Interlude-Caron 教えて、カロン先生!
フォラナーダが表舞台で動き始めて一ヶ月が経過しました。世間の響きは鳴りを潜め、落ち着いて生活を送れるようになった頃、私――カロラインは久方ぶりに城下町へ足を運んでいました。ここ数ヶ月は、第二王子が相手だからと準備に追われていたため、本当に久々です。
お兄さまとオルカは仕事、ニナは冒険者の依頼でしたので、今回は私一人のお出かけになります。
些か残念ですが、それでも数ヶ月振りの息抜きには心が躍ってしまいます。ダンさん、ターラちゃん、ミリアちゃんはお元気でしょうか。
いつもの広場に顔を出せば、彼らの姿はすぐに発見できました。あちらも私のことに気づいたようで、手を振りながら近寄ってきてくださります。
「久しぶり~、カロンちゃん!」
「おひさ」
「おう、久しぶりだな!」
「はい、お久しぶりです。皆さん」
お三方の変わらない明るさに、自然と笑顔がこぼれます。心配はしておりませんでしたが、こうしてお三方の元気な姿を見られてホッとしました。
挨拶もそこそこに、ミリアちゃんとターラちゃんが神妙な表情で問うてこられます。
「色々大変だったみたいだけど、もう大丈夫なの?」
「心配した」
王宮を巻き込んだ大事件だったので当然と言えば当然ですが、お二人も私の婚約騒動は耳にしているご様子。些か気恥ずかしさを覚えますが、これ以上の憂慮を抱かせないためにも、笑顔で応対します。
「大丈夫ですよ。お兄さまや部下の方々のお陰で、今日も元気にすごせていますから。ご心配してくださり、ありがとうございます」
「そっかー。それなら良かったよ!」
「安心だね」
「……ほっ」
心よりの言葉だと察してくださったようで、ミリアちゃんとターラちゃんは安堵の表情を浮かべてくださいました。ついでに、ダンさんも胸を撫で下ろしておられます。
「ダンさんも心配してくださったのですね。ありがとうございます!」
「べ、別に、そそそそそんな大したことじゃねーよ」
お二人と同様にお礼を告げたのですが、何故か顔を真っ赤にしてソッポを向かれてしまいました。どうしたのでしょう?
私は怪訝に首を傾げましたが、その答えが解明されることはありませんでした。ミリアちゃんとターラちゃんは肩を落としていたので、何やらご存じみたいですけど、語ることはありません。不思議ですね。
「そ、そんなことよりも、カロンに頼みたいことがあるんだ!」
やや空気が生温くなり始めたところ。居たたまれなくなったダンさんが声を張りました。
話題を変えることに異論はありませんでしたので、私は首を傾げます。
「頼みたいこと、ですか?」
「えっと。わたしたちに魔法を教えてほしいんだよ」
答えたのはミリアちゃんでした。
ただ、その答えは私の疑問を払拭するには足りません。
「何故、私なのでしょう。ダンさんたちは初等学舎に通っておられるのでは?」
そう。ターラちゃんを除くお二方は、今春より初等学舎へ通学しておられます。そこでは基礎勉学の他に、魔法の基礎も教わっているはずです。今さら、私に教わる必要はないと思われますが……。
私の疑問は想定されていたらしく、ダンさんがすぐにお答えになりました。
「学校で習う魔法とカロンたちが使ってる魔法って、なんか違うだろう? 俺たち、カロンたちが使ってる方の魔法を知りたいんだよ」
「嗚呼、なるほど」
彼の言葉を聞き、得心しました。
確かに、私たちの扱う魔法は、世間一般のものより高性能です。お兄さま直伝なのですから当然ですね。私たちの魔法を何度か目撃されていた彼らは、その差異に違和感を覚えてしまったのでしょう。
うーん、どういたしましょうか。
一応、魔法知識の拡散は許可されています。お兄さまは、二、三倍程度の【身体強化】の知識や【設計】以外の重要性は一般教養にしたいと仰っておりましたから。
とはいえ、私に教職の経験はございませんし、未だ修行中の身です。はたして、彼らにキチンと教えられるかどうか……。
加えて、一つ気掛かりな点がございます。
「私どもの扱う魔法を身につけて、ダンさんたちは何を為したいのでしょうか?」
魔法を覚えたい目的、そこが重要でした。
お兄さまは常々仰っております。選択肢が増えることは、必ずしも良い面ばかりではないと。未来の可能性が広がるのは確かですが、本来なら選び得ない余計な択まで混ざるようになると。
何を申し上げたいのかと言うと、ダンさんたちが他人より優れた魔法を身につけた時、それを安易に周囲へ振り回さないかが心配なのです。もちろん、彼らが他者を傷つけて悦に浸る人間ではないことは承知していますが、未来に絶対はあり得ません。
まぁ、それを言い出してしまったら、誰にも魔法を教えられなくなってしまいます。ゆえに、先の質問を投じました。
これもお兄さまの受け売りですが、『強い意志や心に誓った目標は、あらゆる誘惑を振り切る力の源泉になる』そうです。これと決めた芯さえあれば、何があってもブレることはないと、お兄さまは仰っていました。
ですから、私の納得いく答えが聞けた暁には、ダンさんたちに魔法を教えるつもりです。
私の表情から、かなり真剣な問いかけだと察したのでしょう。お二人はゴクリと息を呑まれました。それから少しの間だけ逡巡し、それぞれ口を開かれます。
「俺は……俺は、強い魔法を覚えてコイツらを守りたい! 昔、チンピラに襲われたことがあっただろう。あの時はゼクスやカロンに助けられたけど、本当は悔しかったんだ。もちろん、お前らには感謝してるけど、それ以上に何もできなかった自分が許せなかった。だから、強くなりたい!」
「わ、わたしも同じ。ダンくんが倒れてるのに、泣いてるだけなんて嫌だから……だから、カロンちゃんたちの魔法を覚えたい!」
「そうですか……」
ダンさんとミリアちゃんの熱意は本物でしょう。彼らの言葉より何も感じないほど、私は冷淡ではありません。大切な誰かを守りたい気持ちは、十二分に共感できます。
ただ、それだけで良いのでしょうか? 守りたいと言う意志のみでは破綻してしまうような――
「考えすぎ」
「ひやっ!?」
どう結論を下すか熟考していたところ、私の頭に手が乗せられました。不意の出来事に、思わず間の抜けた声が漏れてしまいます。
しかし、焦りはしません。何故なら、私の不意を打てる方など、そうそういらっしゃらないのですから。
私は背後へ振り返りながら、抗議の声を上げます。
「お兄さま、気配を消して近づくのはお止めください!」
いつの間にか後ろに立っていらっしゃったのは、お兄さまでした。【偽装】によって姿を変えられていますが、間違いありません。お仕事が早く片づいたのでしょう。
彼は悪びれた様子なく、「悪い悪い」と肩を竦められます。
もう! そういうお茶目な面は大変可愛らしいとは思いますが、こちらの心臓の負担も考えてほしいものです。
とはいえ、いつまでも怒っていては話が進みません。切り替えましょう。
お兄さまが他のお三方との挨拶を終えるタイミングを見計らって尋ねます。
「それでお兄さま。『考えすぎ』とは?」
「魔法を教えるかどうかって話なのに、難しく考えすぎだよ。もっと気軽に教えちゃっていいから」
「えっ」
思わぬ言葉に、絶句してしまいました。
私の反応を見て、お兄さまは苦笑を浮かべられます。
「教えていいって言った知識なんだから、ガンガン広めて大丈夫さ。その辺も踏まえて許可を出したんだし。まぁ、人を選ぶのは賛同できるけど、ダンたちなら問題ないだろう?」
彼の説明を受け、得心しました。
言われてみれば、お兄さまが教えた後のことを考えずに許可を出すはずがありません。盲点でした。
「ってわけで、カロンは教えてくれるってよ。三人とも」
「えっ、タリィも?」
先程まで蚊帳の外だったターラちゃんは、突然水を向けられ目を見開かれました。
お兄さまは当然だろと言わんばかりに頷かれます。
「どうせ、来年には教えてほしいって頼みこんでくるんだ。一年程度は誤差だよ」
「えー、ターラだけズルくねぇか?」
「オレたちが学園に通うようになったら、一年間は独学になるんだ。然して変わらんよ」
「うーん、そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
ダンさんが非難の声を上げましたが、お兄さまは理路整然と一蹴してしまわれます。
お三方が納得されたのを認められると、お兄さまは何やら彼らに囁かれました。
すると、ダンさんたちは横一列に並ばれます。
はて、何をするのでしょう?
「「「よろしくお願いします、カロン先生!」」」
一斉に頭を下げるダンさん、ミリアちゃん、ターラちゃん。
ええええ、いきなり何なんですか!?
突然の行動に困惑する私。
――ですが、同時に満更でもない気持ちを抱いておりました。カロン先生という響きに、ちょっとだけ甘美を覚えたのです。
「し、仕方ありませんね。私の時間が取れる時に限りますが、魔法の授業を引き受けましょう」
「「「ありがとう、カロン先生!」」」
さすがはお兄さま。私の性質をよく理解された助言ですね。
手玉に取られて少しだけ悔しく思いますが、友人の実力が向上するのは良いことでしょう。深く考えないことにします。
こうして、私は定期的に魔法の講師を務めることになりました。お兄さまほどスパルタにはしませんので、ご安心ください。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




