Chapter8-1 新制度(4)
訓練場に現れた教師は、何故か二人いた。
一人は、いつも通りの総合戦闘担当の者。
もう一人は、まったく見覚えのない人物だった。灰色の髪と灰緑色の瞳を持った、三十路前後の男。引き締まった体格からして、近接職の冒険者あたりか? 原作知識を探ってみても、該当する者はいない。
オレが仄かに警戒している間にも、担当教師がもう一人の紹介を始める。
「私の授業をこのタイミングで開いたのは、とある企画の説明と、彼を紹介するためだ。皆も耳にしたことがあると思う。彼こそ、帝国で活動していた二つ名持ちのランクA冒険者、『風刃』のブルース・バージェス・ドエガ殿だ」
何だって?
オレは眉根を寄せ、チラリとシオンに視線を向けた。
ただ、彼女も驚いているようで、こちらのアイコンタクトに対して首を横に振った。
“『風刃』のブルース”とは、フォラナーダ当主として知っていて当然の名だった。教師の紹介にあった通り、帝国を中心に活動していたランクAの冒険者で、足のケガによって引退したとも聞き及んでいた。
何故、男がブルースだと見抜けなかったのか。帝国の冒険者情報を熱心に読み込んでいなかったのが根本的な原因だけど、それを補強してしまったのは、髪色が既知のものと異なっていたためだった。本来は千草色だったはず。一番印象的な部分が変わっていたせいで、うろ覚えの顔が余計に思い出せなくなったわけだ。
言いわけさせてもらうと、帝国の、しかも引退済みの冒険者が、わざわざ聖王国に足を運ぶなんて考えられなかったんだよ。身分差意識の根強いコチラの生活は、ガチガチの実力主義国家で過ごしてきた者には面倒だと思われるから。
ブルースが一礼しつつ、口を開く。
「ご紹介に与ったブルースだ。今年より二年間ほど、この総合格闘の授業で教鞭を振るう。遠慮なく、ブルース先生と呼んでくれ。……嗚呼、事前に謝っておくが、俺は敬語とやらが苦手でな。言葉遣いなどは見逃してほしい。よろしく」
「ブルース殿は、アリアノート第一王女殿下がスカウトなされたんだ」
「その通り。お陰さまでケガを完治できた。殿下には感謝してもし切れない」
「皆、殿下のお心遣いに感謝するように」
ブルースと担当教師の話を聞き、クラスメイトたちは興奮した態度のまま、口々にアリアノートへ感謝の言葉を贈る。それに対し、彼女は薄く笑みを浮かべて会釈を返していた。
国内にいる四名の光魔法師のうちの一人であり、第一王女という高い身分を持つ、金髪と白縹色の瞳を有した女性。明晰な頭脳と氷の魔法を常用する点から『氷慧の聖女』と呼ばれており、些か非情さが見えるけど、民を慈しむ心は本物だと言われている彼女。原作において、勇者の攻略対象の一画を担ってもいる。
しかし、その実態は、精神面の規格外と言えよう。自身の感情を手足の如く操作でき、国のためならば、どのような内容でも即断できる究極の合理主義者。怜悧さと卓越した政治手腕を鑑みると、国内でもっとも警戒すべきはアリアノートかもしれない。
まぁ、今のところは持ちつ持たれつの関係だな。色々と面倒な勇者たちを押しつけているし。
とはいえ、アリアノートが帝国方面にアプローチをかけていたのは驚きだった。おそらく、この後に発表されるアレへの布石なんだろうけど、こちらが把握し切れていないとは。
うーん。やはり、国外への情報網では一歩劣るらしい。カロンの問題が片づくまでは国内に注力したいので、あまり外には手を広げていないんだよな……。この辺りは割り切るしかないか。人手も無限ではない。
「ブルース殿を雇用したのは授業内容を充実させる目的もあるが、重視しているのは別にある。それこそ、皆に伝えていた連絡事項に関わる」
他のクラスにも順次発表されるが、と前置きして教師は続ける。
「今年度より、『闘技制度』を取り入れる。クラスや学年の壁を無視して自由に模擬戦を挑めるもので、勝敗結果は成績にも影響を及ぼす。というより、『闘技制度』に賭ける賞品が“成績”となるわけだ」
予想通り、この展開になったか。
原作でも、二年目から『闘技制度』は導入されていた。アリアノートの主導で企画されたものであり、学生たちが一層研鑽を積むための試練だった。実に、合理主義者らしいイベントだと思う。
「後で細かいルールの書かれた書類を配るが、大前提となる規則は二点。一つは、申し込まれた”闘技”は断っても良いこと。ただし、拒否の回数が多くなると、教職員より警告があるから気をつけてくれ。もう一つは、これから配る魔道具の腕輪の装着が、参加への必須条件となる。これには『腕輪をつけた者同士の戦闘に限り、肉体へのダメージや周囲への被害をゼロに抑える』という効果がある。これを破った場合は重い罰則が下されるため、本当に注意してくれ。ちなみに、腕輪の製作はフォラナーダが請け負ってくれた。効果は保障されている」
そう。『闘技制度』の根幹たる魔道具の腕輪は、オレとノマの手で作り出した。元々、学年別個人戦で使用した魔道具に不満があったため、改良は続けていたんだよ。今作は、ほとんど魔力を消費せず、個々人の力量を精神魔法で読み取ってHPゲージを決定している。前回の難点は改善されていた。
原作とは違うルールになってしまったけど、まぁ、この程度は許されるだろう。ケガ人が抑えられるのに越したことはない。
「ブルース殿は、この『闘技制度』の監督役の一人だ。何かあった場合は、彼に頼りなさい。無論、他の監督教師でも構わない」
「荒事や戦術指導なら、どんどん頼ってくれ」
その後、話にあった魔道具が配られる。
皆が腕輪を装着したのを見届けると、ブルースが口を開く。
「さて。早速、この腕輪の効果を実践してみよう。ペアを組んで模擬戦を……と言いたいところなんだが、それだと普通過ぎてつまらない」
彼はこちらに視線を向け、ニヤッと笑んだ。
とてつもなく嫌な予感がする。
「この学園へ訪れる前、興味深い話を聞いたんだ。何でも、昨年度の学年別個人戦にて、二つ名持ちのランクA冒険者を倒した学生がいると。同じ立場の者として、その学生は非常に興味深い。というわけで、カロライン・フラメール・ガ・サリ・フォラナーダ嬢。俺と模擬戦をしてくれないか?」
迅速にフラグは回収された。
カロンを対戦相手に指名してくるとは思わなんだ。
オレはチラリとカロンを窺う。彼女は困ったような表情を浮かべていた。
然もありなん。確かに、カロンはニナに勝利を収めているけど、あれは状況が有利に働いたにすぎない。しかも、最近では同じ条件でニナが勝ったと聞いたし、カロンとしては誇れる内容でもないんだろう。
気が進まないなら、断ってもいいぞ。
そう彼女に伝えようとしたところ、ニナが口を挟んできた。
「カロン、ボコボコにしてやって」
どことなくイラ立ちを孕ませた声音。
彼女は続ける。
「あいつ、アタシより自分の方が強いと信じて疑ってない。ムカつく」
なるほど。多めに見てもレベル40台の相手に、実力を下に見られるのが許せないらしい。
普通であれば『ボコボコにして』なんて頼まなかったろうが、相手は親友たるカロン。気の置けない友人かつ勝利確実の彼女ゆえに、遠慮しなかったんだと思われた。
対するカロンも、親友に頼られて悪い気はしない様子。
「引き受けました」
意気揚々と、ニナのオーダーを受諾していた。
カロンはブルースの方にも応諾し、彼の方へ近寄っていく。
”闘技”の準備は瞬く間に整った。オレたち含む関係ない者は観客席に退避し、グラウンドに残るのは対戦相手の二人のみ。降参宣言または設定されたHPが尽きれば、腕輪が自動的に強固な結界を展開するので、審判もいらないんだ。対戦結果も、きちんと管理できるシステムを組んでいる。
ブルースは短剣を一本逆手に握り、戦闘の構えを取った。彼は、短剣と格闘術を組み合わせたインファイタ―。そのスタイルは崩さないよう。
一方のカロンは、フィンガーレスグローブを身につけた拳を掲げていた。まさかの、インファイトに応じる構えだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




