Chapter30-1 請い願う(2)
ターラとの交流から三時間後。オレは王城内にあるウィームレイの私室を訪れていた。公式訪問なので、【位相連結】ではなく、きちんと正面から上がっている。
同室に顔をそろえるは五人。
オレとウィームレイは当然として、渦中のニナ、外務大臣であるグロドロ伯爵だ。
少人数の話し合いにグロドロ伯爵が参加するのは珍しいが、それは今回が外交の一環だからだろう。
その予想は正しく、挨拶を終えた後は、彼の主導で話が進んだ。
「すでにご存じでしょうが、改めまして、今回お集りいただいた理由を説明させていただきます」
ふくよかな容姿から伝わるイメージと違わぬ温和な口調で、グロドロ伯爵は語る。
「ランクA冒険者でもあらせられるニナ女史に、カナミラ王国から依頼が出されました。内容は『鉱山内に居座る未知の魔獣の排除および、未知の魔獣が発生した原因の調査』とのことです」
「カナミラ王国といえば、たしか最近交易が始まった国だったな?」
ウィームレイの問いに、グロドロ伯爵は頷く。
「はい、二年前まで一切の交流はありませんでしたが、昨年度の夏頃に交易が始まりました。常立国から築島を押収した影響ですね」
カナミラ王国は都市国家群にある国だ。具体的には、築島の北西部に位置している。
他の都市国家ならいざ知らず、築島の利益はフォラナーダにも分配されているので、オレにもカナミラ王国に関する情報は流れていた。
特色としては、鍛冶が真っ先に思いつく。
国土の大半を山岳で占められているため、鉱石の採掘率が非常に高く、鍛冶技術も発展しているんだ。あちらの国から輸入している品も、そちら方面が多い。
あとは、騎士団が精強という話もよく耳にする。上質な武具を自給自足できるゆえに、騎士たちのモチベーションも高いんだとか。
実際にどの程度の実力なのかはともかく、他国の冒険者に依頼するなんて、相当困っているんだろう。武力に自信を持つ国は、プライドが邪魔して救援を求められないのが普通だ。
キナ臭さを覚えつつ、オレは詳細を尋ねる。
「未知の魔獣とやらの、具体的な説明は?」
「『既存の魔獣が、アメーバのように溶けている。しかし、その強さは既存を大きく上回る』と記されています」
「アメーバねぇ」
この世界における魔獣とは、動物が魔素を溜め込み進化した姿だ。魔人族という例外はあるものの、基本的にベースは動物である。
つまり、アメーバ状に溶けることなど、普通ならあり得ないんだ。既存の形を逸脱しすぎている。
アメーバがモデルの魔獣、という線も考えられない。原生生物の類は、今まで発見されたことがないためだ。
……いや、魔人族の前例があるし、可能性としてはあり得るのか?
やはり、単なる討伐依頼ではなさそうだった。何らかの異常事態が起きているのは間違いなく、それがこちらに飛び火する懸念も捨て切れない。
オレはチラリとニナを窺う。
ちょうど、彼女もこちらに視線を向けたところだったらしい。バッチリと視線が交錯する。
ニナが頷いたのは、そのすぐ後。大丈夫と言いたげに、口元が僅かに緩んでいた。
以心伝心だな。
オレも釣られて頬を緩め、グロドロ伯爵へ質問を続ける。
「依頼の拘束期限と報酬は?」
原因調査も内容に含まれている以上、期限は設けられているはず。場合によっては、原因を突き止められないこともある。
また、報酬も大事だ。今回は聖王国越しに依頼しているので、おそらくは、大規模な取引が交わされるだろう。
グロドロ伯爵は淡々と返す。
「期限は調査開始から半年。報酬は、現金および鉱石と武具の売買優先権です」
オレの予想通りだった。
外交において、交易品の売買優先権は切札に近い。普通は、見せびらかせて交渉を優位に進める目的で使うものだ。
それを初っ端から切ってくる辺り、カナミラ王国の困窮具合が窺える。
すると、ウィームレイが意外そうに溢す。
「カナミラも思い切ったな。あちらもニナ殿がゼクスの第四夫人だと知っているはず。そんな人物の時間を半年も要求するとは。向こうも、それだけ本気ということか」
二つ名持ちのランクA冒険者を雇うだけでも、膨大な金が必要となる。ニナの場合は、そこに貴族としての立場も加わるため、倍プッシュどころの話ではない。
彼の言うように、その点からもカナミラ王国の本気が、そして焦りが感じられた。
オレはアゴに指を添え、逡巡する。
十数秒後、指を二本立てた。
「引き受けても構わないが、二つほど条件がある」
「お伺いしましょう」
「まず、売買優先権の一部を、フォラナーダに回してほしい。具体的な配分については、後日交渉しよう」
「もちろん構いません。実際に働くのはニナ女史ですからね。すべて寄越せと仰られては、困ってしまいますが」
「そこまで強欲じゃないさ。オレも聖王国の貴族だ。しっかり国の利益は守るよ」
「そう仰っていただけると助かります。それで、もう一つの条件とは?」
「今回の依頼に、オレも同行する」
「フォラナーダ侯爵閣下が?」
胡乱げな視線を向けてくるグロドロ伯爵。
きっと、『元帥も務める侯爵が冒険者の依頼に同行するって、何を言っているんだ?』とでも考えているんだろう。
至極当たり前の反応ではあるが、オレのフットワークが軽いのは今さらである。ニナもウィームレイも普通に受け入れているので、諦めてほしい。
「嗚呼。報酬を吹っかける必要はないよ。オレが同行するのは、単なる趣味だ」
いや、趣味なのか?
未知の魔獣に興味があるから行くわけだけど、微妙に表現が違う気もする。
まぁ、いいか。私用の延長なのは変わらない。
グロドロ伯爵も深く考えるのを止めた様子。一つ溜息を吐くと、「分かりました」と首肯した。
「一応、先方に窺いますが、十中八九許可は出るでしょう。緊急時に『魔王殺し』を拒絶する愚か者はいないはずです」
然もありなん。緊急時の優先度を見誤る愚者であれば、最初からニナに依頼を出していない。タダで良いと言っているのなら、余計に断る理由はないだろう。
「一週間後には返事が届くと思います。それまでに準備を整えていただければ幸いです」
「【位相連結】で手紙を届けようか?」
「いえ、必要ありません」
カナミラ王国的にも急いだ方が助かるだろうと配慮したんだが、グロドロ伯爵は首を横に振った。
彼は説く。
「カナミラ王国とは交易こそ始めていますが、本格的な外交は今回が初です。交流のほとんどない国に対して伝説の魔法を使っては、我が国が侮られます」
「緊急の案件でもか?」
「勘違いされるのも無理はありませんが、今回の依頼は緊急用の連絡ではありません。通常のルートで手配されたものです」
「私も確認済みだ。間違いない」
「なに?」
グロドロ伯爵とウィームレイの言葉に、オレは眉根を寄せる。
今まで語られた内容からして、カナミラ王国が切羽詰まっているのは間違いない。だのに、緊急依頼として送られていないのか。
何となく、貴族的な事情が感じ取れる。ろくでもない理由が裏に存在する気がした。
「あちらが緊急だと主張していないのに、こちらが緊急として処理するわけにはいきません。ご理解をいただければ」
「分かった。そちらに任せる。ニナもいいね?」
「……了解」
オレの確認に、若干不服そうに頷くニナ。
正義感の強い彼女にとって、困っているヒトをすぐに助けられないのは不満なんだろう。
了承してくれたのは、今回の目的地が鉱山ゆえに、人的被害がほぼないと判断したからに違いない。
「よし、方針は決まったな。各々、やるべきことがあるだろう。この場は解散だ。ニナ殿には、後ほど正式な辞令を出す」
ウィームレイの締めのセリフによって、話し合いはお開きとなった。
カナミラ王国に何が待っているかは判然としないが、入念に準備をしておこう。
次回の投稿は1月28日12:00頃の予定です。




