Chapter10-3 累卵の危うき(5)
酒場の監視を始めて三日。今のところ、目当ての人物は現れていない。学園長――ディマとの一時は退屈しないけど、グリューエンの関わる事件なだけに、さっさと解決したいのが本音だった。
まぁ、焦っても仕方ないので、気長に待つしかない。
放課後直前の時間帯。最後の授業が取り行われている最中、オレとカロン、シオンはヴェーラを連れて校内を散歩していた。
学園は途方もなく広いため、未だにヴェーラを案内し切れていないんだ。すべてを見回るつもりはないけど、通う頻度が多めの場所は足を運ぶようにしている。元々、ヴェーラの育ての兄を発見する目的で、学園内を見学させているんだからな。
本日は、訓練施設を重点的に見て回っていた。自前で高性能な訓練場を持つオレたちは授業くらいしか訪れないけど、一般学生は自主練に使う場合が多いらしい。部活等でも使用されるので、各訓練場は常にヒトの絶えない場所だ。
とはいえ、今は授業中。ピーク時の放課後とは違い、そこまで大量のヒトはいない。実技の授業を行っているか、オレたちのように授業のない学生が自主練をしているか。
とある訓練場へオレたちが入ったところ、そこの使用者は顔見知りだった。人数は五人。ターラにネグロ第三王子、ブルース……それとイカロスという面々だ。残る二人も見かけた覚えがあるので、たぶんネグロの護衛だろう。
妙な組み合わせだな。ターラやネグロたち、ブルースは分かる。以前に顔を合わせた際、『魔闘祭』のチーム戦に参加すると語っていた。
しかし、イカロスの存在は異質だった。確かに、メンバーが一人足らないとは聞いていたけど、彼は色なしで最下位クラスの所属。どう考えても、『魔闘祭』の人選には相応しくない。
とはいえ、他の理由も考えつかなかった。ターラたちとイカロスに、同学年以外の共通点を見つけられないために。
それについては、カロンやシオンも同意見の模様。二人とも、可愛らしく小首を傾いでいる。
ただ、一人だけ、オレたちとは異なる反応を見せた。
「おにぃ?」
呟いたのはヴェーラだった。彼女は困惑と喜びを綯い交ぜにした感情を発露させ、ジッと訓練場を見つめている。
その視線の先には、息を荒げて寝転がるイカロスがいた。
まさか……。
「もしかして、ヴェーラちゃんの兄とは、彼なのでしょうか?」
オレの抱いた疑問を、カロンがポツリと口にした。
対し、ヴェーラはコクコクと首を縦に振る。
オレたちは軽く絶句した。
マジかよ。知人だったなんて、どんな偶然だ。
言われてみると、二人の境遇は繋がる部分があった。スラム出身だし、一緒に生活していた仲間がいると発言していたし。まぁ、その程度の共通点で、関係性を見出すのは無理な話なんだけどさ。
というか、事前に聞いていた特徴と違うんだよ。ヴェーラは「兄は黒髪」だと語っていたんだが……。
「スラムでの生活で、髪が汚れ切っていたのかもしれません」
シオンのセリフで得心がいった。それしかあり得ない。
不衛生な環境だったから、白髪も黒く染まってしまったのか。盲点だった。
今までの散策が徒労だったと思えてしまうけど、考え方を変えよう。知人ならば、話の通りが早い。交渉の手間が省けたと考えるんだ。ポジティブ思考は大事。
そう結論を下したオレは、早速イカロスの話を聞くことにした。
といっても、実際に声をかけるのはネグロの方である。あの面子で一番身分が高いのは彼だもの。目上の許可は取らなくてはいけない。
話がややこしくなるのを避けるため、彼らの元に向かうのはオレのみだ。カロンたちは出入り口付近に待機させる。
オレは場内に足を踏み入れ、遠慮なく進んでいく。いくらか近づいた時点で、向こうもコチラの接近に気が付いてくれた。各々手を止め、到着を待ってくれる。
「ネグロ殿下。本日はお日柄も良く――」
「長い前振りはいらないよ、フォラナーダ伯爵。大事な用件があるから、こうして声をかけたんだろう?」
「ご配慮、感謝いたします」
ネグロが挨拶は結構だと制止したので、礼をして感謝を示す。それから、お言葉に甘えて用件に入った。
スッと、慌てて立ち上がったイカロスへと視線を向ける。
「彼に用があるため、お借りしても宜しいでしょうか?」
「構わないよ。訓練は彼抜きで行うとしよう」
「……こちらの用事とは関係ないのですが、彼をチームに入れたのですか?」
イカロスの存在があまりにも異彩を放っていたため、蛇足だと分かっていても尋ねてしまった。チームメイトに幼馴染みがいるのも理由かな。
すると、ネグロは苦笑を溢す。
「その通り。ブルース先生の推薦でね」
「ブルース先生の……」
「懸念はもっともだが、心配無用さ。すでに始まっている予選でも、ちゃんと貢献してくれている。フォラナーダ伯レベルとは口が裂けても言えないけれど、彼は十分に強いよ」
ネグロの発言に、嘘や誇張は感じられなかった。本心より、イカロスが役に立ってくれていると判断しているよう。
護衛の二人からも不平不満は感じられないので、ネグロの独断の線も薄い
それを聞いていたイカロスは、感極まって涙を流していた。声を立てて泣くことは堪えたみたいだが。
チラリとターラへ目を向けると、コクリと小さく頷く。理知的な彼女も認めているのであれば、特に問題はなさそうか。これ以上は、突っ込む方が無粋となるだろう。
オレは慇懃に礼をする。
「お答えくださり、ありがとうございます。それでは、彼をお借りしますね」
「嗚呼。あまり長く拘束しないでくれると助かるよ」
「善処いたします」
ネグロとの会話を切り上げたオレは、イカロスへ声をかけて連れていく。
道中、彼は不思議そうに用件を尋ねてきたが、ヴェーラと対面させた方が早いので、曖昧に返すのみに留めた。
そうして、ついに二人は再会を果たす。
「ちび、どうしてここに!?」
訓練場の出入り口。そこに立つヴェーラを認めたイカロスは、裏返るほどの素っ頓狂な声を上げた。目玉がこぼれんばかりに瞠目し、その場に立ち尽くしてしまう。
対するヴェーラは不動だった。いや、感情面はかなり嬉しそうなんだけど、いつも通り面には表れていない。
「実は――」
困惑するイカロスに、オレは経緯を説明する。
とはいえ、事細かに伝える気はない。誘拐された彼女を保護したという概要だけだ。
これは『国の調査なので機密に当たるから』という理由もあるが、ヴェーラの望んだ対応だった。イカロスたち仲間に心配をかけたくないとのこと。今が幸せなら十分らしい。
本当に優しい子だと思う。こんな子が非人道的な実験を受けていたなんて、世の中は理不尽すぎる。
「ちび!」
さわりのみの説明だったが、それでもイカロスには衝撃的な内容だったよう。彼は悲壮な表情を浮かべ、ヴェーラを抱き締めた。溢れる感情も鑑みて、心の底より彼女のことを大事に想っているんだと分かる。
詳細を伝えなくて正解だな。概要だけでコレならば、すべてを教えた際はどうなることやら。
イカロスがある程度落ち着くのを待ち、オレは改めて状況を説明する。主に、ヴェーラの魔力の特異性や操作技術を学ばせる件だ。
「――というわけで、彼女の生まれ故郷を知りたい。キミの出身地を教えてくれ」
「ちびの役に立つのなら喜んで」
彼が語った地名は、『西の魔王』の封印地に程近い街だった。かつて調査に出向いたところとは別の、それなりの規模を持つ場所だ。
イカロスは頭を下げる。
「こんなことを頼むのはお門違いだとは分かってるんですけど、故郷に行ったら、他の弟妹たちの様子を確認してくれませんか? ちびが攫われたとしたら、あいつらの現状が心配でッ」
妹や義弟を持つ身として、彼の気持ちは痛いほど理解できた。だから、安請け合いだとは思いつつも首肯する。
「分かった。面倒を見るのは無理だが、様子を窺うくらいはしよう」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げるイカロスは、大きな安堵を湛えていた。
用件は済んだため、彼をネグロたちの元へ返す。ヴェーラと離れるのを渋っていたので、いつでも会いに来て良いと許可を出しておいた。
その後、オレはカロンやシオンと話し合う。
「これでヴェーラちゃんの訓練がはかどりますね!」
自分のことのように喜ぶカロン。
そんな彼女のはしゃぐ姿に癒されつつ、首を縦に振る。
「そうだな。でも、その前に掃除をしておかないと」
「掃除、ですか?」
「カロラインさま。誘拐犯が残っているかもしれませんので」
意図が理解できなかったカロンに、シオンがすかさず補足した。
オレも次ぐ。
「シオンの言う通りだ。確保前の色なしたちの詳細資料を発見できなかったせいで、どういう経緯で流れてきたか分かってないんだ。研究所の連中が自前で用意したのかもしれないし、地元の誘拐犯から買ったかもしれない」
そこまで説いたところ、ようやく理解が及んだらしい。カロンは「嗚呼」と両手を叩く。
「ヴェーラの地元に、残党が残っている可能性があるのですね。地元の場所は、今回初めて判明したことゆえに、国側も駆逐できていないと」
「そういうこと」
研究施設にいた連中は処断できたけど、下っ端連中は野放し状態。だからこそ、掃除の必要があった。
シオンは簡潔に言う。
「暗部の精鋭を揃えておきます」
「頼む。ネズミ一匹逃すな」
「承知いたしました」
たまにドジを踏むけど、仕事は優秀なシオンだ。言葉通りのメンバーを集めてくれるだろう。心配はいらない。
となれば、オレが考えるべきは、ヴェーラの訓練内容だな。彼女はまだ子ども。マリナが実行したものを、そのまま実行するわけにはいかない。
ふふふ。新たな鍛錬メニューを考案するのは、割と楽しいんだよな。
「……ヴェーラ、頑張ってください」
「うん。がんばる」
何やら、カロンとヴェーラが暗い表情で語り合っているけど、気にしないでおこう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




