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Chapter10-4 高すぎる理想(4)

 ルイーズに案内されたのは生徒会室だった。普段は会員たちが詰める室内だが、ヒトの気配はまったく感じられない。


「そちらにお掛けください。今、お茶をご用意いたします」


 彼女の提案に乗り、オレは近場のソファに腰かける。


 護衛にしては慣れた手つきで作業を進めるルイーズも、程なくして席に着いた。


「私に用件があるのは、ルイーズ殿自身か」


 周囲に一切人影がないことから予想はしていたが、彼女も座ったことで確定した。彼女がアリアノートの使いだったら着席はしない。ソファの後ろに控えるだろう。


 こちらのセリフを受け、ルイーズは小さく頭を下げる。


「申しわけございません。小官の個人的なご相談では、伯爵のお時間をいただけるか不透明だったので……」


「謝罪は不要だ。別に怒ってはない。ただ、思ったよりも強かなんだな、あなたは」


 確実性を取るため、手を尽くすのは悪いことではない。それに、彼女はアリアノートが呼んでいるなんて一言も喋っていないし。


 まぁ、そんな労力を費やさずとも、オレは応じただろうけどさ。色々と事態が錯綜している現状、アリアノートの関係者というだけで要注意だもの。


 うーん、踊らされている感じが否めないな。その存在感だけで翻弄するとか、彼女は本当に恐ろしい。


 ルイーズは苦笑する。


「やはり、小官に(はかりごと)は似合いませんか」


「率直に言うと、そうだな。あなたは前に出て戦うタイプに見える」


「間違ってはおりませんね。とはいえ、それだけでは務まらないのが、アリアさまの護衛ですから」


「なるほど。お手本が傍にいれば、ある程度は学べるか」


 そも、そんな環境にいるにも関わらず、学べない方が問題だろう。オレがアリアノートなら解雇している。


 さて。雑談はそこそこに、本題に移るとしよう。


「ルイーズ殿は、私に何を相談したのかな?」


 居住まいを正し、まっすぐ正面のルイーズを見つめる。


 こちらの空気が変わったのを察して、彼女も表情を改めた。少し気の抜けた学生から、騎士のそれへと。


「相談する側だというのに不躾ですが、一つお願いがございます。これから話すことは、他言無用にしていただきたいのです」


「構わないよ」


 ルイーズの真剣な願いを、オレは受け入れる。


 誰もいない生徒会室に案内された時点で、周囲の耳に入れたくない内容なのは察していた。


 というより、こちらが結界を張るフォローをしたくらいだ。人気のない部屋へ移動するだけで済ませる辺り、彼女の性質がよく分かる。


 オレの承諾を認めたルイーズは、ふぅと小さく息を吐いた。それから一拍置き、いよいよ口を開く。


「実は、最近のアリアさまの動向がおかしいのです」


「おかしい?」


 オレは首を傾ぐ。


 正直、アリアノートのすることは、すべて珍妙に思えてしまうんだが。何せ、猫をかぶっていた原作でさえ、意味不明な行動を後の重要シーンに活かしていたんだから。あれは「は?」と素で声を漏らしたよ。


 勇者を監視していた際も同様だった。


 報告書には、何てことない日常の一部として記載されているけど、結果も合わせて読んでみると、土壇場で役立つ布石が紛れていたりするんだ。『お前、未来でも視えてるの?』とツッコミを入れたい。


 ただ、この辺りに気づいているのは、オレくらいなんだろうなぁ。彼女の本性を知っているからこそ、疑いの目をもって見極められているわけだし。


 さすがは側近。ルイーズは、オレの言わんとしていることを理解したらしく、乾いた笑声を溢した。


「たしかに、アリアさまは突拍子もない行動を度々起こしますが、そういった謀略は別として、何かがおかしいと思えるのです」


 常に侍っていた彼女ゆえに気づけた違和感だろうか?


「具体的には?」


 オレは口元に手を当て、続きを促す。


 対し、ルイーズは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。感情も、オレへの(おそ)れが大半を占拠している。こちらにとって不都合な内容であることは、まず間違いなかった。


 だが、沈黙は短い。元より、覚悟を決めていたのだと思う。彼女はおもむろに言葉を紡ぐ。


「……どうか冷静にお聞きください」


 ルイーズの語った話は、たしかに『おかしい』と表現すべきものだった。


 まず、フォラナーダとの敵対を決めた理由から穴だらけだ。いくらオレが強大な力を有していようと、国のありようを覆すには時間がいる。その間に友好関係を強固にする手段は、たくさん存在したはずだ。アリアノートほどの頭脳があれば、なおさら多く考えつくだろう。


 もしも、もしもだ。何らかのトラブルによって、オレが力技で聖王国を潰したとしよう。その先に待つのはフォラナーダの独立であって、聖王国の乗っ取りではない。一定は荒れるとは思うが、残された貴族や民が聖王国を再建するはずだ。


 考えれば考えるほど、アリアノートの動機がしっくりこない。一部のつじつまは合っているけど、微妙に歯車がズレているんだよ。


 最近、ルイーズを同伴させていないのもそう。ブルースの方が隠密を得意とするとはいえ、護衛の条件で一番上に入るのは信頼。商人ならまだしも、王族の近衛が雇われ冒険者なんて失笑ものだ。


 ネグロを誘導するという話も合わせて、かなりキナ臭い。もしかして、ネグロの感情が妙だったのはアリアノートが原因か? 彼女が焚きつけた?


 焚きつけたとして、ネグロに何をさせるつもりだろうか。話の流れから考慮すると、フォラナーダに首輪をつける作戦と取れるが、方法がまったく分からない。


 というか、こうしてルイーズが情報提供しているのも、アリアノートは把握していて不思議ではないんだよな。


 止めないということは、彼女にとってこの密会も必要な過程だと捉えられる。情報漏洩を何故?


 そも、この件に関して、動機から行動のすべてがアリアノートらしくない。オレの知る彼女の根本から、致命的に外れている気がしてならなった。


 ……ダメだ、ダメだ。アリアノートに頭脳戦で勝つのは無理。考えるだけ無駄。相手の土俵に立つなんて愚の骨頂。


 オレは(かぶり)を大きく振り、思考をリセットする。


 こちらに可能なのは、何が起こっても問題ないよう、多くの備えを整えるのみ。そのために鍛え上げた力なんだ。臆しても仕方がない。


 改めて、瞳に不安げな色を宿すルイーズを見据える。


「一つ、殿下に訊いておいてくれないか。その答え次第では、彼女の思惑が読めるかもしれない」


「……何でしょう?」


「緊張する必要はない。簡単な質問だ。『一番大事なモノは変わってないか?』と尋ねてくれればいい」


「大事なモノ、ですか?」


「嗚呼」


 どこか釈然としない様子のルイーズだが、アリアノートの立場を明瞭にするには、これが一番合理的な問いだった。


 これ以上は、アリアノートの答えを聞いてからだろう。


 話し合いは終わった。オレはカロンたちの元に戻るため、席を立つ。


 すると、ルイーズは慌てた様子で声を上げる。


「は、伯爵。小官はどうしたら良いのでしょうか?」


「それを決めるのは、あなた自身じゃないか?」


「そ、それでも、あなたさまの考えをお聞きしたいのです」


「……アドバイス程度なら」


 逡巡は一瞬だった。


 ここで放り出せば、アリアノートへの質問が上手く成功しないかも。そんな打算的な思考が巡ったために。


「自分にとって、もっとも大切なものを思い出せ。そうすれば、自ずと結論が出るだろうさ」


 要は、優先順位を決めろという、ありきたりな言葉。


 しかし、ルイーズにはそれで十分だったよう。『大切なもの』と呟き、熟考を始めている。


 彼女が止めないのなら、ここに留まる理由もない。オレは足早に生徒会室を後にした。


「準決勝の観戦には、間に合いそうにないかな」


 歩きながら魔電(マギクル)を確認したオレは、力なく呟く。


 その予想は正しかった。カロンたちと合流する直前に、ターラたちの試合は決着していた。


 決勝だけは邪魔するなよ。そう、心の中で願うオレだった。

 

次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

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