Chapter6-1 疑惑の優等生(6)
学園長室には四人の人物が集っていた。一人は、オレがここを訪ねる動機を作ったミネルヴァ。もう一人は、部屋の主である学園長、黒長髪の美幼女を装う年増だ。
そして、最後の二人がアリアノート第一王女と、その護衛であるルイーズ子爵令嬢。
前者は白縹色の瞳と一本に縛った金髪が特徴の美女。だが、中身は恐ろしい化け物だ。感情を手足の如く操り、他人の人心を掌握して思いのままに動かす。知略謀略に特化した規格外である。
その本性を知るのは、おそらくオレと護衛のルイーズのみだ。ルイーズはともかく、オレにそれを明かした理由は定かではない。本物の天才が考えることは摩訶不思議すぎて、まったく理解が及ばなかった。
後者は青竹色の短髪に茶の目を宿した者。百八十ある身長や中性的な顔立ちから、一瞬男性と見紛えてしまいそうになるが、女性で間違いない。学年は一つ上で、幼少よりアリアノートの護衛を務めているらしい。王女の本性を知りながらも傍に侍っていられる辺り、彼女の忠誠心は本物だろう。
二人は、オレが転移してきたことに瞠目していた。初めて【位相連結】を目の当たりにしたので、当然の反応だった。
――いや、アリアノートの方は“フリ”だな、あれ。何せ、感情の機微がまったくない。
十中八九、わざと表情だけ装ったんだ。オレが他人の内心を看破できる術を持つと把握するために。こんな些細な瞬間を狙ってくるとか、本当に油断も隙もないぞ。
オレはあちらの思惑に乗らないよう、努めて心を落ち着かせる。それから、彼女らに一礼した。
「アリアノート殿下、突然の参上を失礼いたします。ルイーズ殿も、驚かせてしまったようで申しわけない」
「いいえ、構いませんわ。むしろ、噂に聞く転移魔法を目撃できて、嬉しいくらいです」
「小官のことは、お気になさらないでください。小官は殿下の護衛にすぎないので」
対して、アリアノートは口元を小さく綻ばせ、ルイーズは畏まった態度で返した。
おおむね、想定通りの出だしだな。アリアノートが相手だと、何を仕掛けてくるか読めないから、いちいち心臓に悪い。
内心でホッと安堵していると、不意に声がかかる。
「わしへの対応とは、ずいぶんと違わんか?」
「気のせいだろ」
「雑ぅ。わし、これでも学園長なんじゃが!」
唇を尖らせる学園長へサラっと返答したところ、地団太を踏まれてしまった。その容姿でその行動をすると、たちまち小学生にしか見えなくなる。
「ふーん」
「あらあら。ゼクスさん相手だと、学園長はそのように振舞われるのですか」
そんな彼女を見て、ミネルヴァは意味深な声を漏らし、アリアノートは興味深そうに頷いた。
何か勘違いを生んでいる気がするけど、ここは放っておこう。ミネルヴァには後で説明すれば良いし、アリアノートの反応は真相を理解した上でのものだと思う。
オレは溜息を堪えつつ、ミネルヴァに問う。
「どうして学園長室に来たんだ? しかも、殿下までご同行させて」
「ちょっとした確認よ」
彼女は軽く肩を竦めた。
曰く、図書室にてアリアノートに出会い、雑談の最中に気になる話題を聞いた。それの真相を確かめたいと考えたところ、アリアノートの協力もあって、学園長との面会まで進展したらしい。
彼女自身、急展開すぎるとは感じていたようだが、同時に良い機会だとも思ったよう。結果、なりゆきに任せて現状に至った。
ミネルヴァには珍しい、計画性の薄い行動だった。それほど“気になる話題”とやらを重要視したんだろうけど、いったい何を気にしていたんだろうか。
その点を改めて尋ねてみると、
「べ、別に大したことじゃないわ」
そうソッポを向かれてしまった。
えぇぇ。アリアノートの力を借りてまで学園長室に直行したくせに、『大したことじゃない』なんて言い分は通らないと思うよ。
まさかの返しに、オレは呆れ返ってしまう。
ただ、彼女の反応から、おおよその見当はついた。こういう可愛い反応を示す場合、たいていはオレもしくはカロンたちに関わる話題だ。
今回は、おそらく前者。オレのために骨を折ってくれたんだと予想する。心当たりはある。
はたして、その推測は正しかった。
オレとミネルヴァのやり取りを窺っていたアリアノートが、不意に口を開く。
「ミネルヴァさんは、『学年別個人戦』にゼクスさんが参加できるか否かを、学園長に確認したかったんですよ」
「ちょっ!?」
「やっぱりか」
彼女の発言にミネルヴァは目を見開き、オレは納得の声を漏らした。
学年別個人戦とは毎年二学期に行われる催しで、まさに文字通りの企画だ。個人戦をそれぞれの学年ごとにトーナメント形式で行い、ナンバー1を決めるというもの。いわゆる武闘大会の類だった。
ここで優勝すれば、他の成績関係なく学年一位の座につける上、学園長より褒美をもらえるんだ。無論、優勝せずとも、格上相手に勝てば成績に加味してくれる。
これは原作ゲームでも存在したイベントだ。RTAする場合、一年目で優勝するのが必須事項だったなぁ。
そう懐かしさを覚えている間にも、アリアノートは言葉を紡ぐ。
「ここ最近、ゼクスさんの実力を疑う方が増えていらっしゃるでしょう? ミネルヴァさんはその打開策を、個人戦での優勝に期待していたのです。ですが――」
「こやつを、他生徒と同じ戦場に出せるはずないじゃろ」
「――という学園長の意見を私は耳にしておりましたので、それをミネルヴァさんにお伝えしました。結果、こうして直接問答する展開に至ったわけですわ」
アリアノートと学園長の説明を聞き、「だよなぁ」と、オレは内心で頷いた。
この納得は二つの意味を含んでいる。噂の打開策へのものと個人戦への参加拒否へのもの。
まず、オレの実力に対する嫌疑打開について。
実は、オレもミネルヴァと同様の案を考えていた。あくまでも一案にすぎないけど、個人戦での優勝が一番手っ取り早いと思っていたのは事実だ。何せ、大多数の前で実力を示すという条件を、すべて満たせる絶好の機会だからな。
ただし、後者の納得にも繋がるが、そもそも参加を拒否される事態も想定できていた。
自分で言うのも何だが、オレは世界最強を名乗れる存在だ。そんな人物が、一国の学生たちの中に混じって戦う姿を想像してみてくれ。出来レース級の圧勝は間違いなく、オレと対峙する学生たちは一切活躍できなくなる。教育者側が、それを許容できるはずがなかった。
だからこそ、回りくどくも別の手段を考えていたんだけど、ミネルヴァは『そちらの都合なんて知ったことか』と直談判に走ったらしい。
「ゼクスの参加を認めてください、学園長」
若干顔が赤いままだが、開き直った様子で要求を口にするミネルヴァ。
水を向けられた学園長は、申しわけなさそうに眉を寄せる。
「それだけは難しいのぅ。結果が分かり切ってしまう上、彼と対戦する生徒が気の毒じゃ」
案の定の拒絶。
ところが、ミネルヴァはめげなかった。
「気の毒なのは彼も一緒ですよ。最初っから戦う機会を奪ってしまうなんて、教育者としてあるまじき行為では?」
「そ、そこを突かれると痛いのじゃ」
「あと、結果が分かり切ってしまうとは言いますが、それは彼に限った話ではないと考えます。三学年はウォーロイル家のジェット氏の優勝が確実視されていますし、二学年だとソチラのルイーズ嬢の優勝が固い。万が一が発生するか否かの差でしかありません」
「た、確かに」
「対戦相手となってしまった生徒の見せ場を奪うのは事実ですが、勝負は時の運とも申します。戦う組み合わせにまで目くじらを立てていては、そもそもトーナメント形式にすることが間違っているでしょう」
「う、うむぅ」
怒涛の攻めにより、学園長もタジタジだった。
大半を正論で突破しているところが凄まじい。これは、あらかじめ反論を想定していたっぽいな。
そこへ、さらなる援護射撃が加わる。
「私も、ゼクスさんの参加を許可した方が宜しいかと存じますわ」
「お主も言うか!?」
アリアノートの追撃は想定外だったのか、学園長は瞠目する。
かくいうオレも、彼女ほどではないが驚いていた。
ミネルヴァと学園長の面会をセッティングした時点で、オレの個人戦への参加にアリアノートが賛成派であることは分かっていた。だが、直接的な支援までするのは意外だった。彼女は暗躍するタイプの人物だもの。
そうまでして、オレを参戦させるメリットが存在するのか?
真っ先に考えつくのは、こちらの真の実力を把握したいといったところか。でも、学生程度に本気を出さないのは明らかだし……うーん、分からん。
「この機会を逃すと、おそらく学園の威信が落ちるかもしれませんわ」
「どういうことじゃ?」
聞き捨てならない指摘だったのか、学園長は目を眇めた。微かに、彼女の強者としての風格が漏れ出ている。
対するアリアノートは柳に風といった様子。
「簡単な話です。学園長の言い分だと、ゼクスさんには学園内で一切戦わせるつもりはないように聞こえます」
「聞こえるも何も、そのつもりじゃよ」
「それはいけません。一度も力を見せない者がトップに居座り続けるなんて、誰も認めないでしょう」
「他者は関係ない。これは学園の規則に従った成績じゃ」
「今まではそれで通用したのでしょうが、ゼクスさんの場合は悪手ですわ。彼のフォラナーダは、今や聖王国になくてはならない存在。下手をすれば、聖王家以上の影響力を有しています。そんな彼の機嫌を損なわないよう、成績を忖度したと捉えられかねません」
「……つまり、此度の個人戦一回を犠牲にし、学園の成績は正しかったと証明せよと?」
「そちらの方が互いに損をしないと、私は愚考いたします」
睨む学園長と冷ややかな笑みを浮かべるアリアノート。歴戦の老獪と規格外の智慧者の視線が交差し、バチバチと火花を散らした。
傍から見れば、美女同士の見つめ合いだけど、場の雰囲気は徐々に重さを増していく。
怖いよ。精神的に防御できるオレはともかく、他の二人にはツライ空気だぞ。この中で一番弱いルイーズなんて顔が真っ青だ。ほら、【平静】をお受け。
というか、アリアノートはやっぱりおかしい。レベル自体はルイーズとドッコイのはずなのに、どうして遥か格上の学園長と睨み合えるんだよ。感情操作できるのは伊達ではないということか。
程なくして、痛い沈黙は破られた。
「分かった。彼の参加を許可しよう」
先に折れたのは学園長だった。
然もありなん。損得の天秤を図れば、この結果は目に見えていた。即座に返答しなかった理由は、アリアノートの思惑に乗っかるのが嫌だったからに違いない。
「ただし、約束してくれ。決して本気を出さんでほしい」
「承知してる」
学園長のダメ押しに、オレは苦笑を溢しながら首を縦に振った。
こうして、学年別個人戦への参戦が決まった。アリアノートが何を考えているのかは不透明で不気味に感じるけど、安堵の表情を浮かべるミネルヴァが見られたので良しとしよう。
今後は、あまり心配かけないよう努力したい。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




