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Chapter1-5 内乱(11)

 オレの踏み込んだ問いに、カイセル氏は躊躇(ちゅうちょ)した態度を見せた。


 当然か。一介の冒険者に、自領の状況を語る方がどうかしている。まして、今は他領の人間もいるんだ。


 ところが、何を思ったのか、カイセル氏は言葉を続けた。


「いや、恩人に対して隠し事をする方が不義理だね。どうせ、そのうち露見することだ」


「あなた」


「良いんだよ。これも運命だと諦めるしかない」


 夫妻は肩を寄せ合い、ビャクダイの現状を話し始める。


 その内容は、オレの事前予想と大差なかった。簡潔に表すと、人材や物資の不足によって、自領の維持が不可能らしい。困難ではなく不可能と言う辺り、もう進退(きわ)まっているようだった。


「爵位は陛下に返上するよ。見届け人をフォラナーダ伯爵に任せたいのだけど、お願いできるだろうか?」


 カイセル氏の問いかけに、騎士団長は首肯した。


「陳情してみましょう。おそらく、引き受けてくださると思います」


「それはありがたい。残る問題は、生存した領民の処遇のみだね」


 このままビャクダイ男爵家が潰れた場合、この土地の管理はフワンソール伯爵の派閥に渡る。そういう手回しがされているのは、あらかじめ確認できていた。


 ビャクダイ男爵領の民は、そのほとんどが獣人族だ。ゆえに、今回の内乱でも鏖殺(おうさつ)された経緯がある。


 つまり、フワンソールの息のかかった者が領主に任命された時、残った領民たちの命の保証はないんだ。十中八九、何かしらの手を講じて殺されてしまう。


 確実にその未来を回避する方法は、他領へ移民させること。双方の領主の許可が下りれば、安全に身柄を移せる手段だった。


 彼としては、フォラナーダに移民を託したいんだろう。そういう気配を感じる。


 しかし、この場に決定権を持つ者がいなかった。ビャクダイ側はカイセル氏がいるけど、フォラナーダはいない。援軍の中でもっとも地位の高いカロンであっても、そこまでの権力は有していないんだ。


 かと言って、話を持ち帰る時間も残されていない。手続きを済ませる前に、フワンソール側の増援が押し寄せるか、領の引き渡しが終わってしまう。


 重い沈黙が場を包む。


 この場で解決案が出るわけがないことは、カイセル氏も理解していたはず。


 それでも口を衝いてしまったのは、「せっかく助かった命たちを、自分は守ることができない」という激しい悔いが、身を焦がしているためだと思う。彼の心は、すでにいっぱいいっぱい(・・・・・・・・)なんだ。


 はあああああああああああ。


 心の(うち)で盛大に溜息を吐く。


 こんな話を聞いて、「それは大変ですねー」なんてスルーできようものなら、今回の援軍は出していない。


 何で、目の前で語っちゃうかなぁ。もしかして、オレの正体に気づいている? もしそうなら、カイセル氏はめちゃくちゃ性格悪いよ。


 オレは残り少ない魔力を上手くやり繰りし、書斎に防諜用の結界を展開した。それから、声を一トーン落として言う。


「これから話すことは、他言無用でお願いします」


 シスとしての口調は意識しない。そんな労力は無意味になるから。


 この発言を聞いて、室内の人間の反応は二つに分かれた。オレの正体を知る騎士団の面々は苦笑い。事情を知らないビャクダイ夫妻は目を点にしている。


 それらの反応を気に留めず、返事さえも求めず、オレはオレのすべきことを敢行した。


 すなわち、【偽装】の解除である。


 自身にまとっていた魔力が紐解かれ、まるで川の流れのように、シスの姿が剥がれ落ちていく。そして、その下から現れるのは七歳児の容姿だった。


「「…………」」


 オレの本当の姿を目撃した夫妻は、瞠目(どうもく)して固まっていた。驚愕しすぎて、完全に思考停止している。


 ……いや、奥方に至っては気絶しているっぽい。目を開けたまま気絶とは、器用な真似をする人だ。


 呆れと感心の気持ちを湛えながら、【偽装】が完全に解けるのを待つ。


 数秒後。白髪薄紫目を取り戻したオレは姿勢を正し、改めてカイセル氏たちに向き合った。フォラナーダの実権を握る貴族の覇気を身にまとって。


 オレの態度を受け、他の面々はそれぞれの対応をする。


 配下である騎士たちは、その場で立ち上がり最敬礼。我に返った夫妻は、状況に理解が及んでいなくとも、自然と居住まいを正した。


 オレは貴族の礼を取りながら言う。


「改めまして、自己紹介をしましょう。私の名はゼクス・レヴィト・ユ・サン・フォラナーダと申します。此度(こたび)の援軍の指揮官として、この地へ赴きました。以後お見知りおきを」


「フォラナーダ伯のご子息……」


 呆然と呟くカイセル氏。


 無理もない。成人男性の冒険者が、一瞬で七歳児の伯爵子息に変わったんだ。誰だって驚くし、ロクな反応はできない。


 しばらくは思考が追いつかないだろうから、オレは構わず話を進めた。


「まず、正体を偽っていた無礼をお詫びいたします。ただ、こちらにも複雑な事情がありまして……どうか、ご寛恕いただければ幸いです」


 しっかり頭を下げつつも、悪意はなかったんだと言いわけを含めておく。


 すると、比較的早く再起動を果たしたカイセル氏は、小さく(かぶり)を振った。


「そこまで(かしこ)まる必要はありませんよ。先程の姿の時も申し上げましたが、あなたは私たちの命の恩人です。しかも、何か言い知れぬ理由もある様子。責めることはもちろん、言及もしません」


「ありがとうございます」


 一旦、会話が途切れる。


 まだ話し合いたい内容はあったが、その前に為すべきことがあった。そのためにも、カイセル氏の出方を待つ。


 幾拍か置き、呼吸を整えた彼は問うてくる。


「一つだけお尋ねしても、よろしいでしょうか?」


「答えられる範囲でなら」


「今回の救援を決定されたのは、貴殿で相違ありませんか?」


 そういう質問か。確かに、彼の今後を決定する上で、重要な問いかけになる。


 隠すこともなし。オレは素直に返した。


「はい。オルカの憂いを晴らすために、私が手を回しました」


「……なるほど」


 政争にこそ負けたけど、オルカを事前に逃がせただけあって、ビャクダイ家の者は頭が切れるらしい。今の問答だけで、オレがフォラナーダの実権を握っていると把握した気配があった。


 まぁ、この後に爵位を返上する彼に知られたところで、大きな痛手はない。どう動くか次第ではあるけど、無謀な真似はしないと信じよう。


 カイセル氏は何度か一人で頷くと、おもむろに尋ねてきた。


「ご正体をお見せくださったということは、我が領民たちを救ってくれると考えてよろしいでしょうか?」


「ご明察です。生存者のすべてを、我が領に受け入れましょう」


 彼の発言の通りだった。


 当初の予定では、オレの訪問を身内以外へ伝えるつもりはなかった。援軍に駆けつけたのはカロンやオルカたちであって、ゼクスは無関係を貫く方針だった。


 それを翻したのは、ビャクダイ男爵領の生き残りの皆が、命の危機に瀕しているためだ。


 せっかく助けたというのに、別の要因ですぐ死なれてしまっては、今回の仕事が徒労に終わってしまう。彼らの身を案じていた弟妹も、落ち込むに違いなかった。


 ゆえに、オレは姿を現した。生存者らをフォラナーダに招くには、二つの領の代表者の合意が必須だから。オレとカイセル氏がこの場で決議すれば、即座に生存者たちを搬送できるのである。


 オレの言葉を聞いたカイセル氏と奥方のリユーレは、嗚咽を漏らし始めた。


 領民たちが助かると知って嬉しいのか、皆の命を預かっている重圧から解放された安堵か。その内心は窺い知れないけど、本心より喜んでいるのは理解できた。


「ありがとうございますッ。このご恩、一生忘れはしません!」


「私は義弟の家族に手を貸しただけですよ。そう固く受け取らないでください」


 オレがそう笑顔を向けると、夫妻はさらに号泣してしまった。


 この騒ぎが収まるのは、もう少し時間がかかりそうだ。

 

次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いくら親が無関心とはいえ、子供だけで堂々とふらふらでかけたり、今回は団長、副団長の両方と騎士団を連れて外泊まで。。 同じ家にいたら、流石に気付くと思うんだけど。 それとも両親は王都なり…
[気になる点] この国アホ過ぎない?「根回し」って魔法の言葉じゃないんだから、いくら根回ししたところでいきなり同じ国の領地に攻めいってそこの人間皆殺しにしてお咎め無しにはならんだろう・・・この国法とか…
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