Chapter8-2 新入生(4)
マリナが一年生を下した翌日より、あちこちで“闘技”が行われるようになった。
利用者の大半は一年生なのは、致し方ないことか。自身や周りの実力をある程度把握している上級生たちは、焦って戦いを挑もうとは考えないんだ。まぁ、Cクラス以下の学生たちはドングリの背比べなので頻繁に戦っているようだけど、他は静観する者が多い印象だ。
一方の一年は、『そんなの知らん』と言わんばかりに戦いまくっている。若さゆえというか、自分を知らないというか。戦って結果を残すというシンプルな流れを気に入っているらしい。ところによっては、上級生に挑んでいる連中も見かけたよ。
今回見かけたのも、そんな一年生同士の“闘技”だった。元々フリーのオレと講義が中止になったオルカとニナ。この三人で軽くお茶をしようと移動していた際、その戦いに遭遇した。
一人は片手剣を携えた青年。基礎に忠実すぎるところはあるものの、程良いバランスで剣技と魔法を扱う、良い魔法剣士だ。
一人はジャッカル系獣人の女性。双剣士で、長さの異なる片手剣を器用に振り回していた。剣も魔法も、かなり高水準の腕を有しているように見える。
順当に、獣人女性が勝ちそうな試合運びだな。青年の方が下剋上を狙ったけど、想定以上に実力差があった感じか。
チラッと眺めただけで把握できる試合内容。本来なら、特別に気にしたりせず離れるところだったが、些か興味の惹かれる要素があった。
女性の方に見覚えがあったんだ。といっても、こちらが一方的に既知としているだけ。新入生の成績三位、エクラ・ヴェルラデ・ランプロスというのが彼女の名前だった。
優秀な生徒だからエクラに目をつけた……わけではない。ランプロスの家名が問題だった。
ランプロス家。聖王国内に存在した伯爵家の一つだ。ガルバウダ伯爵家とは古くより交流する仲で、同じ派閥として助け合っていたとか。
――そう。ガルバウダ伯爵の派閥に属するがゆえに、ランプロスもかつての内乱に巻き込まれていた。戦火自体に呑み込まれたわけではないが、その煽りを受けて潰れてしまったんだ。今や、国内にランプロスと名乗る貴族は存在しない。ほとんどの者が奴隷となって散り散りになった。
エクラは、そのランプロスの生き残りなんだ。諜報の調べによると、最初の五年は各地を奴隷として転々と移動し、最終的にはイラーカ男爵家に買われたらしい。学園に入学したことから、奴隷からは解放されたようだけど、その半生が壮絶なものだったことは想像に難くない。
「エクラさま……」
ふと、隣のオルカが呟いた。
今の発言より察せると思うが、オルカとエクラは旧知の仲だった。同派閥でも、軟禁されていたので関わり合いのなかったニナとは違い、幼少時に何度か遊んだことのある幼馴染み。
今から十年以上も前の話のため、オルカにとってエクラの印象はとても薄い。特別な思い出を共有したなんて恋愛マンガのような展開もなし。当時の出来事をおぼろげでも覚えているだけ、オルカの記憶力は優秀だった。
実のところ、エクラの存在は入学式時点で察知していた。成績上位者名簿に目を通したオルカが発見し、フォラナーダの諜報部隊が調査したんだ。何度も主人が変更されていたせいで確証を得るのに時間がかかってしまったけど、それも数日前に完了した。目前で戦っているエクラは、正真正銘の元伯爵令嬢だった。
なまじ幼少の楽しい記憶を共有してしまっている影響か、大して深い仲ではなくとも、オルカのエクラへ抱く感情は複雑のようだった。彼女の名前を発見した時も動揺していたが、こうして実物を目にした今も、感情を大きく揺らしている。
「見応えもないし、移動しよう」
「そうしよう」
この場を離れた方が良いと判断したオレとニナ。
ところが、当のオルカは首を横に振った。
「ボクは大丈夫だよ。向こうもコッチに気づいちゃってるみたいだから、離れる方が印象悪くなりそうだし」
彼は「あはは」と力なく笑う。
オルカの言は正しい。“闘技”中のエクラだが、その意識の大半はオレたち――否、オルカへ向けられていた。彼に用件があるのは、火を見るよりも明らかだろう。
別に、彼女程度は無視してしまっても構わないんだが、オルカが話をする意思を示している以上は従おう。優先されるべきは本人だもの。
程なくして“闘技”は終了した。集中力を欠いていたにも関わらず、エクラの圧勝という結果を残して。
へたり込む魔法剣士の青年を尻目に、エクラはカツカツと靴音を鳴らしながら近寄ってくる。
彼女の容姿は、美人という言葉がしっくり当てはまるものだ。竜胆色の髪はサラサラと舞い、二人静の眼はキリッと力強さを感じる。全体的に凛々しく大人びた雰囲気をまとっており、とても入学したての十五歳とは思えない風格があった。
オレたちの目前に辿り着いたエクラは、優雅に一礼する。
「はじめまして。フォラナーダ伯爵閣下、『竜滅剣士』ニナさま。私は一年のエクラ・ヴェラルダ・ランプロスと申します。ご存じかもしれませんが、失われたランプロス伯爵家の血を継ぐ者でございます。私の名を、記憶の片隅にでも留めていただけるのなら、これに勝る喜びはございません」
制服のスカートを摘まみ、カーテシーを披露するエクラ。その立ち振る舞いは見事という他になかった。もう貴族ではないとはいえ、その身に染みついた技術は忘れないよう。
頭を上げたエクラは、続けてオルカへ視線を向ける。
対するオルカは表情こそ変わらなかったけど、微かに肩を震わせた。
「お久しぶりですね、オルカ。……嗚呼、今やあなたの方が目上ですから、敬称をつけるべきでした。申しわけございません、オルカさま」
「さま付けなどやめてください、エクラさま。昔の話とは言え、寄親だった家と同格の方に敬われるのは、かなり心臓に悪いです」
「そっくりそのままお返ししましょう。私の方も、現役の貴族の方に敬称をつけていただくのは落ち着きません」
「……分かりました、エクラ。これでいい……かな?」
「はい、それでお願いします、オルカ。私はこの喋り方が基本なので、ご容赦願います」
「ズルくない?」
「ズルくありません」
「はは」
「ふふ」
滔々と語り合ったかと思ったら、途端に笑声を漏らす二人。
どうやら、懸念していたような展開にはならなかった模様。お互いに、旧交を温めている風に見える。感情の揺れも安定しているので、問題はなさそうだ。
「むぅ」
ホッと胸を撫で下ろしていると、ニナが何やら眉をひそめていた。不服や不満といった感情が僅かに波打っている。
「どうかしたのか?」
オルカたちの邪魔をしないよう、オレは小声で問いかけた。
ニナは不機嫌そうな表情のまま答える。
「嫌な感じ」
「嫌って……エクラ嬢が、か?」
「うん。ニガテ……違う、嫌いなタイプ」
「珍しいな」
どこまでも純粋なニナは、たいていの物事はあるがままに受け止める。ゆえに、他者を恨むことは滅多にない。ここまでハッキリと『嫌い』だと断言するとは驚きだった。
ニナは淡々と語る。
「黒いというか、何か隠してるというか……害意しかない感じ」
「勘か?」
「そう。女の勘」
「なるほどねぇ」
勘とは『蓄積した経験がヒラメキとして発露したもの』という説がある。それを信じるのなら、ニナの経験してきた何かが、エクラの危険性を訴えているんだろう。
この世界、強者ほど勘が鋭いなんて話もあるので、安易に切り捨てるのは良くないかもしれないな。
ジッとオルカと話すエクラを観察する。
オルカへ向ける親愛の情は本物だ。僅かに“利用したい”という思考の片鱗が見えるけど、彼女の境遇を考慮すると当然の思慮なので、証拠としては弱い。
整然としすぎている気はするが、魔力量の方も許容範囲だろう。至って普通の獣人の女性だった。
「現状は何もないな。一旦、様子見しよう」
「了解」
ニナの返答を認めつつ、思考を回す。
とりあえず、エクラ関連の調査へ、改めて人手を割くとしよう。
笑顔でお喋りを続けるオルカを見て思う。可愛い可愛い義弟を傷つけるようなら、容赦するつもりはないと。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。