Chapter1-5 内乱(5)
オレたちは、予定通りの時刻にフォラナーダの城を出た。オレたち三兄妹と世話役のシオン、騎士団の精鋭十名という限られた人数で行く。
救援物資の量的に、とてもではないが護衛の人数は足りていない。世話係も、シオンだけでは負担が大きいだろう。それでも、移動速度を考慮すれば、これ以上は同行メンバーを増やすわけにはいかなかった。
まぁ、前者に限っては問題ないと思う。後者は――せめてオレくらいは、身の回りのことは自分でこなそう。貴族とはいえ前世の知識があるので、そう難しいことではない。
道中は、ほぼノンストップで進む。騎士や馬たちの疲労をカロンの魔法で取り除くため、彼らの足が潰れる心配はいらなかった。
加えて、オレが全員の強化を行った。
【魔纏】は道具を対象とする魔法だが、生物に施せないわけではない。そのデメリットのせいで、人や動物に対して使われていなかっただけだ。オレには当てはまらない。無論、万が一を考慮して、強化度合いは余裕を持たせているけど。
おおよそ八倍の強化を受けたお陰で、オレたちの行軍は爆速だった。搭乗している面々は、目を丸くしている。
無理もない。本来は時速七、八キロメートル――頑張っても十数キロ――の馬車が、自動車で高速道路でも走っているかのような速さを生み出しているんだ。この世界の人間からすれば、異次元の速度だろう。
ちなみに、馬車本体の耐久性や道の悪さなどの心配はいらない。その辺も含めて強化している。
だいたい時速八十キロメートル以上は出ているはずだから、順調に行けば十九時間で走破できる。馬車で一ヶ月が一日未満に抑えられるなんて、魔法の偉大さを実感するな。
精神魔法や光魔法を駆使して夜通し走らせる予定なので、多少の休憩を挟んだとしても、明日の昼には到着できる。
内乱の報を受けてより二日、これほどの迅速さなら間に合うはずだ。最低でも、領主であるビャクダイ家の面々は救えるだろう。
でも、何か嫌な予感がする。言い知れぬ悪寒と言うべきか。この内乱は一筋縄では済まないような……そんな気配を感じた。
出発した翌日。ちょうど二十四時間経過した辺りで、オレたちはビャクダイ男爵領へ足を踏み入れた。
「これは……」
「うぅ」
オレの両隣にいるカロンとオルカが、共に絶句している。
何故なら、目前の景色が凄惨さを極めていたためだ。
ビャクダイ男爵領は四つの村より形成されており、今はその最南端の村へ足を踏み入れたわけだけど、そこは血の海に沈んでいた。
生き残りは一人もいない。全員が、壮絶な最後を遂げたと言わんばかりの表情で事切れている。建物も壊されているか、燃やされているかの二択しかなかった。
正直、普通の七歳児である二人に見せる光景ではない。
だが、オレは隠さなかった。二人とも、こうなる可能性も覚悟していただろうし、あまり過保護にしていては成長に繋がらない。きちんと現実とは向き合わせるべきだ。
まぁ、こんな無茶をできるのは、精神魔法での調律という保険があるためなんだけどな。
とはいえ、オレの知るカロンとオルカであれば、ここで心折れるほど軟弱ではないと思う。
実際、オレの予想は当たっていた。
「先を急ぎましょう。本当はちゃんと埋葬をしてあげたいのですが、今は時間が惜しいですもの」
「うん。この先には、まだ生き残ってる人がいるかもしれない!」
二人は事実をしっかり受け止め、その上で自分のできることを捉えていた。
予期はしていたけど、やはり感心させられてしまう。前世のオレが同年代だった頃なんて、ここまで立派ではなかった。環境の違いもあるだろうが、カロンたちは将来の傑物に違いない。
その後、偵察に向かっていた騎士たちによって、情報がもたらされる。この村の生存者はゼロで、貴重品や食料なども全部盗まれているらしい。
戦争で略奪は付きものとはいえ、本当に容赦がない。
ここに留まっても仕方がないので、先のカロンたちの発言通り、先を急ぐことにした。
もはや戦地のため、騎士団は馬車の周囲へ展開し、よりいっそうの警戒している。オレも全域に探知術を張り、奇襲等に備えた。
そのまま第二、第三の村を通っていくが――
「敵軍の侵攻が、予想より大幅に早い……」
オレは死体の山を前に呟く。
そう。最後の村以外、すべての領民は葬られていた。老若男女問わず、一切合切が殺されていたんだ。大虐殺である。
ゲーム知識により、領民が全員殺されるのは知っていた。だが、文章として情報を得るのと、実際に目の当たりにするのとでは、受ける衝撃が段違いすぎる。魔獣狩りや盗賊狩りで死に慣れていたオレでも、この光景は堪えるものがあった。
「……」
「うぐっ、えぐっ」
カロンは死者へ無言の祈りを捧げ、オルカは悔しさから泣きじゃくっていた。
見積もりが甘かったかもしれない。
フワンソール伯爵たちは本気だった。全力で、ガルバウダ伯爵の陣営を潰そうとしている。この調子だと、他の領も壊滅状態に違いなかった。
ただ、最後の村だけは、まだ鏖殺されていないのは確定している。何せ、戦闘音が絶えていないから。距離が近づいたゆえに、ここからでも戦の気配が感じられるんだ。
「ゼクスさま、偵察が帰還いたしました」
騎士の一人より報告を受けたシオンが、耳打ちをしてくる。
オレは頷いた。
「本人を通せ。直接見聞きしたものの見解を尋ねたい」
「承知いたしました」
シオンは一礼し、スッと離れていく。
転――ばないな、良かった。つまずいたけど、転倒はしなかった。
シオンをハラハラと見守りながら、オレは斥候を務めた騎士の到着を待った。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。