Chapter7-2 校外学習(7)
翌朝、ダンジョン探索当日。オレたちA1の生徒と教師陣は、ダンジョンの出入り口前に集まっていた。学園生の規模が大きいため、一度に全員は入らない。ダンジョン内部こそ広いけど、出入り口の面積には限界があるからな。
ダンジョンの出入り口は、洞窟のようにポッカリ開いた岩戸だった。成人男性が十人並んでも余裕ある幅だ。
また、長年聖王国が管理しているゆえか、かなり人工的な装飾が多い。枠格子がはめられて崩落の危険性を低めているし、内部のある程度までは歩道も整備されている。すぐ傍には領軍の待機場所も存在した。
一応、スタンピードへの警戒はしている模様。たまに外へ出てくる魔獣も、待機している軍が対処しているんだろう。
数日後に発生するスタンピードにおいて、一番のネックは彼ら軍人かもしれないな。原作で真っ先に全滅するのは彼らなので、手早く保護したいところではある。しかし、軍属の者がそう簡単に持ち場を離れてくれるとは思えない。最悪、強引に無力化する必要があるだろう。
さて、ダンジョン探索の方に意識を戻そうか。
先陣を切るオレたちA1は、微かな緊張の空気に包まれていた。
無理もない。優等生の集う学級と言えど、その大半は実戦経験の乏しいメンバー。巨大な怪物の大口の如き洞は相応の迫力があり、素人が呑まれるのも仕方のないことだった。
ただ、十に分かれるグループそれぞれには、カロンたちベスト16の面子が散らばっている。彼女たちがクラスメイトを励ましたお陰で、それなりに緊張感を解せていた。
程なくして、教師の号令の元、ダンジョン探索が開始される。十のグループが一つずつ洞窟の中へと入っていく。
無論、待機組を除く教師陣やオレも内部へと進んだ。探索中、不測の事態に見舞われた学園生がいれば、助太刀するのがオレたち監督役の仕事である。
ダンジョン内部の様相は、出入り口のものと大差なかった。天然の洞窟といった感じで、土や岩に囲まれた通路が続く。山の獣道とまでは言わないものの、そこそこ緩急ある道なので、慣れていない者はあっという間に疲れ果ててしまう気がする。
また、一本道というわけではなく、途中で分岐路にも何度か遭遇した。オレは問題ないが、属性魔法の探知系は生物探知に偏っている。ちゃんとマッピングしないと迷いそうだな。
得心がいった。ここに魔獣が加わるんだ。探索が遅々として進まないのも当然である。第一層はまだまだ小型ばかりで余裕だけど、下に降りる度に強くなっていくなら余計に。
嗚呼、それともう一点。
「相変わらず、転移系は全滅か」
昨晩のうちに一通り調査は終えていたけど、アカツキが言っていたことは本当だった。このダンジョン内では【異相世界】や【位相連結】、結界系は使えそうにない。階層をまたぐと【念話】さえ繋がらない。感覚からして、ダンジョン自体が一種の異相世界なんだろう。
無理やりオレの魔力で塗り替えるのも可能な気配はあるんだが……それをやると、ダンジョンが崩壊しそうだった。世界にとっての重要施設らしいし、それは最終手段だな。
チラホラと戦闘する学生を見かける。第一層だけあって、みんな余力を残していた。今のところ、オレの出番はなさそうだ。
「たしか、第三層までは、さっさと進んでいいんだったか」
口内で言葉を転がすオレ。
当然ながら、監督役の方も巡回予定が組まれている。自由に動いてしまっては、学生の危機に対応できない可能性が生まれてしまうからな。
オレの場合、誰よりも強いということで、今回の探索範囲で一番深い第三層を任されていた。
そういうわけで、最短ルートでダンジョンを突き進んでいく。
どうして順路が分かっているのかって? 事前に用意しておいた地図のお陰もあるが、一番の功績は探知術だろう。
前述した通り、ダンジョンは一種の異相世界だ。つまり、魔力が駆け巡っているのである。魔力の反応を調べるオレの探知にかかれば、一瞬で脳内に地図が完成するんだ。迷いようがない。
「土魔法でも似たことができそう……いや、無理か」
たぶん、駆け巡っている魔力に邪魔されそう。オレの探知は外側より感知する術。あくまでも、直接干渉しないために上手く発動できているんだと思われる。
そうこうしているうちに、第三層へ辿り着いた。いつの間にか先頭に躍り出ていたらしく、このフロアに学生の姿は引っかからない。先行していた教師陣の幾人かが、巡回している程度だった。
ともすれば、軽く全域を歩き回ってみよう。どうせ、全学生が帰還するまでは残るしかないんだし。
手持ち無沙汰にダンジョン内を巡り歩く。
前世の創作物では、割とスリル溢れる場所として描かれていたけど、実際は暇で暇で仕方がなかった。まぁ、これはダンジョンが悪いというより、オレが強すぎるのが問題なんだろう。何より、探知術が卑怯すぎる。
ちなみに、魔獣はあまり相手にしていない。狩りすぎて学生の分がいなくなってしまうのは本末転倒だもの。かろうじて使えた【位相隠し】を用い、隠密行動を実践していた。
どれくらい時間が経過しただろうか。探知した感じだと、クラスメイト――A1の学生は全員第三層に到達したらしい。その中でも、カロン、オルカ、ニナ、ミネルヴァが各々率いるグループは、すでに撤退を始めていた。どうやら、もう目標を達成してしまった様子。さすがだ。
あとは……アリアノート第一王女とエリック伯爵子息が組んだグループも、そろそろ終わりそうか。アリアノートの知略であれば、もっと早く終わっていても不思議ではない気がするけど、何か別の思惑があるのかもしれない。もしくは、単純に手を抜いていたのか。
さらに時間が経過する。前述したグループは、すでに第三層から撤退し終えていた。残るはユーダイ&リナ、マリナ&ユリィカ、聖女&グレイ第二王子、ジグラルド子爵子息、ダン&ミリアといった面々の率いるグループ。加えて、他のクラスの学生たちも、チラホラ姿を現していた。
まぁ、残るA1のグループは、もうじき撤退しそうではある。ここまで来たら、帰り道に気をつければ問題ないだろう。
――なんて考えたのがいけなかったのか。
「あ?」
思わず漏れる声。そこには大きなイラ立ちが含まれていた。
何故なら、突如として強大な魔力を保有する魔獣が出現したためだった。数は十。第三層の各地に現れた上、それらはどう考えてもココに適した強さではない。レベルにして五十強程度。原作では終盤に現れるほどの敵であり、一般生徒が鉢合わせれば。間違いなく殺されてしまうだろう。
「フラグ回収が早すぎるッ」
オレは【銃撃】を遠隔発射――は無理か。この魔法、他者の支配領域では発射地点を遠くに設定できない。
仕方ないので、手元で発動した【銃撃】を敵へ向かわせる。探知術によって順路は特定済み。瞬く間に、魔力弾の嵐は謎の魔獣へと殺到していった。
八体の魔獣を倒した。しかし、全滅とはいかない。二体のみ、トドメを刺すに至らなかった。
これもダンジョンのせいだ。内部に駆け巡る魔力のせいで、【銃撃】の照準が狂ってしまったんだ。オレより一番遠い位置であり、他の八体以上――レベル60越え――の強さだったのも要因だと思われる。ここに来て、地の利が敵の味方をしてしまった。
しかも、最悪なことに、その二体の近くには勇者グループとマリナのグループがいるんだ。距離的に、どんなに急いでも接敵回避は不可能。
「チッ!」
大きく舌打ちし、オレは地面へ手を当てる。それから、第三層にいる全員に【念話】を発動した。
本来なら、ここまで多くのヒトを対象にするのは難しいんだが、ダンジョン内を巡る魔力を逆に利用させてもらった。
『こちらゼクス・レヴィト・サン・フォラナーダ伯爵。第三層にいる各員に、特殊な魔法によって言葉を伝達している。緊急事態ゆえに手短に説明する。聞き逃さないよう、気をつけられたし』
そう前置きした後、第三層に正体不明の強力な魔獣が出現したこと。その大半は倒したが、不測の事態には変わらないため、学生各員は即時撤退するよう通達した。
そして、勇者グループやマリナ&ユリィカグループに、その魔獣が接敵することも教える。
『該当する両グループは合流を急げ。協力して時間稼ぎをするんだ。時間さえあれば、オレが何とかする』
【念話】の途中から、マリナたちは動き始めていた。賢い彼女たちは、言うまでもなく行動してくれた様子。これならば、彼女たちの実力も相まって、最悪の事態は回避できる。
あとは、オレがあちらへ向かうだけ。
「【身体強化・神化】」
とっておきを切り、光速に迫る勢いで走り出す。足に触れる地面を爆ぜさせながら、オレは疾く駆けた。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。