Interlude-Mikotsu 焦燥は何も生まない
王都にあるフォラナーダの別邸にて。学園から帰ってきたわたし――実湖都たちは、恒例の茶会を開いていた。ちょっとした休憩時間である。
そんな折、メイドさんから一つの報告を受けたんだ。
「へ?」
カロンさんが妊娠した。それを聞いた時、わたしは情けない声を漏らすしかなかった。
しかし、言いわけさせてほしい。わたしたちの世界の常識では、この手の話題はかなり禁忌なんだ。結婚だけでも驚きなのに、それ以上となると情報量過多である。
まぁ、わたしたちの世界でも過去には頻繁にあったらしいし、現代でも一部の国では異母(もしくは異父)兄弟なら結婚できるみたいだから、多少はアリなのかもしれないけど。
いや、カロンさんたちは実の兄妹だ。全然、前述した例には当てはまらない。ダメじゃん。
……ものすごく思考が乱れている気がする。それだけ妊娠の報告が衝撃的だったってことかな? 頑張って落ち着かないと。
わたしは深呼吸を繰り返し、何とか精神状態を安定させた。
こういう時、ゼクスさんの【平静】は偉大だなぁと実感する。一時的な効果とはいえ、一瞬で気持ちを鎮められるんだから。テレパスで再現できないかな?
って、また思考が逸れた。いい加減、本題に戻らないと。
「驚いたね、友里恵ちゃん」
「……」
情報を教えてくれたメイドさんは退室済みのため、この場にはわたしと友里恵ちゃんしかいない。
正面に座る彼女へ声を掛けたものの、返事はなかった。
見れば、友里恵ちゃんは目を見開いて固まっている。
一瞬驚いてしまったけど、すぐに納得した。
友里恵ちゃんは、カロンさんと同じ”ゼクスさんの妹”。同じ立ち位置の人物が一歩も二歩も先に進んだ事実に、衝撃を受けるのは当然のことだった。普段の振る舞いを考慮すると、激情に身を任せて暴れ回ってもおかしくなかったと思う。
こうして沈黙しているのも、それはそれで怖いけどね。導火線の火が火薬に辿り着く寸前の如き、謎の緊迫感がある。テレパスで読んだ思考も、凪のように静かだからなおさらだ。
というか、もしかして、テレパスを妨害してる? なんか違和感があるし。
うーん、感覚からして、微弱な電気を周囲に張り巡らせて、こっちの電気をジャミングしているのかな? 友里恵ちゃん、いつの間にそんな技術を身につけたの……。
親友の成長に呆れながらも、同時に安堵した。
テレパス封じをする余裕があるのなら、暴走する心配はいらないだろう。友里恵ちゃん、本気で怒った時は周りが見えなくなるタイプだから。
程なくして、わたしの予想は正しかったと証明される。
「修行しよう!」
友里恵ちゃんが、そう宣言しながら立ち上がったんだ。
彼女の瞳には燃え盛る闘志が宿っており、先程までの呆然とした表情は消えていた。もちろん、鬱屈した感情も窺えない。
そりゃそうだと、今さらながら思う。
こんなところで折れるほど、友里恵ちゃんは柔な性格をしていない。何なら、イマジナリーお兄ちゃんなんて代物も生み出していなかっただろう。もっと、普通の少女として生活していたはずだ。
良くも悪くも、普通じゃないのが友里恵ちゃんなのである。
「……何か失礼なこと考えてない?」
「気のせいじゃない?」
危ない危ない。友里恵ちゃんの勘が鋭いのを失念していた。気を付けないと。
惚けるわたしを怪訝そうに見つめる彼女だったけど、しばらくすると視線を逸らした。向こうが折れたというよりは、もっと優先すべきことに意識を向け直したんだと思う。
優先すべきこととは当然、
「とにかく修行だよ。もっと強くなって、お兄ちゃんに認めてもらわないと!」
ライバル――と表現するのは烏滸がましいかもしれない――がさらに前へ進んだなら、自分も前進すれば良い。そんな至ってシンプルな答えだった。単純なだけで簡単ではないけど、方向が定まっているのは良い。
とはいえ、不安も残る。
わたしは疑問を投じた。
「強くなるだけでいいの? 恋愛的なアプローチも必要じゃない?」
強くなり、ゼクスさんを支える力を獲得する。
これはとても大事なことだ。恋人におんぶに抱っこなんて望む姿ではないし、わたしも彼に何かを与えたいから。
でも、それだけでゼクスさんは振り向いてくれるんだろうか? ただでさえ出遅れているんだ、他の努力もすべきではないかという心配がある。
すると、友里恵ちゃんは「分かってないなぁ」と肩を竦めた。
少し腹立たしい態度だけど、詳細を知りたいので、黙って話に耳を傾ける。
「お兄ちゃんは、中身重視のヒトです。細かい外見の好みはあるけど、それ以上に性格や信念を気に入って好きになるパターンが多いんです」
「それは分かるよ」
何故に敬語? と首を傾げつつも同意するわたし。
ゼクスさんがあまり外見を気にしていないのは、彼のお嫁さんや恋人たちの顔を思い浮かべれば分かる。可愛い系やキレイ系のどちらもいるし、グラマラスやスリム、ロリもいる。果ては実妹や義弟など。まさに千差万別だ。
「で、お兄ちゃんに一番刺さるのは何かというと、『目標に向かって努力する子』です。それに自分が関わってるなら、なおさら意識します」
「つまり、ゼクスさんのために努力してるわたしたちは、好みド真ん中?」
「ザッツライト!」
指を鳴らし、大仰に頷く友里恵ちゃん。
「お兄ちゃんはね、頑張ってるヒトを応援したくなる人種なんだよ。だから、こっちから近寄らなくても、向こうから声を掛けてくれるよ。今だってそうでしょ?」
「……確かに」
言われてみると、彼女の言う通りだ。ゼクスさんは、合間を縫ってわたしたちに会いに来てくれていた。訓練中の差し入れだったり、訓練終わりのお茶会だったり、そのパターンは多岐に渡る。
「だから、わざわざアプローチしに行かなくても大丈夫。あっちから来た時が攻め時だよ!」
「なんか釣りみたいだね」
「あははははは、言い得て妙」
わたしがポツリと感想を溢したところ、友里恵ちゃんは大笑いした。ツボにはまったらしい。
会話を締めくくるように、友里恵ちゃんは語る。
「そもそも、私たちは告白済みなわけだし、あっちも意識せざるを得ないよ。あまり押せ押せすぎると、お兄ちゃんも引いちゃうかも」
「そうかな? 聞いた話によると、カロンさんたちは攻めに攻めまくったみたいだけど」
「あれを基準に考えちゃダメだよ、実湖都。カロンたちのそれは、彼女たちに色々と障害があったせいだし」
「あ~。カロンさんの死ぬ運命がどうとかって話?」
「それそれ。お兄ちゃんが恋愛に消極的だったからこそ、押しまくったんだと思うよ」
「消極的なのは、今も同じじゃない?」
ゼクスさんを見る限り、彼はこれ以上を望んでいないように思う。
対して、友里恵ちゃんはチッチッチッと舌を鳴らし、おまけに人差し指を左右に振った。
「全然違うよ。昔は確固たる信念をもって断ってたけど、今はただの自戒。しかも、『別にこれ以上はいらないなぁ』っていう、ふわっとした気持ちにすぎないんだよ。お兄ちゃんは結構流されやすいから、昔ほど牙城を崩すのは難しくないよ」
「ふーん」
流されやすいという評価は意外すぎるものの、超絶ブラコンの友里恵ちゃんが言うなら間違っていないんだろう。本当に意外だけど。
わたしは納得の声を上げつつ、結論を述べる。
「力を付けることと、外堀を埋めること。それがわたしたちの優先すべきことなんだね」
すると、友里恵ちゃんは愉快げな笑みを浮かべた。
「ほほぅ。外堀を埋めるなんて手段を思いつくとは、実湖都も割と容赦ないね」
「わたしも、この恋は諦めたくないから」
「お兄ちゃんも罪な男だねぇ」
感慨深そうに語る彼女は、とても愉しそうな笑みを浮かべていた。
からかっているわけではないとは思うけど、少し腹立たしく感じる表情だ。
「友里恵ちゃんも他人のこと言えないでしょ。前世から引きずってるんだから」
だから、若干のいじわるを込めて反論するわたし。
それを受けた友里恵ちゃんは――
「うん。私はもう二度と諦めないよ、天地が引っくり返ってもね」
――と、真顔で返してきた。
その瞳に宿るのは、先程まであった情熱とは異なる。どこまでも深い闇だった。
自分で話を振っておいて何だけど、ちょっと怖い。いやまぁ、彼女らしい反応ではあるんだけどさ。
わたしは苦笑する。
「それでこそ友里恵ちゃんだよね」
「それ、どういう意味よー」
冗談交じりのセリフ溢すと、友里恵ちゃんはは唇を尖せて抗議してきた。そこに、先程までの冷たさはない。
わたしの親友、感情の起伏がジェットコースターである。ゼクスさんが絡む時に限るけども。
まぁ、ここまでの執念があるから、追いかけ続けられるんだろう。そんな親友のお陰で、わたしも折れずにいられる。
一歩に歩も先を行くライバルを見て焦るのは事実。でも、親友と二人で挑んでいけば大丈夫!
この時のわたしは、そんな呑気な感想を抱いていた。
友里恵ちゃんがテレパス封じなんて技をどうして習得したか、深く考えもせず。
次回の投稿は1月16日12:00頃の予定です。




