Chapter6-ep 素直に(2)
聖王国の風習として、年末年始は騒がしくなる。幼い子どもを除く皆が集まり、あれこれと盛り上げるのが一般的だった。
それはフォラナーダも変わらない。日付を超えたばかりの深夜にも関わらず、城内や城下町は明るく騒々しかった。
現在、オレはフォラナーダ城のバルコニーにいた。部下たちに交じって年明けパーティーに参加していたんだけど、少し火照りを冷まそうと出てきたんだ。ちょうど城下町側に開く場所のため、そちらの灯や音も届いてくる。領民たちも、この一時を漏れなく楽しんでいるようで安心した。
冷たい夜風を浴びることしばらく。真冬の深更は空気が澄んでおり、とても清々しい気分に浸れるが、さすがに数分も身を置くと凍えてくる。そういった“人間の部分”は、いくら強くなろうとも偽れなかった。
そろそろ中へ戻ろうと踵を返したところ、一人の接近を感知する。真っすぐ近づいてくる反応は、間違いなくコチラを目的地に定めていた。魔力的に、ミネルヴァのようだった。彼女もパーティーを抜け出してきた口らしい。
ここで婚約者を放っておくのも薄情な気がしたので、到着を待つことにした。とはいえ、さらに体温を下げるのは勘弁願いたいので、自身を薄い魔力の膜で覆って寒気を防ぐ。
「嗚呼、ここにいたのね」
姿を現したミネルヴァは、そう第一声を溢した。
オレは首を傾ぐ。
「捜してたのか?」
「いえ、違うわ。ここに来たのは、ちょっとしたクールダウン。ただ、あなたの姿が見えなかったのにも気づいてたから」
「思わず口を衝いた感じ?」
「そんな感じ」
小さく笑みを浮かべつつ、ミネルヴァはオレの隣へと歩み寄る。それから、バルコニーの柵に両肘をかけた。
彼女は目前の景色を静かに眺める。ホゥと白い息を吐く姿は何とも可愛らしくて、オレの心臓の鼓動を早めた気がした。
「どうかしたの?」
どうやら、ジッと見すぎたらしい。ミネルヴァが小首を傾いで問うてくる。
オレは「別に」と呟いて視線を逸らしかけたが、ここで照れるのも今さらかと思い直した。動かした瞳を戻し、笑顔で素直に告げる。
「オレの婚約者はとっても可愛いなって、見惚れてたんだよ」
「かわッ、見惚れッ――!?」
こちらのストレートな言葉は、ミネルヴァの弱点を正確に突いてしまった模様。彼女は一瞬で顔を真っ赤に染め、あわあわと口を開閉した。マンガなら、頭から煙を出す表現をするに違いない。
そんな愛らしい様子によって目の保養をしながら、彼女が再起動を果たすのを待った。
程なくして、深呼吸を始めるミネルヴァ。
「ホント、あなたはスケコマシよね……」
朱に染まった頬は戻っていないけど、会話能力は復活したよう。溜息混じりに言った。
オレは若干頬を引きつらせる。
「す、スケコマシって。オレはただ、素直な感想を口にしただけなんだけどな」
「それがスケコマシだと言うのよ。よくもまぁ、そんなセリフを照れもせず言い放てるものだわ」
「照れくさくはあるぞ。でも、今さらだろう? キミとは婚約者同士でもあるし、ためらわずに褒めた方がいいかなって思ったんだ」
「普通、婚約者同士でも少しはためらうものよ」
ミネルヴァはヤレヤレと肩を竦める。
えっ、これはオレが悪いのか?
些か納得いかない部分はあるけど、彼女が嫌がっているわけではなさそうだ。何せ、見える感情は歓喜と羞恥。いつもの照れ隠しだと分かる。本当に可愛い子だよ。
「去年は色々と騒がしかったわね」
ふと、声の途切れたタイミングで、ミネルヴァが別の話題を持ち出してきた。
唐突にどうしたんだろうかと訝しみつつも、オレは話に乗っかる。
「そうだな。学園に入学してから色々あったよ」
「入学早々、新しい子を引っかけてきたのは驚いたわ」
「人聞きの悪い。あれは保護だよ」
「でも、マリナはあなたに惚れてたわ」
「それはそうだけども……」
そこを突かれると痛い。彼女がオレに好意を持ったのは、完全にこちらの不注意だったからなぁ。
バツが悪くなって目を泳がせると、ミネルヴァはコロコロと笑声を漏らした。
「ごめんなさい、ちょっとした冗談よ。別に怒ってないわ」
「冗談になってないって」
「ふふっ、ごめんなさい」
笑いながら謝罪を口にする彼女に、一切の邪気はなかった。
「マリナは平民だし、少し変わってるけど、とてもいい子よ。聡明なうえ、度胸もある。愛妾の枠に収まっても、問題なくやっていけるでしょうね」
「まだ、そうなるとは決まってないぞ?」
「でも、将来的にはそうするでしょう? あなたが彼女に惹かれてるのはお見通しよ」
「それは……」
言葉に詰まった。オレがマリナに惹かれつつあるのは事実で、最終的に受け入れるだろう確率はとても高かったからだ。
ミネルヴァは再び笑い、こちらを真っすぐ見つめた。
「私は、あなたが何人迎えようと文句はないのよ。そりゃ、多少は嫉妬もします。それでも、あなたは最大限私たちに愛を囁き、与え、温めてくれるでしょう。何か別の目標に専念している今でも、私は手玉に取られてるんだもの。それだけは確信してるわ」
『というより、増やさないとコッチがショートしてしまいそうね』と彼女はうそぶいた。
うーん、あながち間違いでもないか?
現状は、カロンの死ぬ運命を回避する方に注力している。ゆえに、ミネルヴァたちに構う時間は最低限になってしまっている。
そのことを申しわけないと考えていたんだけど、彼女曰く、今のままでも十二分らしい。となれば、カロンが助かった先に待つのは“十二分を超える愛”だろう。オレ自身、歯止めが利かなくなる予感は覚えているもの。
かといって、婚約者自ら増やすことを推奨するのは如何なものか。多少は嫉妬する様子を見せてくれても嬉しい気はする。ただのワガママだとは理解しているけどさ。
オレは渋い表情を浮かべていたんだと思う。ミネルヴァはまた笑った。今日の彼女はよく笑う。
「ふふふ、あなたが率先して増やしてるわけじゃないのは知ってるわ。でも、断言しましょう。きっと、これからも増えるわよ。あなたは、それだけの魅力と甲斐性を持ったヒトだもの。だから、せいぜい頑張ってちょうだい」
「これは『分かった』って頷けばいいのか?」
「そうよ。堂々としてればいいの。あなたは、そうするだけの権利があるわ」
「分かったよ。でも――」
オレはセリフを区切り、ミネルヴァの頬に片手を添える。そして、すかさず唇をふさいだ。
「オレの正妻はキミだよ、ミネルヴァ」
ほんの僅かな口づけではあったけど、きちんと愛情は乗せたつもりだ。
それは向こうにも伝わったと思われる。彼女は再度顔を真っ赤にしてソッポを向く。
「ホント、あなたは卑怯だわ。……私も正妻として頑張るから、安心してちょうだい」
その後、オレたちの間に言葉はなかった。
しかし、両者に流れる雰囲気は温かかった。物理的ではなく心の温まる空気。
これからもずっと、こんな関係であり続けたいと、オレは心より願う。
これにてChapter6はおしまいです。
幕間を挟みまして、8月5日よりChapter7を開始いたします。よろしくお願いします!
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




