Chapter30-3 過多(1)
オレたちは今、カナミラの王都から離れた村落を訪れていた。都市国家とはいえ、村くらいは周囲にいくつか存在するんだ。
その村落は山中の僅かな平原に構えられているため、とても小さかった。建造物は数えられる程度しかなく、比例して人口も少数。生活水準も二、三世代前の様相だった。
ニナには『ユリィカの出身村』で伝わるかな? あの集落ほどの閉塞感はないけども。
何故、オレたちがここに足を運んだかといえば、この村が例の鉱山の最寄りだったからだ。
それにしては村の規模が小さいことに疑問に思うかもしれないが、きちんと理由がある。
例の鉱山は出荷量が減少傾向にあり、もうすぐ閉鎖される予定だったんだとか。だから、労働者も徐々に減らしている最中らしい。
「人数を絞って正解だった」
村長との挨拶を終え、提供してもらった空きスペースへ移動したところ、ニナがそんなセリフを溢した。
今回のメンバーは、オレとニナは当然として、フォラナーダからは騎士五名と研究員三名、そしてまとめ役のテリアが同行している。他はリンデの付き添いだ。
加えて、カナミラ王国騎士団の精鋭が十名とバルヴァロ公爵が参加していた。後者は前者のお目付け役である。
つまり、計二十二名がこの小さな村に集まっていた。これ以上の人数は、村のキャパシティ的に難しいだろう。
一応、討伐完了まではここを拠点に活動する予定なので、ニナの言う通り、人数を限定したのは正しかった。
ただ、懸念が皆無とは言い難い。遠目でこちらを窺っている村人たちのほとんどが、迷惑そうな感情を湛えているんだ。
彼らはアメーバによる被害をいくらか受けているはずだが、それよりも余所者への不信感が勝っているみたいだ。騎士団の敗走も影響してそうか?
討伐および調査は、できるだけ急いだ方が良さそうだな。
まさか、貴族や騎士に真っ向から逆らうマネはしないと思うけど、地味な嫌がらせくらいは行ってきそうな気配がある。
たとえば、今研究員たちが最終調整をしている調査用魔道具や野営道具に、小さなイタズラを施すとかね。
後者はまだ良いが、前者は捨て置けない。
素人は生活用魔道具と同一視し、『ちょっとなら大丈夫』なんて軽く考えがちだが、こういった機材はかなり繊細なんだ。その『ちょっと』で異常を来たす可能性がある。
その辺りの事情は、バルヴァロ公爵やカナミラの騎士団にも共有している。だから、彼らも周囲警戒に余念がなかった。
おそらく、壊したら弁償と伝えておいたお陰だと思う。フォラナーダ以外で用意しようとしたら、八桁超えるからね、この調査用魔道具たち。
現金……とは違うけど、分かりやすい連中である。その方がやりやすいのは確かだけども。
すると、一人の騎士が声を掛けてきた。
「こんなもの、本当に必要なのか?」
多分にトゲを含んだそれを鳴らしたのは、カナミラの騎士団長だった。
そう。フォラナーダを一番敵視していた彼も、今回のメンバーに入っていた。
国難に立ち向かうんだから当たり前の人選だけど、こちらとしては非常に面倒くさい。何かと突っかかってくるからね。
「万が一を起こさないよう、様々な手を尽くすのは大事だ。それに、発生原因を調査するのも、同じことを繰り返さないために重要さ」
ヒトを殺せるのでは? と思わんばかりの鋭い視線を往なし、オレは肩を竦める。
若干、あちらを軽視しているような仕草になってしまったが、構う必要はない。プライドばかり肥大した輩には、このくらいがちょうど良いはずだ。
そも、闇雲に突っ込んだ結果が騎士団の敗走だったと思うんだが、彼に自覚はないんだろうか?
案の定、顔を真っ赤にする騎士団長。怒りを堪えているようで、全身がプルプルと震えていた。いや、鎧がこすれる音が鳴っているので、ガチャガチャと言い換えた方が適切かな?
しばし黙り込んでいた騎士団長だったが、いよいよ我慢の限界だったのか、何か口にしようとする。
しかし、それが形になることはなかった。
「ゼノート殿!」
何故なら、慌てて駆けつけたバルヴァロ公爵が、彼の右腕を掴んだためだ。
そのお陰で我に返ったらしい騎士団長は、舌打ちをしながら力を抜く。それから、他の騎士団員たちの下へ、どしどしと脚を鳴らして去っていった。
そんな騎士団長を放置し、バルヴァロ公爵は頭を下げた。
「申しわけございません、フォラナーダ侯爵!」
騎士団長の代わりに、全身全霊といった様子で謝るバルヴァロ公爵。
然もありなん。オレたちの機嫌を損ねて被害を受けるのはカナミラ王国だ。
むしろ、あそこまで露骨に敵対できる騎士団長がおかしいんだ。伝統派の中心だろう内務大臣だって、表情は取り繕えていたというのに。
「謝罪を受け入れましょう」
平身低頭の彼に対して、オレは鷹揚に許してみせる。
ここまで来て帰るのは徒労すぎるし、あの程度の無礼なんて可愛いものだ。
傍からは、『会話していたら、騎士団長が顔を真っ赤にして去っていった』程度にしか見えないのも大きい。こちらの体面が傷つけられたわけでもない。
「ありがとうございます、フォラナーダ侯爵」
こちらの返事を受け、ホッと胸を撫で下ろすバルヴァロ公爵。
苦労人だなぁ。
彼のそんな姿を見て、僅かに苦笑が漏れる。
バルヴァロ公爵は他の重鎮よりも年若い上、勢力の弱い革新派に属している。そのため、他の誰よりも抱えるものが多いんだと思う。同情はするよ。
「お話中に申しわけございません。ゼクスさま、機材の準備が整いました」
会話が途切れるのを見計らっていたんだろう。ちょうど良い頃合いに、テリアが声を掛けてきた。
「ご苦労さま。すぐに出られそうか?」
「問題ございません」
「仕事が早いな。さすがだ」
「恐縮です」
「機材はしまうぞ」
「はい」
テリアが首を縦に振ったのを認めてから、オレは【位相隠し】を発動した。数多くあった魔道具は、瞬く間に消えていく。
「それじゃあ、出発しようか。バルヴァロ公爵は村で待機。宜しいですね?」
「え、ええ」
バルヴァロ公爵の返事には動揺が滲んでいたが、指摘はしない。彼が何に驚いているのか、問うまでもなく明らかだったためだ。
バルヴァロ公爵――というか、この場にいるフォラナーダ以外が動揺しているのは、【位相隠し】を目撃したからだろう。
本来の空間に作用する魔法とは、伝説上のみで語られる代物だ。機材を出す時も見ているとはいえ、一度で慣れるものではないんだと思う。
これは【位相連結】にも当てはまるね。
実際、転移系魔法を使える人類は、オレや各魔法司、カロン、ミネルヴァ、マリナ、スキアくらいだし。
……あれ、結構多い?
ともかく、彼らの反応に毎度付き合っていたら、時間が足りなくなる。
了承の返事はもらったので、オレは【位相連結】を開くことにした。行き先は例の鉱山――から少し離れた地点だ。転移直後に襲われたら堪らないもの。
カナミラ王国側の動揺を余所に、オレとニナを先頭にして一行は先へ進むのだった。
「うーん」
坑道の入口に辿り着いたオレは、それを見つめながら唸り声を上げた。
すでに調査用魔道具は外に出しており、あとは中へ入るのみ。
しかし、その突入を躊躇っているのが現状だった。他らならぬ、オレが待機を命じているのである。
ニナを筆頭としたフォラナーダの面々は良い。オレを信頼し、指示に従ってくれている。
問題はカナミラ騎士団だ。特に騎士団長は、非常にイライラした様子でこちらを睨んでいた。
敵の領域を前にして暴れるほど愚かではないみたいだが、その理性も長くは持たないだろう。早々の決断が求められた。
「何があるの?」
ふと、隣に立ったニナが小声で尋ねてくる。
彼女は、オレの顔と坑道の入口を交互に見た。
オレは【念話】に切り替え、彼女に言葉を返す。
『分からない』
『え?』
『鉱山の中がどうなってるのか、全然分からないんだよ』
『ゼクスの探知でも?』
『何も分からない』
何らかの危険があるから躊躇しているのではない。何があるか不明だから二の足を踏んでいるんだ。
『……なるほど。それは突入できない』
僅かな沈黙を挟み、得心するニナ。
事態の深刻さを理解しているからこその反応だ。
自画自賛になってしまうが、オレに見通せない事象はほとんどないと自負している。
各種探知系の術しかり、魔眼【白煌鮮魔】しかり。最終手段として【超越】もある。
これらを備えておいて『分からない』なんて、普通ならあり得ないんだ。
そんな“あり得ない”が起こっていることが、鉱山の異常を如実に表していた。
『具体的には、どう分からないの?』
ここで話を終わりにしても、何も解決しないと考えたんだろう。ニナは質問を続けた。
その点はオレも同意する。やはり、他者と相談しながらの方が解決策は出やすい。
オレはアゴに手を添え、己の感覚の言語化に努めながら答えた。
『魔法と己道は弾かれてる感じだな。魄術は弾かれてはないけど、通らない』
『通らない?』
『何て喩えたらいいかな……。ギュウギュウ詰めの袋に、無理やり新しいものを詰め込もうとしてる感覚?』
ニナには伝わらないけど、ラッシュ時の電車に似ているかもしれない。いくら押し込んでも入れない、あれだ。
『魔眼は?』
『そっちはもっと難しい。鉱山内の情報が過多すぎて、オレの頭が追いつかない』
このことから、【超越】の使用も自粛していた。
魔眼と違って耐久力も増すが、魔眼以上の情報が入り込んでくることになる。オレの脳が持つか未知数だった。
【超越】が最強の術なのは間違いないけど、術者自身が弱点と化しているんだよなぁ。これは何度も実感していることである。
焦る気持ちは当然あるけど、一朝一夕で何とかなるほど簡単な話ではない。地道に鍛えるしかなかった。
『つまり?』
『鉱山内には魔力と生命力が溢れんばかりに満ちてるってことだな。飽和しないのが不思議なくらいの密度だ。そのせいで、外部から干渉する余地がない』
『そんなこと、あり得るの?』
ニナの疑問はもっともだ。
魔力と生命力は水と油。生命活動する程度なら同居を許してくれるが、ひとたび許容量を超えると拒絶反応を起こす。
ゆえに、魔法師は己道を扱えず、道士は魔法を扱えない。『存在情報』の一部が壊れた白髪転生者という例外を除いて。
自然現象も同じだ。一定ラインを越えた魔力や生命力は、同じ場所に留まれない。反発するのが通常である。
目の前の鉱山のように、溢れんばかりの両者が一緒に在るなんて、本来はあり得ないんだ。
まぁ、目前の実在するため、『あり得ないなんてことはあり得ない』んだろうけど、
『自然現象じゃないのは確かだな』
何者かの手で起こされた現象の可能性がとても高い。
オレにも難しい所業なので、人為的なら人為的で厄介な事態だが、自然に起きたと考えるよりも納得がいく。
問題は、誰がどんな意図で起こしたか。
『早く解決しないと』
同じ結論に至ったようで、ニナが眉根を寄せて言う。
彼女の指摘した通り、これが人為的なら解決を急いだ方が良い。長引けば長引くほど、黒幕の思惑に沿ってしまう可能性が高いんだから。
とはいえ、反発するエネルギーが溢れ返る場所に、無策で飛び込むのも怖い。ジレンマだった。
「「うーん」」
最初にも溢した唸り声を、今度はニナとともに発する。
相談はしたが、やはり答えを出すのが難しい問題だった。
それから数分ほど悩み抜き、ようやく結論を下す。
「竜穴に入らずんば竜玉を得ず、か」
「そう思う」
危険だと分かっていても、飛び込まなければ、何も得られない。時間がこちらの味方をしてくれない以上、突き進むしかない。
ニナも同意してくれているし、迷っている場合ではないな。
「総員、傾聴――」
メンバーに指示を出すため、声を張り上げるオレ。
しかし、そのセリフは、途中で別のものへと切り替わった。切り替えざるを得なかった。
「――ッ!? 戦闘態勢を整えろッ。目標、坑道入口!」
次回の投稿は3月11日12:00頃の予定です。




