Interlude-Lindetes 本物
「うーん」
フォラナーダ城の一画。約一年前に増設された鍛冶場にて、あたい――リンデーテスは頭を悩ませていた。
何を悩んでいるのかって?
鍛冶場で考えることと言ったら、鍛冶のこと以外にありゃしないよ。今後の開発について、あたいは一つの壁にぶつかっていたんだ。
轟々と熱を発し続ける炉を放置し、離れた場所にあるテーブルに着いて唸る。何の足しにもならない作業を、ただただ無為に続けていた。
どれくらい時間が経っただろうか。ふと、あたいの頬を新鮮で冷たい空気が撫でる。常に炉を焚いている鍛冶場にとって、その現象は訪問者の証明だった。
意識を目前に戻したところ、案の定、そこには大小二つの人影があった。
「リンデが槌を振るってないとは珍しいね。何かあったのかい?」
「同じ創作仲間だ。相談くらいは乗るよ」
一つはあたいを故郷から連れ出してくれた上、気ままに鍛冶をさせてくれる大恩人。そして、あたいの想いを寄せるヒトであるゼクスだった。腰に片手を当て僅かに首を傾げる姿は、とても様になっていてカッコイイ。
もう一つは、貴公子のような格好をした、手のひらサイズの少女。精霊と呼ばれる種族のノマだった。彼女が今しがた口にした通り、あたいとは創作仲間として仲良くしてくれている。同胞といっても過言ではない。
ちなみに、魔力を持たないあたいがノマを感知できるのは、左腕に装着した腕輪型魔道具のお陰だ。一緒に働くのに、姿を捉えられないのは不便すぎる。
ゼクスたちが鍛冶場を訪れるのは、そう珍しいことではなかった。二人とも、あたい側の人種だからね。共同で作った作品も、両手の指では収まらない。いわゆる戦友である。
ただ、無防備に唸っていたのを目撃されたのは、些か恥ずかしい。そのうち一人が想い人なら余計に。
頬に熱がこもるのを実感しつつ、あたしは咳払いした。
「お疲れ、お二人さん。二人がこんな時間に顔を見せるなんて珍しいね」
あたいは、毎日明け方から鍛冶場に入っている。最初に軽く槌を振るったとはいえ、まだ午前中のはず。昼以降に訪れることが多いゼクスたちにしては、とても早い時間と言えよう。
すると、どういうわけか、二人は呆れた様子で顔を見合わせた。その後、こちらを向いたゼクスが苦笑交じりに言葉を紡ぐ。
「リンデ。もう夕方だぞ?」
「へ?」
「これは重症だね」
呆然とするこっちの反応を受け、ノマもやれやれと肩を竦めた。
ほとんど反射的に、鍛冶場の窓を見る。そこからは茜色の光が差し込んでいるではないか。
どうやら、あたいは十時間近く頭を悩ませていたらしい。しかも、そのことに全然気づくことなく。二人が呆れるのも無理はなかった。
こうなると、ゼクスたちの次のセリフを予想するのは容易だった。
「時間も忘れて、何を悩んでたんだ?」
「さすがに心配だね。話してほしいな」
予想したままの言葉を口にする二人に、あたいは苦笑いを浮かべる。
個人的にはもう少し自分だけで考えたかったんだけど……仕方ないか。十時間も悩んで答えが出なかったんだ。これ以上の独力は徒労だろう。元々、いずれ相談しようとは思っていたので、嫌というわけでもない。
あたいは小さく息を溢してから、現在ぶつかっている壁について明かした。
「そろそろ、【位相隠し】や【位相連結】の魔道具に着手しようと思ったんだけど――」
「「嗚呼」」
あたいが全部語り終える前に、二人は得心の声を漏らした。
そりゃそうか。これに関しては、ゼクスたちにとっても大きな課題だったわけだし。
あたいが挙げた二つの魔法は、非常に魔道具化が難しいものだった。一応、【位相連結】の魔道具の方は既存するけど、どちらも移動先が固定されている上、魔道具自体が巨大だったり、必要魔力が膨大という欠点を抱えている。
汎用性に欠けては、魔道具の長所を潰しているも同然。必ず改善しなくてはならない内容だった。
しかし、なかなか解決が難しい欠点である。でなければ、他の魔道具や霊道具などに寄り道などせず、さっさと着手している。非常に便利な道具なら、なおさらだ。
前述した魔法の魔道具化が困難な理由は、主に三つ。
一つ目は、刻印する術式を簡略化できない点。膨大な術式を刻まなくてはならず、結果として魔道具が巨大化してしまうんだ。聖王国内で運用している転移装置が良い例だろう。八メートル大の柱が四つも必要なんだから。
一応、姿見型の転移装置もあるらしいけど、機能が限定的すぎるとのこと。有効距離はフォラナーダ領都内、必要魔力はゼクスでないと補填できないほど膨大。汎用性には程遠い。
そもそも、姿見というサイズは中途半端なんだよ。持ち運びするには大きすぎ、物資を運ぶには小さすぎる。まだ、前者の転移装置の方が実用性が高かった。
まぁ、これに関してはゼクスに丸投げしている。魔法なんて、あたいには専門外だし。ゼクスなら、きっと何とかするでしょ。
二つ目は、起動に求められる魔力量が多すぎる点。少しずつ改善はされているものの、未だに必要消費量は大きい。聖王国の宮廷魔法師でも、一回分チャージすれば気絶するほど。
とはいえ、他に比べるとマシだった。消費量の削減はもちろんのこと、魔力を蓄えておく魔道具の開発が進んでいるからね。いずれ解決する問題だった。
――で、だ。最後の欠点こそ、あたいが頭を悩ませているものだった。
はたしてそれは、魔道具の耐久性である。膨大な魔力を費やす魔道具は、当然ながら掛かる負荷も並ではない。『消費する』のは魔力だけの話ではないんだよ。
「やっぱり、今ある素材じゃダメか」
「偽ミスリルは魔力伝導率が高いから、行けそうだと思ってたんだけどなぁ。耐久性の飛び抜けてる偽アダマンタイトとの合金は?」
その辺りの事情は、ゼクスたちもよく理解している。ゆえに、スラスラと会話は続いた。
ノマの問いに、あたいは首を横に振る。
「全部ダメだった。偽金属は当然のこと、既存の貴金属の組み合わせのすべてを試した」
小型化すると、その分耐久が下がる。八メートルある転移装置ならまだしも、それ以下のサイズでは力不足だった。
「一番耐久値の高かった偽ミスリルと偽アダマンタイトの合金でも、三メートル大では、既定魔力の三分の一を流した段階で粉微塵になったね。耐えられる限界サイズは五メートルだった」
専用の魔道具による実験だけど、本物で行った場合も似た結果が出るだろう。
「あれま」
「実用化は夢のまた夢だね」
あたいの告げた結果にゼクスは目を丸くし、ノマは呆れ交じりの溜息を吐く。
二人をしても、この結果は想定外だったようだ。もっと耐えられると考えていたのかもしれない。
気持ちは分かる。ゼクスの魔力を使ってノマが生成した偽物とはいえ、ほとんど本物に近しい希少金属だ。期待値が高くなっても仕方ない。
ゼクスが両腕を組み、難しい表情を浮かべる。
「となると、本物が必要になるか……」
「そうだね。本物なら、耐え切れると思う」
本物に近しかったのなら変わらないのでは? と思うかもしれないが、偽物と本物には歴然とした差がある。僅かな差――越えられない壁こそが重要なんだ。
その昔、本物を見たことがあったあたいは断言できた。
ただ、ゼクスの表情が晴れることはない。
「量産は絶望的だろうね」
ノマの言葉がすべてを物語っていた。
本物が良いのは当然の結論。それでも、二人の生成する偽金属を利用していたのは、節約の側面もあるが、入手困難なのが大きな要因だった。
何せ、基本、王族の宝物庫で眠っているような代物に使われるんだ。市場どころか、発掘したという情報自体が出回らない。
あたいが目撃できたのは、本当に奇跡的だった。どっかの王族が修繕目的で『神鉄』のところに持ち込んだものを、たまたま目にできたのである。
様子を見るに、ゼクスたちも実物を見た経験があるようだった。
それぞれの立場を考えると当然か。片や元帥を務める侯爵。片や土属性の精霊だし。
「とりあえずは、負荷軽減と生成方法の見直しの二方面で模索しよう。というか、それしか道はなさそうだ」
眉根を寄せつつ、そう結論づけるゼクス。
そりゃそうだ。ないものねだりは無理である以上、選択肢は限られている。生成方法の見直し――つまり、『本物の生成を目指す』なんて選択ができるだけ、あたいたちの選べる道は多いだろう。
あたいとノマが首肯すると、ゼクスは申しわけなさそうに続ける。
「すまない。大したアドバイスができなくて」
「気にすんなって。この三人が寄ってもそうなら、もう仕方ないことさ」
実際、あたいたち以上にこの件の知識を持つ人材はいない。ゼクスが罪悪感を覚える必要はまったくなかった。
あたいの言葉に、ゼクスは苦笑いを浮かべる。
彼のことだから引きずる心配はいらないが、気まずい空気が流れるのは申しわけない。だから、あたいは冗談を口にした。
「どっかから、ザクザクとミスリルとかが採掘されたら嬉しいんだけどなぁ」
「そんなことになったら、世情が引っくり返るな」
「大陸中の人類が押し寄せるのは間違いないねぇ」
その甲斐あって、暗くなりかけていた空気は消え、笑声が鍛冶場に満ちる。
その後、あたいたちは新作の魔道具や霊道具、己道具のアイディアを出し合い、和気藹々と過ごすのだった。
この時のあたいは知らない。そう遠くない将来、冗談が真実になるなんて。
次回は1月17日12:00頃、『物語開始前の年表』を投稿予定です。




