Chapter5-6 夢は泡沫(2)
本編中ですが、視点がゼクスではありません。ご容赦ください。
山麓の森に指定された自陣にて、私――カロラインは、試合の開始を今か今かと待ちわびていました。手に収まるハンマーの柄を握り締め、緊張と興奮が綯い交ぜになった心を自制します。
お兄さまがご覧になる前で、お兄さまに作っていただいた武器を振るう。それも魔駒のトップクラブという、それなりの実力者を相手に。
この最高の武器――『シャルウル』のお披露目には、もってこいの舞台でしょう。え、前に使った? あの程度の露払い、デビュー戦とは言えません。
お兄さま曰く『まだまだ調整の余地あり』らしいのですが、それでも『シャルウル』が十二分に強いことは私が理解しております。こちらが振り回されないよう、心して扱いたいと思います。
「あら?」
ふと違和感を覚え、観客席の方へ視線を向けてみると、お兄さまが【位相連結】で移動なさるところでした。もう試合が始まってしまうのに、どちらへ赴かれるのでしょうか。
「大丈夫。ゼクスはすぐに戻ってくる」
すると、ニナが声を掛けてきました。どうやら、私は不安そうな表情を浮かべていたようです。少し気恥ずかしいですね。
私は苦笑を溢しながら、彼女に返します。
「そうですね。お兄さまは約束を破りません」
応援すると断言なさったのですから、試合の開始には間に合わずとも、まったく観戦しないといった事態にはならないでしょう。
それに、このような時に動いたとなれば、何やら緊急事態の可能性が大きそうです。お兄さまなら、あっという間に解決なさるでしょうから、心配する必要はありませんね。
そのように私とニナがお兄さまの話題で盛り上がっていると、他のチームメンバーが加わってきました。
「どうかしたの~?」
のんびりした口調で尋ねてきたのはマリナさん。
彼女は初魔駒のはずですが、いつも通りの自然体です。以前より感じてはいましたが、この子は割と図太い精神をしていますよね。根幹は一般的な平民の感性ですが、所々で遠慮と躊躇がありません。嗚呼、良い意味で、ですよ。
怪訝な表情を浮かべる彼女に、私は答えます。
「お兄さまが席をお外しになられたのですよ」
「あ、本当だー。よく分かったね、カロンさん」
「妹として、当然のことです」
お兄さま限定で、私の探知は高精度の能力を発揮してくれます。まさに、私はお兄さま専用機というわけですね。
何故か、ニナもマリナさんも苦笑いを浮かべていらっしゃいますが、気にしないでおきましょう。お兄さまの偉大さの前では些事です。
「試合直前やっちゅうのに、全然緊張してへんのですね」
「強い精神力がうらやましいです……」
そう愚痴を溢したのはローレルさんとユリィカさんです。彼女たちはガチガチに緊張しているようで、わずかに顔色が悪くなっておられました。
無理もありません。お二人とも、今回が初試合なのですから。学園の試験を除けば、実戦自体も初めてかもしれませんね。
それはマリナさんも同じなのですけれど……まぁ、彼女と比べるのは酷と言うものです。
あまり好調とは言い難い様子でしたので、私は魔法を一つ、二人へおかけすることにしました。
「失礼します」
言葉を添えつつ、ローレルさんとユリィカさん、それぞれの肩に触れました。
それが魔法発動の合図となり、お二人を柔らかな光が包み込みます。
「何や、これ!?」
「え、え??」
突然のことに驚く両名ですが、ご安心ください。すぐに収まりますから。
光は一瞬で消え去り、ローレルさんたちは先程までと変わらぬ姿で立っていました。いえ、少々変化がありますね。顔色がだいぶ快方されたご様子です。
「上手くいったようで良かったです」
私がそう口にすると、ローレルさんが首を傾ぐ。
「なんか気分が軽くなった気がするんやけど、カロラインはんが何かしたんです?」
「精神的疲労を和らげる光魔法を施させていただきました」
「へぇ~。光魔法って、そんなことも出来るんや。ありがとうございます、カロラインはん」
「ありがとうございます! お陰で、試合で全力を尽くせそうです」
ローレルさんは感心しきりに、ユリィカさんは気合十分といった感じでお礼を仰られました。
……些か罪悪感がありますね。
先程の魔法、正確には光魔法ではありません。光魔法も含まれておりますが、精神魔法を軸にした合成魔法なのですよね。
お兄さまほど幅広くは扱えませんが、私も精神魔法の心得が多少はございます。今のような回復系や士気高揚などが主です。
応用は利きませんが、今回みたいに使う場面は多々あるので、それなりに重宝しております。
『魔駒の試合開始まで一分を切りました。プレイヤーの生徒は、最終確認をお願いします』
そうこうしているうちに、会場全体にアナウンスが流れてきました。同時に、私たちの間に、程良い緊張感が漂います。
ニナは言うまでもありませんね。純粋な武力限定なら、いつもの面子の中でも飛び抜けている彼女は、すでに戦闘への切り替えが終わっておりました。
マリナさんも問題なさそうです。この三ヶ月、ずっと頑張って訓練を続けた成果が出ていました。
ローレルさんとユリィカさんもソワソワしてはいますが、ある程度の集中もできています。気負いすぎなければ大丈夫ですね。
お兄さまは……間に合わなさそうです。ゲーム開幕をご覧いただけないのは残念ですが、こればかりは仕方がありません。せめて、私の活躍する場面には駆けつけていただきたいところ。
周囲の状況を確認しながら、私自身も集中力を高めていきます。リズム良く呼吸を繰り返し、内側にわだかまる魔力を洗練させていきます。
『指定の時刻となりました。ゲームを開始します』
再びアナウンスが流れ、その直後にゲームスタートの合図であるブザーが響きました。
クラブの命運が懸かった試合ではありますが、せっかくのゲームです。精いっぱい楽しませていただきましょう!
「カロン!」
ゲーム開始直後、ニナの鋭い声が響きました。
彼女の短いセリフの意図に気づいた私は、すぐさま『シャルウル』をしまい、術式の構築に移行します。
その間、ニナは私の周りに他の面々を寄せ集めました。
「もっと身を寄せてください。今のままだと、全員を守れませんッ」
私は必死に声を上げました。
『茶魔法師』は防御魔法こそ使えますが、元は近接戦闘を主体とする盾役。魔法の効果範囲は広くありません。普段なら半径三メートル程度は余裕で包めますが、今は役職の制約のせいで無理でした。
「もっと寄って。早く!」
「な、何なん!?」
「ギュウギュウですぅ」
「あっ、何か来るよー」
ニナが皆さんを私の方に押し込み、現状を把握できていないローレルさんとユリィカさんが困惑の声を上げます。
最後、『赤魔法師』のマリナさんが、ニナの察知していたモノを捉えたようでした。
「【ライトコクーン】!」
魔法を安定させるため、あえて詠唱して発動しました。
光のベールが私たち全員を包み込み、外界より遮断しました。
その直後です。ドドドドドドドドとベール越しに轟音が響きます。
ギリギリ間に合いましたね。
私が心の裡で安堵していると、ローレルさんが声を上げます。
「な、何なんや、この音は!?」
「敵の攻撃」
それに淡々と答えたのはニナでした。
「『赤魔法師』による開幕の掃射。おそらく、上級水魔法の『ハイドロレイン』」
「開幕掃射!? そんなのアリなん!?」
「アリかナシかで言うならアリ」
今回はベーシックルール。これといった禁止要素のない、相手が全滅するまで行うゲームです。開幕と同時に魔法攻撃をしてはいけないルールは存在しません。
とはいえ、そう簡単なことではありません。
魔駒の基本ルールとして、ゲーム開始前に魔法発動を待機させることや強化を施しておくことは禁止されています。つまり、ゲームスタートと同時に上級魔法を唱えなくてはいけないのです。要求される技量が途方もなく高いため、そうそう使われる手ではないはずでした。
おそらく、『青魔法師』に加え、多少は魔法を使える『緑魔法師』も協力して、『赤魔法師』を強化したのでしょう。
しかし、間一髪でした。魔法に頼らない探知を使うニナがいなければ、今の攻撃で何人か脱落していたかもしれません。私は『茶魔法師』の制約で、ほとんど探知が機能しておりませんでしたから。
向こうも、かなり本気のようです。気を引き締め直さないといけませんね。
相手の攻撃が途絶えたのを察知し、私はすぐに【ライトコクーン】を解除しました。
外の光景は様変わりしていました。周囲一帯が水浸しになっており、生い茂っていた木々も薙ぎ倒され、ほぼ更地と化しています。
「移動しますよ」
「外から丸見えはマズイ」
私とニナが指示を出し、全員で移動を開始します。
幸い、二度目の遠距離攻撃はありませんでした。さすがに、連発できるほどの技量は有していなかった模様です。それができたら、国内の五指に入る実力になってしまいますから、当然ですけれども。
遮蔽物の多い森に入って幾分か。ようやく私たちは足を止めました。これくらい動けば、相手も居場所の特定は難しいでしょう。
腰を落ち着けたお陰で状況を把握したのか、ローレルさんが慌てた様子で口を開きました。
「これ、マズイんちゃうですか!? 早うこっちからも攻めんと、動けなくなっちゃいますよ」
彼女の言は正しい。いくら連発は無理でも、時間を置けば先程の遠距離掃射はできるでしょう。こちらがノンビリすればするほど、追い詰められてしまうわけです。
ただ、だからといって、焦って攻め込むのも愚行。
「当初の予定通りにいきましょう」
「うん。それが確実」
私の意見に、ニナも頷いてくださいました。
逆に、ローレルさんやユリィカさんからは疑問の声が上がります。
「予定通りって、大丈夫なんです? ジリ貧になる未来しか見えへんのですけど」
「ユリィも、攻めあぐねるような気がします」
お二人の意見も間違ってはいません。
私らの当初考えていた作戦は、ユリィカとニナを遊撃で単独行動させ、残る三人が正面衝突というものでした。私の防御力を活かした戦法ですね。
これの大きなデメリットは、移動制限の強い役職が三人まとまるせいで、私たちが完全に的と化してしまう点です。今回の相手の戦術を考慮すると、何度も遠距離掃射を許してしまうでしょう。
ですが、私もニナも百も承知。
「作戦を変えようが変えまいが、私たち後衛の移動制限は同じです。どちらにしても、何度か攻撃を受けるしかありません」
「それなら、思い切って遠距離攻撃を無視して、予定通りに動いた方がいい。アタシやカロンはともかく、あなたたちはアドリブできるほど慣れてない」
「うっ、そりゃそうやけど」
「あの攻撃を、何度も受けられるんですか?」
なおも不安そうなお二人に、私は胸を叩いて断言しました。
「後衛のお二人は私がお守りします。大船に乗ったつもりで任せてください!」
かつての失敗を省みて努力を重ねたお陰で、防御に関しては結構自信があるのです。たとえ役職の制約があっても、あの程度の攻撃なら防ぎ切れるでしょう。
こちらの揺るぎない自信が伝わったのか、お二人は最終的に作戦実行を認めてくださいました。まだ、わずかな不安が残っているようでしたけれど、それは本番で払拭するしかありません。
「勝手に進めてしまいましたが、マリナさんは大丈夫でしょうか?」
ずっと沈黙していたマリナさんへ話を振ると、彼女はにこやかに答えられました。
「わたしはカロンちゃんを信じてるから~」
な、なんという純粋な笑顔。私などよりも、よっぽど『聖女』の二つ名が相応しいと思える輝かしさが、そこにはありました。
この期待には、絶対応えなくてはいけませんね!
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




