Chapter1-3 養子(5)
夕餉後のオレの自室。寝起きにしか使わない部屋なので、ベッドや机、本棚くらいしか物は置かれていないんだが、今ばかりはお茶用のテーブルと椅子が用意されていた。
些か派手すぎるテーブルなので、シンプルな部屋とミスマッチ。かなり浮いていた。
そんな違和感のすごいテーブルにつくのはオレとカロン。メイドも一人くらい控えているのが通常だが、今回ばかりは部屋の外に出て行ってもらっていた。
一、二回ほどお茶に口をつけたところで、オレは魔力で自室を覆う。魔力消費は激しいが、こうすることで情報が外部へ漏れるのを遮断できる。妹と完全な二人きりを作り出せた。
カロンには魔力の視認方法を教えているので、オレが結界を張ったのは把握しただろう。彼女は目を見開いた。その後、キョロキョロと周囲を見渡している。おそらくは【熱源探知】辺りの魔法を使って、室内に誰かが潜んでいないか探しているんだと思う。
しばらくして、カロンはおずおずと尋ねてきた。
「本日は……オルカは、一緒ではないのですか?」
「違うよ。今日は、オレとカロンだけだ」
想定していた質問だったため、即答で返す。
やはりカロンは、オルカが現れるのを警戒していたらしい。そんな固着観念に捕らわれるほど、彼女との時間を作れていなかったようだ。妹を守ると誓っておいて、この体たらく。自分が情けなくなる。
「まず謝る。ここ最近、カロンと一緒にすごす時間を作れなくて申しわけなかった」
オレは頭を下げた。これだけで済ませるつもりはないが、誠意を見せるのは大事だ。
すると、どこか意気消沈していたカロンは、途端に慌てた様子へ変わった。
「あ、頭を上げてください、お兄さま。お兄さまが謝罪する必要はございません。全部、私が悪いんです。私が変に意地を張ってしまったのが悪いんです」
まぁ、カロンなら否定するだろうな。この展開は予測できていた。
だからといって、「はいそうですか」と認めるわけではない。オレは首を横に振る。
「いいや、悪いのはオレの方だよ。一つの目的に捕らわれすぎて、カロンの気持ちを蔑ろにしてた。最愛の妹が寂しい思いをしてたのに、それを気に留めてなかった。これじゃ、兄失格と言われても仕方ない」
「お兄さまは失格ではありません。れっきとした私のお兄さまです!」
強い否定の言葉がカロンから発せられる。それだけ彼女に想われていることを嬉しく感じる反面、その想いを裏切るような行動を取ってしまったことが、とても不甲斐なかった。
「そう言ってくれるのは嬉しい。でも、やっぱり謝らせてくれ。すまなかった」
「わ、分かりました。謝罪は受け取りますので、もう頭を上げてください! 私は、いつものお兄さまの方が好きです」
「ありがとう、カロン」
再び謝るオレに、カロンは右往左往しながら告げた。
一応、これで形だけは丸く収まった感じかな。事態の解決には、まだ一歩踏み込まなくてはいけないけど。
一拍置いてから、オレは話を進める。
「謝って早々で悪いんだけど、カロンの気持ちを教えてくれないか? キミが何を不満に思ってたのか、どうしたいのかを色々知りたいんだ。虫のいい話かもしれないけど、どうか頼む」
カロンの目を真っすぐ見つめた。
彼女もこちらをジッと見ており、揺れる紅の――炎のような瞳にオレの顔が映っている。
幾許かして。見つめ合うことに照れたのか、頬を朱色に染めて若干目を逸らしたカロンは、そっと息を吐いた。
「虫のいいなんてことはありません。何度も申し上げていますが、これは私が意地を張ってしまったのが原因です。ただ……それでも、私のワガママを口にしても宜しいのでしたら、今からお話いたします」
「ぜひ頼む」
「……分かりました」
やや躊躇いを見せながらも、カロンは語りだした。
「正直言えば、自分でも、この気持ちを言葉で表すのは難しいです。ゴチャゴチャしていて、モヤモヤして……。とにかく、不快なのは確かでした」
胸元に手を当て、考え込むように眉をひそめるカロン。
「無理やり言い表すなら、嫉妬なのかもしれません」
「それは、オルカがフォラナーダ家に入ることへ、か?」
オレが相槌の代わりに問いかけると、彼女は首を傾いだ。
「どうなんでしょうか? 微妙に違うような気もします。彼が我が家の一員になることは、特段文句はありません。お兄さまやお父さまの部下の方々がお決めになったことですから」
そうだったのか。てっきり、部外者だったオルカが身内になるのを嫌がっていると考えていた。
表情に焦りはないし、声も平坦、言葉遣いもハッキリしている。今の内容に、嘘はないんだろう。
となると、カロンはオルカのどこに嫉妬を感じているのか。
その疑問は、次の彼女のセリフで解消される。
「ただ……」
カロンは躊躇いがちに一旦口を止め、オレの様子をチラリと窺ってから、話を再開した。
「お兄さまのお気持ちが彼に向くのだけは嫌でした。彼のことばかり心配するのが、とてもとても不快でした。そのうち、私のお兄さまが彼のモノになってしまうのではないかと、不安で不安で仕方ありませんでした。そういった気持ちが混ざって、オルカに理不尽な怒りを覚えてしまったのだと思います」
あくまで冷静に語るカロンだったが、言葉の節々に不安定な感情が見え隠れしていた。
なるほど。結局は、オレの立ち回りが悪かったということか。もっと、しっかりカロンを確認していれば、今回の事態は回避できたはず。
オルカを爪弾きにしないよう根回ししすぎて、本末転倒に陥っていた。目的と手段が逆転してしまっていたんだ。
何やってんだか。自分の失態に、呆れてものが言えない。オレの最優先はカロンであって、その他は些事にすぎないというのに。
オレは心の裡で溜息を吐きながら、席から立ち上がった。
カロンは不思議そうにこちらを見ているが、構わず動き出す。カロンの目の前に移動して、それから彼女を優しく抱き締めた。
「えっ、お兄さま!?」
吃驚の声が聞こえてくるけど、抱擁を拒絶する仕草はない。むしろ、向こうも背中に腕を回してきている。オレよりも力強く。
「そんな心配をさせてすまなかった」
オレは彼女の耳元で囁く。
対し、カロンもオレの耳元で囁き返す。
「もう謝らないでください」
「そういうわけにはいかない。オレのせいで、カロンに無用な心配をさせてしまったんだ」
「それでも、です。お兄さまに頭を下げられると、私が落ち着かなくなってしまいます」
「むぅ。それなら、これ以上は止しておこう」
「はい、よろしくお願いします」
オレが唇を尖らせ、カロンがたしなめる。いつもとは逆転した立場に、オレたちは揃って笑声を溢した。コロコロと軽やかな妹の声が耳に伝わり、穏やかな気持ちになる。
「オレの中の一番はカロンだ。これから先、貴族として、人として、色々なしがらみが増えるだろうけど、それだけは絶対に揺るがない。覚えておいてくれ」
今回の件もそうだったが、いつまでもカロンばかり見てはいられない。人間として、周囲の者たちと関わらなくてはいけないし、貴族の関係も大事にしなくてはならない。
必ず、カロンは再び嫉妬する時が来る。それでも覚えていてほしいんだ、オレが一番大事にしているのは、唯一の妹であるカロンだと。
「分かりました、お兄さま」
オレの真剣な声を聞き、カロンは粛々と頷いてくれる。
それから、いたずらっぽく笑って言った。
「もし、私がまたヤキモチを妬いた際は、こうして抱き締めてくださいね」
やはり、我が妹の笑顔が世界最強ではないだろうか。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。