Chapter9-3 納涼(5)
推定幽霊と遭遇してから幾許か。山中を右往左往と駆け回ったお陰か、やっと彼らを振り払うことに成功しました。
場所は山中のどこか。詳しい現在地を特定できない理由は、無我夢中で逃げたせい。あと、山道を駆け下りるだけでは追手を撒けず、苦肉の策として森の中を突っ切ったのが原因でした。
先程の恐怖体験も相まって、夜半の森林はとても不気味に感じます。できるだけ早く場所を移したいところ。
とはいえ、即座の移動は難しいでしょう。山中を闇雲に動き回るのは徒に体力を消耗するだけですし、幽霊たちに見つかるリスクが増してしまいます。まずは、現状を整理することが肝要でした。
正直、冷静に振舞う余力はほとんどないのですが、そうは申していられません。この場に私とスキアしか居合わせていない以上、立場も実力も上位である私が先導を担うしかありません。
「スキア、大丈夫ですか?」
「ハァハァ……だ、大丈夫、です」
慣れない山中を走ったせいでしょう。スキアは荒い息を吐きながら返事をしました。
彼女は元々インドア派ですからね。【身体強化】で体力を増強しようと、元が少ないために限界は早いです。
呼吸の乱れから察するに、しっかりと会話を交わすには、もう少し時間が必要そうですね。
「あなたは体力回復に努めなさい。その後に、今後の対策を話し合いましょう」
迅速な行動を望むのであれば、私の魔法【疲労回復】を施すところですが、魔力の消耗を考慮すると難しいです。長期戦も念頭に置かなくてはいけない今、最後の砦である【ディア・カステロ】を維持する魔力は温存したいですからね。
対し、スキアは体をフラフラさせながらも頭を下げます。
「も、申しわけ、ご、ございません」
「スキアが謝る必要はありませんよ。このような事態、誰も想像できませんでした。ですから、あなたの責任ではないです。どうか頭を上げてください」
「……あ、ありがとうございます」
できるだけ穏やかな口調を心掛けたお陰か、スキアは元の姿勢に戻ってくれました。その後、近場の木に身を預けて肩の力を抜かれます。こちらの意見に従い、休息を取る算段なのでしょう。
ですが、表情の陰りが消え切っていませんね。未だ、足手まといになっている現状を嘆いているのかもしれません。
今の状況の打破は、私が単独だったとしても不可能です。そのため、彼女の悲嘆はまったく見当違いなのですが、それをコチラが指摘しても無意味でしょう。慰めの言葉と勘違いされてしまいます。
スキアの精神面のケアは後回しですね。あまり好ましくはありませんが、右も左も判然としない今、優先順位を設けるのは大切なことです。
だいたい十五分くらい経過したでしょうか。スキアの呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、私たちは作戦会議を始めました。
「まずは状況を整理しましょう。肝試し中に正体不明の霧に包まれ、異空間へ転移。山頂まで歩いたところ、魔力反応のおかしい子どもたちと遭遇。情報不足による不利を悟って即座に撤退し、現在は山林内で潜伏中。この過程に問題はありませんか?」
「は、はい。だ、大丈夫です」
スキアの肯定に、ホッと胸を撫で下ろします。
これで、二人の間に記憶の齟齬はないと暫定的に証明されました。敵次第では認識を操作してきますから、こういったすり合わせは大事です。
「次に、これまでの異常事態での所感や気づいた点の情報を交換しましょう」
私はそう申し上げた後、『現在いるのは、元の場所より僅かにズラした空間』という見解を語りました。
次いで、スキアも『し、所感ですが』と自信なさげに話し始めます。
「あ、あの幽霊たちですけど、こ、心に穴が開いてるような感じがしました」
「心に穴、ですか?」
彼女の表現があまりピンと来ず、思わず首を傾げました。
それを受け、スキアはオロオロと目を泳がせながらも、何とか言葉を紡ぎます。
「え、えっと、そ、その……か、かか、感情の機微がないって言ったら、い、良いんでしょうか。ふ、普通のヒトと向かい合ったら感じられる、た、魂の温かみ? がないんです」
「感情……。嗚呼、なるほど。そういえば、スキアは感情を読む魔法を習得していましたね」
スキアの説明は未だ要領を得ませんでしたが、一部理解の及ぶ点がありました。
感情走査の魔法はお兄さまの専売特許ですが、他者が使えないわけではありません。かなりヒトを選ぶものの、スキアやオルカ、シオン、ターラ辺りも使えると耳にしていました。
彼女は慌てた様子で首を横に振ります。
「し、し、習得だなんて烏滸がましいですッ。あ、あたしはゼクスさまみたいにパッシブでは使えませんし、ぼ、ぼんやりとしか、か、感情は読めません」
「それは他の習得者も同じですよ。お兄さまと同じ力の一端を扱えるのですから、もっと胸を張りなさい」
相性が悪いらしく、私やミネルヴァ、ニナはカケラも発動しないのです。それと比べたら贅沢な悩みでしょう。
おっと、話が逸れましたね。
「話を戻しましょう。結局のところ、スキアは幽霊を何だと判断したのですか?」
「それは……」
私は話題を軌道修正し、結論を語るよう促しました。
口元に手を当てて熟思を始めるスキア。おそらく、紡ぐ言葉を選択しているのでしょう。
三十秒ほど経て、彼女は口を開きます。
「た、『魂の残骸』が、あ、あれらを表すのに、て、的確だと、お、おも、思います」
曰く、『亡き後も現世を彷徨う魂』という幽霊の定義に誤りはないが、あの子どもたちの魂は大部分が欠落している風に見えるとのこと。感情しかり、理性しかり。笑っていたのも、ただのポーズに過ぎないだろうとスキアは語りました。
なるほど、残骸とは言い得て妙ですね。たしかに、心当たりはあります。あの幽霊たちは、内在魔力も雀の涙でした。魂が欠落すると、魔力も欠けてしまうのかもしれません。
私が得心していると、スキアはオロオロと言います。
「あ、あくまでも、あ、あたしの所感を元にした、よ、よよ、予想なので」
「承知していますよ。『魂の残骸』であるという話は、仮定を重ねたものです。ですが、妙に納得できるのも確か。頭の片隅に留めておくくらいは良いでしょう」
鵜呑みにするのは愚の骨頂ですけれど、バッサリ切り捨てるのも頂けません。
それに、勘にすぎませんが、スキアの見解は的を射ているような気がするのですよね。
「脱出方法等はどうでしょう? 何か、気になった点はありませんか?」
「も、申しわけございません。そ、その方面は、ま、まったく……」
「謝らないでください。私も全然見当がついていないのですから」
やはり、この異空間を出る方法を考案するのは難しそうですね。お兄さまを筆頭に、ミネルヴァやオルカ、ノマといった面々なら解決できそうですけれど、ないものねだりは無意味です。
こうも手詰まりだと、お兄さまたちの救援を待つのが最善でしょうか。あちらが動いているのは確実なのですから。
ですが、待機は諸刃の剣ですね。お兄さまの【刻外】やダンジョンでの一件を知っている身としては、この場と外部の時間の流れが同じだと安易に考えられません。考えすぎかもしれませんが、常に最悪の事態は想定すべきでだと思います。
どうしたものかと頭を抱えていると、「あっ」とスキアが声を漏らしました。
唐突なそれに肩をビクリと震わせつつ、私は怪訝に問います。
「どうしました?」
「あ、いえ、そ、その、あ、新しい発見をしました」
話の先を促すと、スキアはオロオロしながら続けます。
「た、『魂の残骸』の残滓みたいなものが、く、空気中を漂ってるのを、み、み、見つけました。そ、それを辿れば、な、何か見つけられる、かも?」
「素晴らしい発見ではありませんか、スキア! あなたは、もっと自信を持った方が良いですよ」
「き、恐縮です」
新情報を得たのだから、もっと胸を張れば良いのに。
そう苦笑いしてしまいますが、これがスキアの味ですね。彼女が傲岸不遜な態度になったら、真っ先に偽物を疑うでしょう。
まぁ、それでも、多少は自信を持ってほしいところ。この辺りは今後の課題ですね。
「早速向かいましょうか。ここに留まっていても、何も進展はありません」
善は急げと申します。ここは行動あるのみでしょう。
敵影に気をつけつつ、スキアの先導に従って足を動かします。
「それにしても、スキアの感知は素晴らしいですね。習得は不完全と言いながら、こうして色々発見できているではありませんか」
スキアに自信を持たせる一環として、道中に称賛を送りました。こういうのは、実行可能な時にやらないと、機会を逸してしまいますもの。
すると、何故か彼女は苦笑を溢します。
「あ、あたしがスゴイというより、て、適性の相性、で、ですね。ぜ、ゼクスさまが仰るには、ひ、光の根幹は、せ、“生命”らしいですから」
生命を司るため、光は唯一回復魔法を扱えるわけですか。そして、魂云々もその恩恵と。
……あれ、その理論でいくと、
「私が感知できないのは何故?」
「えっと……あ、相性の問題、かと」
「……」
思わず絶句してしまう私
またですか。また相性ですか!
どうして、火力特化や広範囲系ばかり覚えてしまうのでしょう。探知が不得意というわけでもないのに、それを応用する術になると、途端に覚えられないのは何故ですかッ。
むぅ。いつか絶対に、相性悪いと言われた魔法を覚えてやりますよ。結界系や防御系は、長年の努力で最高峰まで上り詰められたのです。他の魔法だって何とかなるはずです!
私の胸中から、もはや恐怖や不安は微塵も残っていませんでした。思考を埋め尽くすのは、『帰ったら修行!』という意気込みのみです。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




