Chapter5-2 クラブ活動(5)
翌日の放課後。
昨日は『チェスクラブ』でクラブ見学を切り上げていた。二つのクラブ見学で、思った以上に時間を消費してしまったためである。
「それで、今日は誰の提案するところから回るんだ?」
残るはカロン、ニナ、ミネルヴァの三人だったはず。
オレのセリフに、何故か三人は顔を見合わせた。
それから、カロンが苦笑いを浮かべながら返す。
「実は、三人とも同じクラブを推薦したのですよ」
どうやら、候補がかぶってしまったらしい。
でも、それくらいなら問題ない。所詮はクラブ見学なんだし。
「じゃあ、そこへ行こう。どのクラブなんだ?」
「『魔駒クラブ』です、お兄さま」
「魔駒って、あの?」
「はい、あの魔駒です」
カロンの肯定を受け、オレは少し呆れてしまった。
魔駒とは、魔法戦闘を一種の競技化した遊戯である。定められた範囲内を舞台として、あらかじめ決めた役割に沿ってチーム戦を行う。たとえるなら、駒をヒトに置き換えたボードゲームみたいなものだ。ゆえに魔駒を呼ぶ。
実のところ、このゲームの製作者はオレとノマなんだ。
勇者のように、前世の遊戯をこの世界で広めるのも良かったが、それでは芸がないと考えた。せっかくだから、この世界ならではの魔法を用いたゲームの開発に着手したわけだ。
結果、魔電の時と同じく、凝りに凝った代物を作ってしまったんだよなぁ。精神魔法や土精霊魔法がなければ再現不可能だし、解析できないよう隠蔽もしたけど、魔駒の道具の中身はオーバーテクノロジーの宝庫だったりする。
まぁ、それくらい凝った甲斐あって、フォラナーダ城内で大流行した。カロンたちはもちろん、部下たちも休暇には魔駒で遊んでいるよ。もう四、五年は経つというのに、未だに人気は衰えていない。
だから、呆れた。フォラナーダでも散々遊んでいるのに、学園でも魔駒をやるのかと。
ちなみに、どうして学園で魔駒が出来るのかと言えば、道具一式を販売しているからだ。
確か、ウィームレイに魔駒の話を漏らしたら、ぜひ売ってほしいと懇願されたんだっけ。無論、情報流出や盗用の対策は万全だ。現状、そういった事件は未然に防いでいる。
閑話休題。
オレの反応を受けて、『魔駒クラブ』を推薦した三人は、バツの悪い表情を浮かべる。
「せ、せっかく外部の方と遊べる機会ですから」
「身内ばかりだと飽きる」
「あ、新たな風は必要よねッ」
「まぁ、キミたちが満足ならいいんだけどさ」
フォラナーダだと今いるメンバーで戦うか、部下たち相手のハンデ戦くらいになってしまう。カロンたちの言い分も納得できた。
ふと、オレは疑問を浮かべる。
「そもそも、学園での競技人口って、どれくらいなんだ? 追加発注や修繕依頼は度々あったし、結構流行ってるのは分かるんだけど」
その問いには、シオンが答える。
「生徒のみならず、教師にも大人気ゲームのようですよ。現在、剣術クラブに迫る勢いでクラブ数を伸ばしているとか」
「マジで!?」
オレは瞠目した。
騎士への就職を有利とする『剣術クラブ』はともかく、ただのゲームクラブが同レベルまで規模を広げるとか、誰が想像できただろうか。自作なら尚更だろう。
割と単純なゲームなんだけどなぁ。飽きが来ないよう、何個か特殊ルールも用意したけどさ。
思いのほか、この世界のヒトたちは娯楽に飢えているのかもしれないな。そのうち、魔駒のプロリーグが作られたりして。
「それくらい人気なら、学園独自の戦術が生まれているかもしれないじゃない。だから、相手してみたいのよ」
ワクワクした様子で言ったのはミネルヴァだった。
そう言われると、共感できてしまうな。自分の作ったゲームで、どういったタクティクスが生まれているのか、興味がないと言えば嘘になる。
オレは肩を竦めた。
「分かった。行こう」
こちらの返事を聞いた他のメンバーは、たいそう嬉しそうな表情を浮かべた。そんなに行きたかったのか。
学園の敷地は広大だとは思っていたが、何と魔駒専用のスタジアムが用意されていた。
「ロングゲーム対応かよ」
ステージを見たオレは呆れてしまった。
ゲーム舞台はとても広大だった。山が二つあり、森や川、草原なども再現されている。まさに、縮小版の大自然だった。前述した通り、サバイバル力を試されるロングゲームも実行可能だろう。
しかも、シチュエーションの違う同規模のステージが、他にも存在するという。開いた口がふさがらなかった。
ゲーム自体はショートゲームで十分楽しめるはずなので、プレイヤーたちはよほど熱中しているんだと窺える。
さて、オレたちが訪れたのは、現在トップを張るクラブチームである。人気ゲームとあって集客率は半端ではなく、その数は今日だけでも数千もいそうだった。
さすがに、この人数は捌けないとのことで、参加者の選別が行われた。成績上位の生徒や貴族が優先され、下位の生徒たちは切り捨てられていく。
こればかりは仕方ない。魔駒は能力の上限設定はできても、底上げは不可能。どうしても素の実力を求められる競技なんだ。
オレたちは問題なく通過した。マリナだけは弾かれそうになったけど、伯爵の連れとあって例外扱いになった。
おおよそ百近くまで絞られたか。いくらかマシになった混雑を前に、一人の生徒が躍り出る。三年次の男子生徒のようだった。
「私はジェット・シストナル・ユ・ガ・サン・ウォーロイル。ウォーロイル伯爵分家の長男であり、このトップクラブの部長だ。つまり、魔駒を嗜む者の中で一番強いわけだ。フッ」
ジェットと名乗った男は、キザったらしく前髪を掻き上げた。
うわぁ、ずいぶんとキャラの濃い奴が出てきたな。
「選抜に残った優秀な諸君を、我々『魔駒トップクラブ』は歓迎するよ。ぜひとも、この私を目標にし、切磋琢磨したまえ!」
フハハハハハという彼の哄笑が辺りに響く。
演説に耳を傾けていた見学の生徒たちは、オレたちも含めて呆気に取られていた。
ふと、カロンが呟く。
「お兄さま。私、あの方が嫌いです」
「嗚呼、うん。だろうね」
彼女がストレートに他人を嫌うのは珍しいけど、オレは得心した。
ジェットはナルシストに分類される輩だ。嫌っていた両親が同じタイプであるために、ジェットを見ていると彼らを彷彿とさせてしまうんだろう。
「体験入部ってだけなんだから、少し落ち着け」
「はい……」
やや荒ぶるカロンの背中を撫で、気を鎮めるよう諭す。
彼女は小さく息を吐き、その胸中に溜めていた熱を冷ましていった。
すると、オレたちのやり取りを眺めていたミネルヴァが口を開く。
「でも、あのナルシストの言も間違っちゃいないわね。トップクラブのリーダーを務めてるのは事実よ」
「そうだね。少なくとも、学園内では強い方だと思うよ」
彼女の意見に、オルカも首肯した。
うん、その点はオレも同意だ。
「確かに、口だけってわけではなさそうだな」
見た感じ、他の学園生に比べたら圧倒的に強い。今まで出会った生徒の中で比肩できるのは、アリアノートの護衛を務めるルイーズくらいか。
あれだけ大口を叩くのも無理はなかった。オレたちの両親とは違って、彼は実力も伴ったタイプのナルシストの模様。
そんな雑談をしている間にジェットの演説は終わり、見学者のスケジュールが発表される。
「何事も実際に体験してみるのが一番だ! というわけで、新入生同士で魔駒をやってもらうぞッ」
何と、いきなりゲームを行わせるらしい。正気か?
「ルールはベーシックのショートゲームだ。五人一組で戦ってもらうぞ」
どうやら本気のようだ。ジェットの発言の直後から、他の部員たちが誘導して、新入生たちにチームを組ませている。
ベーシックルールってことは、相手が全滅するまで戦うオーソドックスな奴か。メンバーもフル投入と。初心者には分かりやすいルールではあるな。
ちょうど五人いるし、カロンたちに問題はないだろう。
「じゃあ、オレとシオンは観戦席に移動するよ。みんな、がんばれよ」
「えっ、お兄さまは参戦しないのですか!?」
そう彼女たちへ声を掛けたところ、カロンが驚きの声を上げた。
オレは呆れ混じりに答える。
「当然だろう。人数が足りないならまだしも、オレが出たらバランス崩壊もいいところだ」
カロン、オルカ、ニナ、ミネルヴァ、マリナと五人そろっている。オレがわざわざ出張る理由はない。
「むぅ」
正論を突きつけられたカロンは、それ以上の言葉を紡げない。オレが出場することで、他のヒトたちが楽しめなくなる可能性を考えたんだと思う。他人の立場を想定できる優しい子に育ってくれて、お兄ちゃんは嬉しいよ。
オレとカロンのやり取りを受け、オルカとミネルヴァ、ニナが意見を交わし合う。
「となると、ボクたちも配役を考えないといけないよね」
「そうね。いくら能力上限が設定されても、専門職で出たら圧勝してしまうわ」
「ハンデもつけにくい」
「『ボクたちは強いので、ハンデをつけてください』なんて言えないもんねぇ」
フォラナーダで何度も対戦している彼女らは、慣れた手際で話し合いを進めていった。途中からカロンも加わり、トントン拍子に決まっていく。
ただ、一人だけ置いてけぼりを食らっている人物がいた。
それはマリナである。彼女は未だ魔駒の経験がなかった。
「あの~……わたしは初心者だから、配慮してくれると助かるなぁ。最低限のルールしか知らないから」
恐る恐るといった様子で、彼女は熱狂する討論の中に口を挟んだ。
対して、カロンたちはサムズアップで返す。
「大丈夫ですよ、マリナさん。あなたが十全に力を発揮できるよう、作戦を立てます!」
「ハンデのない魔法職がいいよね」
「複雑な作戦の必要ない役職がベスト」
「移動の少ない方が良いかしら。紫か赤が適当ね」
「思わぬ方向に配慮されてる気がするぅ」
四人のセリフに不穏なものを感じたのか、マリナがこちらへ助けを乞う視線を向けてきた。
そんな彼女に、オレは満面の笑顔を見せる。
「がんばれ!」
「王子さまぁ」
こうして、マリナは魔駒オタクたちの犠牲になるのだった。
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