Chapter5-1 諜報員(1)
本日よりChapter5の開幕です。よろしくお願いします。
六月半ば。
聖王国の季節感は前世の日本に近い。多少『涼しいかな?』と思える程度の差だ。よって、この時期は、暑さと湿気が鬱陶しくなるんだ。
とはいえ、冷風を送る魔道具や除湿の魔道具は広く普及しているため、そう悲観するほどでもない。水魔法師や風魔法師さまさまだった。こういった魔法はオレに扱えないので、少しうらやましい。まぁ、『隣の芝生は青く見える』ってやつか。
入学したばかりの頃はゴタゴタしていた学園生活だけど、二ヵ月以上も経過した今は落ち着いている。例の獣人誘拐事件を解決して以降は、特筆すべき問題は起きていなかった。
嬉しい限りである。オレの目的は、二年後に訪れるだろう最愛の妹カロンの死を回避させること。平穏な日々が続けば、その準備に費やせる時間が増えるんだ。
また、愛する家族たちとの日常を楽しめるのも良い。気を抜くわけではないけど、三年しかない学園生活を、家族たちと目いっぱい享受したい。
今日もいつも通り学園を終え、迎えの馬車に乗って王都の別邸へ帰っていた。
『女三人寄れば姦しい』なんてコトワザがあるが、車内には六人……違う違う、五人も女性がいる。淑女たれと教育される貴族令嬢が多くとも、限られた空間というシチュエーションも相まって、かなりにぎやかな様相を呈していた。
「ミネルヴァさん、勉強教えてぇ。この科目のココが、全然分からない~」
涙混じりに声を上げるのはマリナだ。今いる面子の中で、もっとも貴族社会より縁遠かった平民の女性で、本来なら勇者の攻略対象になるはずだった人物。それが紆余曲折経て、オレに全幅の信頼と好意を寄せている。
彼女は、オレ監修の勉強会を受けて間もないので、最先端を行く学園の授業にまだまだ追いつけていないらしい。淡い青紫色の瞳を潤ませ、隣の少女に抱き着いていた。
そういった行動を取ると、彼女の豊かな体の一部がすごい状況に陥るんだけど……目を逸らしておこう。凝視なんかしたら、絶対に他のメンバーに指摘される。
マリナに抱き着かれている少女はミネルヴァと言い、オレの婚約者である。ツインテールに結んだ黒髪に小さい体躯と、とても可愛らしい容姿を持った子だ。髪の色で分かるように、素晴らしい魔法の才能を有していて、その他の能力も高い。しかも、公爵令嬢という立場でもあるんだから、まさに非の打ちどころがない女性だ。
ただ、まったく欠点が存在しないわけではない。彼女は極度の照屋さんなので、たいていの発言は強がりな感じになってしまう。いわゆるツンデレだった。そこも可愛いとは思うんだけどね。
「シオン姉。例の資料の作成なんだけど、ここをこうした方が良くない?」
「いえ。ここはコチラの要因がネックとなっていまして」
「嗚呼、なるほど。じゃあ、こうするのは――」
「そう動かすのでしたら、あちらは――」
一方、ミネルヴァたちと距離を置いて、何やら難しい話を繰り広げているのは、オルカとシオンだった。
オルカはオレの義弟で、狐の獣人の男の子である。スカートを履いている上に、めちゃくちゃ女の子みたいな見た目をしているけど、男の子なのである。彼の容姿について考えると底なし沼にハマりそうなので、深く思考はしない。
怜悧そうな黄緑色の瞳に違わず、オルカの頭は良い。年齢が一桁の時点で伯爵領の内政に関わっており、その辺の官僚よりもベテランだろう。今も、割り振っていた仕事の話を進めていた。
彼と対等に話せているのが使用人のシオンだ。メイド服のヨレはまったくなく、青紫の髪をキッチリとシニョンにまとめていることから、真面目な性格が窺える。事実、彼女は生真面目な性格で、すべての物事を高水準でこなせる才女だった。オレの秘書的な役割も担ってくれている。
とはいえ、完全無比ではなかったりする。シオンはかなりのドジっ子で、思わぬミスをしたり、何もないところで転んだりするんだ。そのギャップは、大変愛らしいと思うよ。
ちなみに、彼女の正体はエルフだ。聖王国では忌み嫌われる種族なんだけど、色々と事情があり、姿を秘して生活している。まぁ、フォラナーダ城の面々の大半は知っているけれどね。
そして最後の二人は――
「どうかいたしましたか、お兄さま?」
「どうしたの、ゼクス?」
オレの両サイドを挟むグラマラスな女性たちが、こちらの視線に気づいて首を傾いだ。
金髪をポニーテールに結わえた紅目の女性こそ、オレの最愛の妹であるカロラインである。原作ゲームではどう足掻いても死んでしまう、死の運命の囚人だ。
他人のことを言える立場ではないけど、彼女はかなりのブラコン。今も、その豊満な胸をオレへ押しつけている。どう見ても、妹の取る行動ではなかった。
そして、反対側を陣取る子も、同様のことをしているから、割と理性がピンチなんだよな。
狼獣人のニナは、オレの弟子だ。原作ではゲーム開始前後くらいに死ぬキャラだったが、オレの介入によって生き延びた。つまりは、死の運命の脱却を証明した生き証人である。
表情に乏しい子ではあるけど、茶の瞳に宿した熱量は高い。一ヶ月前の逆プロポーズ以来、ニナのスキンシップは過激だ。誰が見ても、オレに好意があると気づくレベルである。
そのせいで色々と恨みは買っているが……諦めるしかない。返事こそ保留しているけど、オレは彼女を受け入れると決めているんだから。
「いや、何でもないよ」
怪訝そうな二人へ、笑顔で返答するオレ。
然して気にしたわけではなかったようで、彼女たちはすぐに雑談へ戻っていった。
こんな感じの、いつものメンバー。転生当初はカロンと二人きりだった世界も、大きく広がったものだ。
全員がオレにとっての大事な家族。誰が相手でも、この幸せを崩させはしない。
○●○●○●○●
別邸へ帰宅し、私室で着替えを済ませた直後に、その知らせはもたらされた。
「所属不明のエルフが王都に入ってきただって? 間違いないのか」
「はい、ほぼ確定です。王宮の諜報部隊が街中へ出撃した報告はなく、件のエルフたちの行動は、土地勘のない者たちのそれだと報告されております」
こちらの念押しに、報告を上げてきたシオンがしかと頷く。
優秀な彼らが断言するのであれば、間違いないだろう。我がフォラナーダの暗部を欺ける輩がいるとしたら、それは魔女等の人類の枠組みより外れた連中。どちらにしても、警戒すべき相手だった。
「現状の動きは?」
十中八九、森国のエルフたちだ。犬猿の仲である聖王国に訪れてまで何を仕出かす気なのか、注意が必要だった。この件は、慎重を期して判断を下すべきだろう。
シオンは語る。
「偵察以上の動きは見せておりません。街を散策し、地理の把握に努めているようです」
「ふむ……」
目的が分からない以上、泳がせておくべきか。そう考えたオレだったが、不意にシオンが口を開いた。
「僭越ながら、愚見を申し上げても宜しいでしょうか」
「どうした?」
おそらく、泳がせる方向で思考を回していると察しての発言だ。であれば、出てくるのは反対意見と推察できる。
「エルフたちは、すぐに捕縛した方が最善だと愚考いたします」
やはり。
オレは再び問う。
「その真意は? 泳がせた場合のデメリットが大きいと踏んだから、その提案をしてきたんだろう?」
諜報部隊なら、エルフたちに悟られず、監視を続けることも容易のはずだ。それを知らないシオンではない。だから、彼らの実力を踏まえた上で、様子見が最善策ではないと判断したんだ。
シオンは語る。
「森国所属のエルフともなれば、賊の中に精霊魔法師がいるでしょう。我々はノマ殿よりご教授たまわっておりますが、それでも土属性のみ。他属性の精霊魔法を行使された場合、フォラナーダ領ならいざ知らず、王都では後手を取る可能性がございます。未知の術で裏をかかれ、情報を持ち出されてしまうのはリスクが高いかと」
「なるほど、精霊か」
森国なんて相手にすることはないから、すっかり失念していた。
人間種で一番魔力に秀でているエルフは、精霊と契約する者が多い。当然ながら、かの国の主戦力はその精霊魔法師だ。シオンの言う通り、此度の潜入者にも含まれているに違いなかった。
ノマの扱う術から分かるように、精霊魔法はヒトの魔法以上に応用が利く。オレとノマのコンビほどではないにしても、知識外の術によって隙を突かれる可能性は否めなかった。
情報なら尋問でも奪取できる。他国の間者なら遠慮する必要もないし、リスクヘッジを図って動くとしよう。
「分かった。即座に捕縛しよう」
「承知いたしました。諜報部隊にも、そのように通達いたします」
「いや、その必要はない」
シオンが伝達へ赴こうとしたところを、オレは止める。
「……まさか」
それを受け、彼女はこちらの思惑を悟ったようだった。さすがはオレの秘書。以心伝心だな。
「エルフたちは、オレが全員捕まえる」
諜報員たちでは裏をかかれる可能性があるなら、圧倒的武力を有するオレが制圧すれば良い。今後のために対精霊魔法師のサンプルも欲しいし、一石二鳥だ。
さーて、本場の精霊魔法師たちがどんな戦術を用いるのか、とても楽しみだよ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




