Interlude-Minerva 守りたいモノ(後)
時系列は「婚約者(6)」と「護衛任務(1)」の間です。
フォラナーダ城の応接間に、私とお父さまは着席していた。本日はいよいよ先方との顔合わせの日。
しかし、私はとても不機嫌だった。顔や態度に出す失態は犯していないけど、心の底より湧く不満は隠し切れない。向こうの都合に合わせて私たちの方がわざわざ足を運んだこともだけど、件の婚約者が色なしという事実が許しがたかった。
最低でも適性三つ――いえ、この際一つでも我慢しましょう。お父さまを以って神懸ったと評価される政治手腕なら、適性の少なさというハンデは許容できるわ。でも、だからといって、まったく魔法が使えない相手は予想外よ。資料に目を通した当初、何かの間違いではないかと何度も読み返してしまったくらいだわ。
現実を受け止めようと今日まで努力したけれど、やはり難しかった。そう簡単に価値観を変えられそうにはない。お父さまに翻意を促せないか、何度も考えてしまったわ。結局、この婚約によってロラムベル家にもたらされる利益は理解していたから、行動には起こさなかったけれどね。
本当に嫌になる。エリート街道まっしぐらだった私が、まさか色なしの相手をしなければいけないなんて。未来は不確定だと言うけれど、悪い意味で真理だったわ。こんな最悪な未来、誰が予想できるでしょうか。
程なくして、部屋にノックが響く。ついに、婚約者と対面する時が来た。せめて容姿くらいは優れていてほしいと願いながら、開かれる扉を注視する。
入室してきたのは肥えたハゲ豚。そして――白い天使だった。
私とは正反対の、白を携えた男の子。部屋の灯りに反射して煌めく白は美しく、静謐な雰囲気をまとった彼を惹き立てていた。また、淡い薄紫の瞳には怜悧さと強い意志が宿っており、真っすぐ私を射抜く。反面、全体的に色素の薄い彼は、今にも世界へ溶けてしまいそうな印象を与えた。
強くも儚い存在。それが、私の婚約者に抱いた第一印象だった。
いいえ、ハッキリと言葉にしましょう。彼は私の好みド真ん中だった。
正直、私自身も、自分の中に生じた感情に驚いているわ。まさか、私が色なしに一目惚れするなんて。でも、あの神秘的な白はカッコイイと思うのよ。どこか達観した眼差しと合わさると最強ではないかしら?
……落ち着きましょう、今の私は冷静ではないわ。初めて抱く感情のせいで、かなり振り回されているわね。魔法研究にて普段より客観視を心掛けていなければ、もっと醜態を晒していたでしょう。
密かに深呼吸を繰り返し、崩れそうになった表情を改める。やや不機嫌そうに見えるかもしれないけれど、気をつけないと変態的な笑みを浮かべてしまう。彼にドン引きされるよりは幾分マシよ。
えっ、自己紹介? この状態で口を開いたら声が震えそうなんだけど……。くっ、気合を入れて臨みましょう。
「ミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベルよ」
ふぅ。何とか名乗れたわ。少しぶっきらぼうになったけれど、致命傷ではないはず。
その後、私たちは二人きりになるが、会話はまったく進まなかった。
原因は私にある。緊張のしすぎで、何を話して良いのか分からないのよ。おそらく、向こうもコチラが堅い雰囲気なのを察している。だから、余計な口出しが出来ないのでしょう。
何か話さないとと考えれば考えるほど、思考が空回りしてしまう。こんな事態は初めてで、どう対処して良いのか分からなかった。自分の不甲斐なさに怒りが湧く。
重い空気のまま時間が過ぎ去っていく中、彼が口を開いた。
「ミネルヴァさん、今日はお互いを知るための顔を合わせです。少しでもいいですから、話し合いませんか?」
あちらも現状維持は不味いと判断したらしい。
ただ、こちらの心情を勘違いしているようで、かなり気を遣った言い回しだった。
そんな彼の態度に、私はムッとしてしまう。いえ、勘違いして当然な状況だけれど、どうにも感情が抑えられない。
「いったい、お父さまに何を吹き込んだの?」
嗚呼、私は何を言っているのでしょう。
「あなたが『伯爵領を実質的に支配している』というお話を、お父さまからお聞きしたわ。どうやって、そんな嘘を信じ込ませたの?」
心にもない言葉が口を衝いてしまった。その後も、次々と厳しい言葉が溢れてしまう。これでは彼に嫌われてしまうどころか、お父さまの能力まで疑っている風に聞こえてしまう。
初めての恋愛感情に、私は完全に振り回されていた。公爵令嬢として、非常に宜しくない状況よ。どうにか挽回しなくてはいけない。
内心で焦燥感を抱えつつ、私は弁明しようと口を開いた。
「お父さまのご意向だから、あなたとの婚約は受け入れるわ。カロライン嬢と縁を結ぶことの重要性は理解できるもの。ただ、忠告しておきます」
でも、こぼれるのは悪態にも似た言葉の数々。かろうじて……努力に努力を重ねれば、彼を慮っているように聞こえる内容にはできたけれど、なかなか際どいセリフだったと思う。私は頭を抱えたい気分だった。
結局、私の調子は戻ることなく、顔合わせは終わりを告げる。不幸中の幸いなのは、彼――ゼクスは不快そうではなかったことか。貴族は腹芸ができて当然だし、本心がどうかは分からないけれど、そのお陰で多少は落ち着きを取り戻せた。
五月下旬に行われるという彼の義弟の九令式まで、私はフォラナーダ城に滞在する予定だ。その期間に名誉挽回に努めようと、私は心に誓った。
フォラナーダ城滞在中は、ゼクスが私の案内を務めてくれるらしい。名誉挽回の機会は、思ったよりも多く巡ってきそうだと私は喜んだ。
早速、城内の案内を彼に頼む。
「色なし風情が才気溢れる私の案内役を務められるのだから、光栄に思うことね!」
しかし、口を衝くのは変わらぬ強気な言葉。彼を前にすると、どうしても素直になれなかった。顔が熱くなり、頭が真っ白になってしまう。穴があったら入りたい気分とは、まさに今の私を指すのでしょう。
幸い……と言って良いのかは分からないけれど、ゼクスが怒った様子ではないのは救いね。というより、いくら悪態を吐いても、ニコニコ笑顔で受け止めてしまうのだから、この人の器の大きさを感心してしまった。
また、軽く会話を交わして気づいた。ゼクスの私へ向ける眼差しは、どこまでも真っすぐだった。私の本質を捉えてくれているよう。人に依っては気味悪く感じるかもしれないけれど、私は違う。肩書きばかりで私自身を見てくれない連中に囲まれていたからか、彼の視線はとても新鮮で……とても嬉しかった。本当の私を理解してくれているみたいで、胸のうちに歓喜が湧いたわ。
カッコ良くて、寛大で、人を正面から見てくれる。何て素晴らしい婚約者なのかしら。
惚れ直す要素はそれだけではない。
ゼクスと共に城中を歩いたお陰で理解したわ。彼は、配下たちから心より信頼されている。私の案内中だからか、直接声をかけてくる者はいなかったけれど、すれ違う全員より敬意を示されていた。何より、城中の雰囲気が明るい。ロラムベル城の皆も公爵家の者を敬ってくれるけれど、フォラナーダほど温かくはない。適当な言葉は見つからないけれど、とにかくフォラナーダは温かみに溢れていた。
そして、その中心はゼクス。彼がいるからこそ今のフォラナーダがあるのでしょう。お父さまの言う通り、彼の統制者としての手腕は神懸っているわ。政に強いという次元ではない。ゼクスは、周りの者を惹きつけるカリスマに溢れているのよ。
そんな彼の婚約者になれたことを、私は誇らしく思う。――と同時に、懸念も生じた。
今後、ゼクスの前には様々な敵が現れる。というのに、肝心の彼は色なしゆえに対抗手段を持たない。配下たちが対処するかもしれないけれど、それでは手が届かない部分も出てくるでしょう。
ならば、私が彼を守ろう。武力を持たない彼へ及ぶ脅威を、私が排除しよう。私にはその力がある。黒髪という優秀な才能がある。
そう考えると、心が晴れやかになった。
周りは不釣り合いと揶揄するかもしれないが、そんなことはない。彼は政治で辣腕を振るい、私が彼を守る。キレイにまとまった夫婦となれるでしょう。
そのためにも、今後はいっそう気合を入れて魔法の腕を上げよう。どんな時でも、私が彼を守れるように。
こうして、私の目標は一新された。偉大な魔法師になるという結果は変わらないけれど、到達点は違うわ。ゼクスを守ること、それが私の使命になったんだ。
次回もミネルヴァの幕間です。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




