されていたらしい。
『魔王の終末』後は、自分の処遇への対処に忙しく、生徒会の方は手が回っていなかったみたいだからな。然もありなん。頑張れ、社畜王女!
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。