Chapter30-2 カナミラ王国(6)
「そろそろ、依頼について話し合いましょうか」
進行役の宰相がそう切り出した途端、彼を含む伝統派たちの感情が揺らいだ。何か企んでいる者特有の、喜悦だった。
「まずは概要の再確認から行います」
宰相が滔々と語る間も、それらの感情は収まらない。逆に、おもむろに盛り上がっていく始末だった。
そうして、宰相の説明が終わったタイミング。ついに、連中は仕掛けてくる。
「一つ、宜しいでしょうか?」
挙手をしたのは内務大臣だった。五十代前半くらいの、チョビ髭を生やした細身の男だ。
はじめに行われた自己紹介によると、バルヴァロ公爵とは別の公爵家の人間らしい。当主ではないようだけどね。嫌味の交じった喋り方が特徴だ。
発言権を得た彼は、そのまま話を続ける。
「フォラナーダ一行のみで、例の鉱山へ向かうのでしたね?」
「はい。相手は未知の魔獣です。何が起きるか予測できませんから」
視線を向けられたので、オレは簡潔に答えた。
今のセリフに『足手まといを守る余裕はないかもしれないので』と続くんだが、わざわざ口にはしない。万が一に備えた策だと事前に説明はしているし、あえて爆弾に火をつける趣味もない。
すると、内務大臣は意味ありげに笑んだ。
「やはり、許容し難いですな。主要鉱山が別にあるとはいえ、例の鉱山も我らが国の領土。それを他国の者……それも現役の元帥に自由に闊歩させるなど」
指先で髭を撫でながら、そんなことを宣う。
口にはしなかったが、『フォラナーダに何か仕掛けられるかもしれない』という意図が込められているのは察した。
先程の言葉の裏は、感づかれていたらしい。意趣返しのつもりか?
「何を今さらッ――」
バルヴァロ公爵が反論しようとするが、最後まで形にすることは叶わない。それに覆いかぶさるよう、他の重鎮たちが賛同の声を上げたためだった。
一つ一つは短く、さほど大きくない声だったけど、十数も重なれば一人のセリフを掻き消すのは容易い。
この様子だと、根回しは完了しているみたいだな。
頷いていないのは、バルヴァロ公爵を含めて三名のみ。伝統派のみならず、中立派や革新派の一部も抱き込んでいるようだった。
納得はできる。防衛面を考慮するなら、内務大臣の指摘は至極もっともだ。他国の戦力を、単独で国の要へ向かわせるなんて正気ではない。
ただし、通常時やある程度までの緊急事態に限って、という注釈が付くけども。
実物を見ていないので、まだ断言はできない。だが、未知の魔獣の討伐は、前述した範疇を越えている気がする。
一刻も早く討伐すべきだと、オレの勘が――経験則が告げていた。おそらく、バルヴァロ公爵も同意見なんだろう。
一方、他の重鎮たちは、そこまで危険視していない。
伝統派は当然のこと、バルヴァロ公爵の味方であるはずの革新派の面々も、遮二無二解決すべき事案だとは認識していなかった。
この辺りは、自派閥との認識共有を怠ったバルヴァロ公爵の失態だな。
若さのせいで侮られ、上手くまとめられていない可能性は否めないが、そんな言いわけが通用するほど貴族社会は甘くない。
こうなると、オレたち――というよりニナは、従うしかなくなる。あくまでも、今回は雇用主と労働者の関係だもの。
あちらの現状やこちらの身分の関係もあり、融通を利かせてくれる部分はあるだろう。
だが、限度はある。雇用主の意向が優先なのは間違いなく、今回は翻意を望めそうにない。
それに、説得に時間をかけて討伐を遅らせるくらいなら、さっさと話し合いを進めた方が建設的だ。
ゆえに、オレはこう切り出した。
「では、内務大臣殿は、どのような対案をお考えなのでしょう?」
「我らが国の誇る騎士団を、同行させたいと考えています」
予想通りだな。となれば、次に投げかける質問も決まっている。
「大丈夫なのでしょうか? ニナ――『竜滅剣士』へ依頼を出したということは、騎士団は件の魔獣に対して敗走したと予想できますが――」
「敗走ではないッ!」
突如、こちらのセリフを遮って、騎士団長が大音声を上げた。
それだけではない。テーブルを両手で強く叩き、椅子を引っくり返すほど勢い良く立ち上がった。
騎士団長はすさまじい形相を浮かべていた。怒りと屈辱が綯い交ぜになった、あまりにも醜い顔だった。
「坑道では我々の真価は発揮できなかった。それだけの話だ! にもかかわらず、革新派の連中が無駄に騒ぎ立てたのだッ。入念に準備を整えれば、我々は負けん。絶対に!」
息を荒げながらも言葉を吐き出す騎士団長。
よほど、鬱憤が溜まっていたらしい。血走った眼差しを見るに、まだ怒鳴り足りない様子だった。
それでも口を閉じたのは、他の重鎮たちから鋭い視線を向けられたせいだろう。周りを気にする程度の自制心は残っていたようだ。
騎士団長が大人しくなったのを見計らい、内務大臣が苦笑交じりに語る。
「というわけで、彼らにも不満があるのですよ。今後のことを考えると、それらを解消しないわけにはいきません。ご迷惑はお掛けしませんので、同行の許可をいただけませんか?」
オレの身分に配慮し、下手に回った言い回しをしているが、拒否権はなさそうだな。
彼の、彼らの目は笑っていない。どんな反論をしようと、何かにつけて拒否するに違いなかった。
これも予想通り。やはり、受け入れる方向で話を進めた方が良さそうだ。
オレは溜息をグッと堪え、首肯する。
「分かりました、騎士団に同行していただきましょう」
「ありがとうございます、フォラナーダ侯爵」
笑顔で礼を述べているものの、魔力に乗った感情は『してやったり』だった。オレに、というよりは、バルヴァロ公爵に向けたものだろう。嫌われているなぁ。
とはいえ、すべて彼らの思い通りにはさせられない。こちらも命を張って仕事をするんだ。
「ただし、条件があります」
「条件ですか?」
オレの発言を受け、場の空気が少しだけ鋭くなった。
それに構わず、オレは指を二本立てる。
「条件は二つ。一つは、『我々は騎士団の命の保障はしない』ということ。同行者に何が起こっても、我々は責任を負いません」
できる限り守るつもりではいるが、敵が未知である以上、万が一は起こり得る。その際、責任を問われるのは面倒くさかった。
補足しておくと、魔獣の居座る鉱山に異常が起きた場合も、オレたちは責任を問われない。そういう契約を交わしている。
「このッ――」
「騎士団長」
「ッ」
自分たちが下に見られていると察したんだろう。怒鳴り上げようとする騎士団長だったが、内務大臣や傍にいた重鎮に諫められた。
ギリギリ理性は残っている模様。こちらを睨みつけているものの、それ以上の行動に出る気配はなかった。
それを認めた内務大臣は、鷹揚に頷く。
「了承しましょう。元々、我らの国のトラブルに、そちらを巻き込んでいるのです。鉱山で何が起ころうと、フォラナーダの方々には何も問いません。……宜しいですね、皆さん?」
他の重鎮たちも首肯し、一つ目の条件は受け入れられた。この後、書類に残す旨も約束される。
一区切りついた頃合いに、オレは二つ目の条件を提示する。
「二つ目の条件は、同行人数を十人までに限定してほしい、というものです」
「……何故でしょうか?」
内務大臣を筆頭に、伝統派の雰囲気が変わったな。焦りと不安が、微かに滲んできた。
理由の予想はできている。
騎士団を同行者に捻じ込んだのは、彼らに本件を解決してほしいからだ。最近落ち込み気味の騎士団の評価を上げるため、オレたちを利用したいんだ。
しかし、人数を限定されては、その目論見が遠のく。
だから、こちらの思惑を探ろうと慎重になっているわけだ。
「我々の安全確保のためですよ。同行者が多くなれば多くなるほど統率を取りにくくなり、不測の事態は発生しやすい。それが部外者なら余計に、です。こちらも命を張ってる以上、この条件は譲れません」
オレはそう言って、笑顔を内務大臣へ向ける。『お前たちのワガママを呑んだんだから、こっちのワガママも呑むよな?』と、暗に示す。
これまでの反応を考慮するに、内務大臣はこの言葉の裏をしっかり察するだろう。そして、オレがそれを把握していることも理解しているはずだ。惚けることは許さない。
しばらくの沈黙を経て、内務大臣は頷いた。
「受け入れましょう。騎士団長も良いですね?」
「なっ、内務大臣!?」
「良いですね?」
「ッ! ………………わか、りまし、た」
内務大臣の念押しを受けた騎士団長は、かろうじて了承の言葉を吐く。
うーん。一波乱起こしそうな予感がするが、とりあえずは良しとしよう。この場で条件を呑ませたことが、今は大事だ。
結果論だけど、ニナを単独で向かわせなくて良かったな。
彼女は政治的な機微に聡いものの、口下手である。今回のような話し合いでは、押し切られていた可能性が高かった。単独という点も、あちらの優位に働いていたと思うし。
となると、伝統派がニナへの救援要請を許可したのは、このシチュエーションを狙っていたからか? だから、オレの参加を渋り、返事が遅れた?
非常にあり得そうな話だった。派閥争いの混迷具合もそうだが、一際酷いのは騎士団のプライドの高さである。
何せ、トップたる騎士団長が、二つ名持ちを相手にして『自分たちの方が優れている』と言わんばかりの態度を取っているんだもの。認知能力が著しく欠落しているとしか思えない。
まぁ、それらの問題点を、わざわざ指摘するつもりはないが。
明らかな内政干渉に当たる。さらなる面倒ごとに首を突っ込むのはゴメンだった。
契約通りの報酬さえ貰えれば――ついでに、未知の魔獣や鍛冶について研究できれば――良い。
そんな冷めたことを考えながら、オレは昼食会をすごした。
幸い、その後は大した波乱が起きることはなかった。
次回の投稿は3月5日12:00頃の予定です。




