Chapter4-5 中間試験(2)
週明けより、学園の中間試験が始まった。
この試験は成績を確定させるものではなく、生徒たちに現在の立ち位置を認識させる意味合いが強い。だから、今回の結果によって、クラスが変動することはない。まさしく、中間報告を行うためのものなんだ。
といっても、気を抜けるわけでもない。試験の結果は、しかと成績の参考となるからな。あくまで、それだけでは確定しないというだけ。
中間試験は座学のテストが三日に渡って行われ、実技のテストが二日間実施される。
前者は言うまでもないだろう、これまでの授業内容をさらう筆記テストだ。
後者は模擬戦となる。生徒同士で戦わせ、その内容によって点数を付ける形だ。たいていは同級生かつ実力の近い者同士で組み合わされる。だから、オレたちは身内間で戦うことが決まったようなものだった。
ちなみに、オレは実技試験免除だ。『お主が戦ったら学園が崩壊する』と学園長直々に泣きつかれたからな。まったく、オレを何だと思っているんだか。
閑話休題。
最初の筆記試験は滞りなく終わった。日頃より予習復習を心掛けているので、つまずく方が難しい。それはカロンたちも同様だ。
マリナは少し大変そうだったけど、みんなで丁寧に教えてあげたから、学力はかなり向上した。テストは問題なくパスできただろう。
そうして、ついに実技試験の日が巡ってきた。
オレたち生徒は、全員が訓練場へと足を運んでいた。収容人数の関係で、一つの訓練場に二クラスずつが集っている。
もうすぐ模擬戦の組み合わせが発表されるからか、場には緊張感が漂っていた。こちらへチラチラと視線が向いてくるから、オレたちと当たりたくないとか考えているんだろうなぁ。気持ちは理解できるよ。
「マリナさんは大丈夫でしょうか……」
不意にカロンが呟く。
この場にはいないマリナを心配しているらしい。
すると、マリナの訓練にもっとも付き合っていたミネルヴァが肩を竦める。
「相手はDクラスの誰かでしょうから、問題ないと思うわよ。彼女、それなりに魔法を発動できるようにはなっていたもの」
「へぇ。ミネルヴァちゃんが認めるレベルなら、心配なさそうだね」
「安心」
彼女の評価を聞いたオルカとニナが、ホッと胸を撫で下ろした。
ミネルヴァは、魔法に関しては特に厳しい評価を下す傾向がある。そんな彼女が「それなり」だと言うのなら、平均レベルは達していると考えて良い。一ヶ月半前まではほとんど魔法を使えなかったのに、かなり成長したな。通常の魔法の才能のなさも加味すると、相当努力を重ねたと推測できる。
ミネルヴァは、オレへ半眼を向けながら言う。
「どこかの誰かさんの足を引っ張りたくないって、毎日のように言ってたわね」
「……そうか」
反応しづらい話題を振るなよ。嫉妬……ではないな。漏れている感情からして、単純にからかっているのか。意地の悪い婚約者さまだ。
そんな雑談を交わしているうちに、模擬戦の組み合わせが発表される。場内に、組み合わせ表が張られた巨大な掲示板が運び込まれた。
ザっと目を通したところ、
「私の相手はミネルヴァですか……」
「何よ、文句あるの?」
「いえ。代り映えしない勝利だなと」
「ハァ!? あなたが勝つなんて決まってないじゃないッ」
「どうでしょうね」
一日目にカロンとミネルヴァの対戦が、
「ボクはニナちゃんとか。お手柔らかにお願いします」
「善処する」
「それって、善処できない時に使う言葉だよね?」
「ノーコメント」
「ニナちゃん!?」
二日目に、オルカとニナの対戦が決まった。
順当なところだな。大火力の魔法を得意とするカロンには、同レベルの火力を出せるミネルヴァしか相手できない。
近接戦が不得手なオルカにとって、ニナと戦うのはツライところだけど、優先順位の問題なので仕方なかった。
「とりあえず、移動しようか。ここにいても邪魔だし」
今日戦うカロンたちも、試合時間は終盤だ。別の場所で休憩した方が良いだろう。
異論は一切なく、オレたちは訓練場を後にした。
夕刻。一日目の実技試験は、無事に全日程を終了した。
ただ、最後に行われたカロンとミネルヴァの対戦は、危うく大惨事なりかけたんだよな。二人ともヒートアップしてしまい、常設された結界の許容限界を超える魔法を撃ってしまったんだ。ギリギリでオレがフォローしたから良かったものの……もちろん、お説教しました。
まぁ、二人の実力が抜きんでているのは、誰から見ても灼然だっただろう。今後は余計な茶々が減ると願いたいね。
一方、マリナの方も勝利を収められたらしい。彼女に侍っていた使用人の話によると、マリナが魔法を使ったことに場内の皆が驚いていたとか。オレたちの指導を受けるまで全然扱えなかったんだから、当然の反応か。この調子なら、期末試験では上位クラスに昇れるかもしれないな。
もう学園に用はないため、オレたちは帰路につく。
その道中、試験会場の出入り口に差し掛かった際だった。オレたちはエリックの父であるクシポス伯爵と遭遇した。
そういえば、近衛騎士団が視察に窺うという話があったか。
穏やかな気風を感じさせる表情を浮かべながらも、芯の通った立ち姿は厳格な雰囲気を放つ。優しさと厳しさの両方を抱える、何とも不思議な空気をまとった男だ。
元とはいえ、近衛騎士団の関係者として訪問しているためか、今の彼は剣を腰に佩き、軽鎧を装備していた。
こちらは外へ出ようと、あちらは中へ入ろうとしていた。必然、オレたちは鉢合わせる。
「これはフォラナーダ伯、ごきげんよう。試験は終えられたので?」
「ごきげんよう、クシポス伯。いえ、私は特例で免除されているのですよ。本日は妹たちの応援ですね」
「そうでしたか。カロライン嬢とミネルヴァ嬢の試合は拝見いたしました。感服いたしました。あなた方があれほどの強さを有するのなら、トップ独占は間違いないでしょうね」
「いえ、油断はできませんよ。何せ、今年は勇者殿や聖女殿がいらっしゃいますから」
「なるほど。フォラナーダ伯も注目する人材ですか」
にこやかに笑いながら、オレたちは会話を交わす。
まぁ、穏やかなのは表面上だけ。相手が心の裡に何を抱えているかなんて分からないけどな。所属する派閥同士があまり仲良くないもの。いくら騎士家系と言えど、伯爵の地位を授かっている以上は腹芸もこなせるだろう。
「明日はそちらのお二人が戦うのでしたか。さぞ、お強いのでしょうね」
「不遜な言い方になってしまいますが……ええ、強いですよ」
「それはそれは。観戦できることを楽しみにしております」
クシポス伯は一瞬だけニナを見た後、オレに笑い掛ける。
「申しわけありませんが、私も仕事が残っています。この辺りでお暇させていただきますね」
「いえ。こちらこそ、お忙しいのに足止めしてしまい、申しわけありませんでした」
「それでは、またお会いしましょう」
「はい」
一礼した彼は、訓練場内へと歩き去っていく。それを見送った後、オレは小さく息を吐いた。
貴族同士の会話は、いつも疲れる。元一般人のオレとしては、もっと気軽に話をしたいものだ。今回は相手が相手だったので、特に疲れた。
オレは凝った口元をムニムニと両手で解してから、空気を読んで黙っていてくれたカロンたちの方へ振り向く。
「それじゃあ、帰ろうか」
それからの半日は、カロンたちの愛らしさに癒されながら過ごした。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。