Chapter6-2 トーナメントに向けて(5)
「アレは卑怯すぎないかしら?」
試合後の反省会。いつものオンボロ部室に全員で集まったところ、開口一番にミネルヴァがそう言った。
言葉の向けられる先はカロンのため、アレが何を指すのかは言をまたなかった。
先刻の魔駒の試合でカロンが最後に使った魔法は、オレも把握していないオリジナルだ。事前に話も聞いていなかったので、みんなに内緒で開発を進めていたんだと思われる。
カロンはあっけらかんとした様子で返す。
「今回は上手くいきましたが、仰るほど強い魔法ではないのですよ」
そして、例の魔法の説明が続く。
強烈な閃光とともにトップクラブを全滅させたアレは、光と火の合成魔法【遍照】という名称らしい。予想通り、カロンの考案したオリジナル。凝縮した光焔を爆発させて、広範囲殲滅を行う魔法なんだとか。
「ちょっと待って。それだと、さっきの試合はおかしくない? 聞く限り、敵味方関係なく巻き込みそうなんだけど」
ミネルヴァの問いは、この場の誰もが抱いていた疑問だった。
カロンの言う工程の魔法であれば、発動後は周囲一帯が更地になってしまう。無論、自身も含めて。
しかし、実際は敵のみを排除していたし、ステージ上の建造物も無事だった。
おそらく、燃やす対象の取捨選択ができるんだろうけど……どうやったかが分からない。カロンは不器用なので、こういった細かい魔力操作は不得手だったはず。
彼女は滔々と答える。
「建物の損壊につきましては、【遍照】が“生物や魔力のみを対象とする魔法”だからですね。回復系魔法の効果範囲を……切り抜いて? 適応いたしました。敵味方の選択は光魔法の応用です。私の使う【診察】やお兄さまの【スキャン】のように、光を拡散させることで味方の位置を捕らえ、攻撃対象より除外しました」
「嗚呼。最初の閃光は、その判別のためか」
「さすがお兄さま。仰います通り、あの光自体に威力はございません。ほぼノータイムで攻撃していますので、そこまで大差はありませんけれど」
うーむ。カロンに自覚はないようだが、ずいぶんとハチャメチャな魔法を開発したものだ。
まず、『回復系魔法の効果範囲を切り抜いて適応』というセリフがヤバイ。
基本的に、魔法とは想像の元に構築される。既存の魔法こそ、既成概念によって簡略化されている部分もあるけど、術者の想像に依存することは間違いない。オリジナルなら、なおさら想像力を試されるだろう。
何が言いたいかというと、回復系と広範囲殲滅なんて真逆の性質の魔法を、頭の中で関連付けて一部効果を同期させてしまう。その発想力が異常だった。普通なら、一から想像した方が手っ取り早い。
天才ゆえの、独特の思考回路とでも言うのか。なかなかにブッ飛んだ魔法開発の仕方だった。
次に、この魔法の効果範囲と威力に注目したい。おそらく、【遍照】は『光で燃やす』という過程で攻撃を行う魔法だろう。要するに、光の届く範囲なら、どこまでも攻撃できるわけだ。
威力に関しても、最上級魔法を超えるものだと思う。耐火性能を有するドラゴンを、一撃で十体は葬れそうだった。
そういえば、原作ゲームのカロラインは、火力全振りの火魔法師だった。彼女との戦闘では、上級火魔法の【崩炎】――炎の雪崩――を何発も連続で放ってきていた。直撃したら瀕死になるから回避が基本だったなぁ。
原作とは離れた性格になっても、どういった魔法を得意とするかは変わらないらしい。カロンの根本は悪役令嬢だと指摘されているようで複雑な気分だが、気にしすぎない方が良いか。この程度で揺らぐほど、オレの妹愛は薄っぺらくない。
カロンの説明に対し、魔法に精通しているミネルヴァ、オルカ、シオンは呆気に取られていた。無理もない反応だな、オレも頭抱えたいし。
一方、平民組は能天気だった。
「難しいことは分かんねーけど、カロンはすごいってことだな!」
「すごいよ、カロンちゃん!」
「え、えっと、すごいです、カロラインさん!」
キミら、知能が低下していないか?
……いや、ダンとミリアは、昔からこんな感じか。ユリィカは流れで乗っかっているだけの様子。
まぁ、魔法に詳しくなければ、『何か複雑で難しいことをした』程度にしか認識できないんだろう。ダンたちのノリには付いていかないものの、ニナも少し首を傾げている。
「一つ訊きたいんだけど」
「何でしょうか、オルカ?」
「言うほど強くないって最初言ってたよね。何か欠点でもあるの?」
「一つは、直射日光の当たる場所では威力が落ちてしまう点。二つは、攻撃対象の除外は、私が覚えている方のみしか行えない点。三つは、物理的な密閉空間には一切手出しができない点。ざっと考えつくだけでも、これくらいありますね」
広範囲攻撃なのに、屋内の方が真価を発揮する。対象の取捨選択は割と中途半端。確実に防御する方法も存在する。確かに、使い勝手の良い魔法とは言えないな。改良の余地は大いにある。
でも――
「隠し玉としては十分かもね」
オルカの言うように、有用な手札ではあった。現状のままでも即戦力になると思われる。
カロンの新魔法の解説が終わった後は、予定通りに反省会が行われた。
好意的な評価を受けたのは、ダンを除く四人。それぞれ、今までの鍛錬の成果を上げていたので、反省点は細かい部分のみだった。
残るダンは……うん。イノシシとしか言い表せないため、みんなから苦言を呈されていた。『何で?』って顔をしていたけど、当然の帰結だと思う。
和気あいあいと進むクラブ活動。
ただ、一つだけ気になるところがあった。ほんの少し。感情が読めるオレだからこそ認知できた些細な違和感。
団欒の輪の中にいるはずのミネルヴァが、僅かに心を曇らせていることだけは、とても気掛かりだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




