Interlude-Nina 将来の夢
「ニナは、夢を持っていますか?」
「夢?」
「はい、将来の夢です」
学園への入学を目前にした、とある日の午後。アタシ――ニナはカロンと共にお茶会を開いていた。たまにはのんびり友好を深めましょうと乞われれば、アタシに断る選択肢はない。
先の問いかけは、そんな穏やかな雰囲気の中で投じられたものだった。
「うーん」
カロンは何気ない質問のつもりだったんだろう。しかし、アタシにとっては答えに窮する内容だった。何せ、命を狙われている最中で、死ぬ運命に捕らわれている身。未来を空想する暇なんてなかった。今はただ、運命を乗り越えるための力を鍛えることしか考えられなかったんだ。
アタシの反応を見て、カロンは不思議そうに首を傾ぐ。
「そこまで難しい質問でしたか?」
「目の前の問題を片づけるのに精いっぱいで、将来のことなんて考えてられない」
ド直球に『死ぬかもしれないから』とは言えないので、だいぶマイルドに返した。
それでも、カロンは何となく事情を察してくれたようで、神妙な様子で頷く。
「なるほど。では、せっかくですから、今の時間を使って考えてみましょうか」
「へ?」
思わぬ提案に、アタシは目を丸くした。
確かに、このお茶会の時間を使うなら、大雑把な将来設計図を考案できるだろうけど、唐突すぎやしないだろうか。
カロンはコロコロと笑う。
「驚きすぎですよ、ニナ」
「だって、いきなりすぎる」
「いきなりの方が、良い将来図が浮かぶかもしれません」
「雑じゃない?」
「雑なくらいが、ちょうど良いと思いますよ。肩に力を入れすぎてしまう方が、失敗を招きやすいです」
「むぅ」
一理ある……のか?
まぁ、このお茶会の主催はカロンだし、彼女がアタシの夢を一緒に考えたいというのなら、これといって否定する気はない。アタシ自身にも嫌がる理由はない。
「わかった、好きにして」
「はい、好きにさせていただきます」
そう言って、カロンは再び笑声を漏らした。心より楽しそうな笑顔を浮かべている。
アタシの夢を考えることが、そこまで面白いんだろうか。
若干、釈然としない気分を抱えつつも、アタシたちは議論を始める。
「まず、どの程度の未来を想定するか、決めましょうか」
「どの程度とは?」
「すぐに達成できる夢にするか、時間をかけて達成できる夢にするか。難易度を決めるのです。最初にそこを決めておかないと、詳細を詰められませんからね」
「なるほど」
マラソンをする際、ゴールを定めておかないとペース配分ができない。それと似ているのかな。
直近で達成できる夢はナシだ。死の運命を脱却するタイミングと重なる可能性がある。それなら、『目前の問題を解決した後に何をするか』を決めた方が、有意義だろう。
「時間をかける方で」
「大きな夢を掲げるのですね。とてもステキだと思います。次は、方向性を決めましょうか」
「たとえば?」
「そうですねぇ……。次期当主の方なら領地の発展を夢とするでしょうし、騎士の方なら近衛騎士団長を目指すでしょう。魔法師であれば、宮廷魔法師主席を狙うかもしれません」
「どれも、アタシ向きじゃない」
「でしょうね。もっと、ニナの趣味に沿った目標を立てたいところです」
「趣味……」
アタシの趣味と言えば読書か。でも、最近は冒険者の依頼や修行ばかりで、そちらの趣味は全然手を付けていない。あの地獄を経験しながら、趣味に興じる余裕なんて持てなかったからなぁ。
「ニナ、戻ってきてください」
アタシが遠い目をしていると、カロンが肩を揺すってきた。
おおっと。どうやら下積み時代の過酷さを思い出したせいで、些か放心してしまったらしい。割とトラウマの領域かもしれない。
頭を振って、思考を切り替える。
「アタシの趣味は読書くらい」
「それなら、作家を目指してみては?」
「うーん。しっくりこない」
アタシは読むのが好きなのであって、執筆活動に興味があるわけではないから。
カロンは口元に指を当てて悩んだ後、一つ尋ねてきた。
「ニナは、読書のどこに楽しさを見出しているのでしょう? そこがヒントになるかもしれません」
「どこが楽しいか、かぁ」
本を読み始めたキッカケは、アタシが軟禁されていることにあった。外の世界をまったく見られないから、代わりに本の世界を楽しむようになったんだ。本を開くだけで新しい世界が見られる、経験できる。だから、本を読むのが好きだった。
その辺りを語ると、カロンは何故か優しげな視線を向けてきた。
「ニナが読書をしなくなったのは、忙しさのみが理由ではないようですね」
「どういうこと?」
「今のあなたは、まさしく世界に飛び出しているではありませんか。だから、仮初の世界を体験する必要がなくなったのだと思いますよ」
「嗚呼」
カロンの意見は、アタシを納得させた。
彼女の言う通り、アタシは昔のように閉じ込められていない。冒険者として、色々な場所へ自らの足で赴けるようになった。そう考えると、本に頼る必要性が薄くなったというのも理解できる。
「でも、それだと夢が見つからない」
趣味を利用できないのでは、話の大元である将来の夢を見つけられない。振り出しに戻ってしまった。
すると、カロンは意味深な笑みを浮かべる。
「そうでもないと、私は思いますよ」
「どういうこと?」
「ニナの好きな小説のジャンルはなんでしょうか」
「えっ、もしかして」
「そう、ロマンス小説です! つまり、恋愛方面で攻めていきましょう!」
「やっぱり」
アタシは頬を引きつらせた。何故なら、カロンがギラギラとした瞳でアタシを見ていたから。
見覚えのある目だった。餌を前にした肉食動物の雰囲気とよく似ている。
アタシの直感は正しかった。その後のカロンは、怒涛の勢いで質問攻めをしてきた。他人の恋愛模様に興味津々といった様子で、すべてが終わる頃にはアタシはクタクタ。
最終的に、
「ニナの将来の夢は『お嫁さん』ですね! えぇ、とっても可愛らしくてステキだと思いますッ」
といった感じにまとまった。
アタシがお嫁さんになる姿なんて、上手く想像ができなかった。
とはいえ、議論した結果ゆえに、的外れな夢でもない。今まで縁遠かっただけで、一定の憧れは持っていた。
足りない想像力で純白のドレスを着た自分を思い浮かべる。その時、隣にいるだろう新郎は――
「なんでゼクス?」
何故か、兄と慕うゼクスの顔が当てはまった。
この時のアタシには意味が分からなかったけど……その答えは、二ヵ月もしないうちに明らかになるのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。