Chapter29-ep2 向き合う
キサラが旅立って、さらに三日後。王都の正門前には、オレを含めた多くの人々が集まっていた。
正門なんだから当然なのでは? と思うかもしれないが、理由が違う。ほぼ全員が、一人の見送りのために集合しているんだ。
しかも、幾人かはとても豪華な面子だった。
カロン、マリナ、マイム、スキア、ユリィカ、友里恵、実湖都といったフォラナーダのメンバーは当然のこと、テュホン公爵や宮廷魔法師団の面々まで。懐かしいところだと、グレイ元第二王子やジグラルドなんかもいた。
最後の二人で察しがついたと思うが、見送られる人物とはセイラだった。彼女が本日旅に出るため、友人や世話になった者たちが集ったんだ。
「お待たせして申しわけございません」
ふと、セイラが、オレたちフォラナーダの集まる場所に近づいてくる。
つい先程まで、彼女は同じ孤児院出身のキョウダイたちと挨拶を交わしていた。もちろん、テュホン公爵や宮廷魔法師団、学園時代に仲良くなった友人、グレイ、ジグラルドとも。
オレたちの番が最後なのは、そうするようにアドバイスしたためである。公爵を後回しにするわけにはいかないし、オレには最後の仕事が残っていたからね。
「気にする必要はない。こちらから頼んだことだ」
「そうですよ。挨拶が長引いたのは、セイラさんが皆に愛されている証拠です」
「そうそう。今生の別れってわけじゃないけどー、やっぱり節目の挨拶は大事だからね~」
セイラの謝罪に、オレ、カロン、マリナの順に返す。他の面々も首肯して同意を示した。
「ありがとうございます」
それを受け、僅かに胸を撫で下ろすセイラ。
すると、カロンが心配そうに尋ねた。
「それにしても、本当に旅に出るのですか?」
言葉にはしていないものの、セイラの翻意を望んでいることが声音から分かる。
気持ちは分からなくもない。彼女は光魔法を取り戻したのみならず、金魔法に目覚めたんだ。そう遠くない未来に伯爵位は手に入るし、魔法師としての貢献度も高くなる。
要するに、国内に留まれば、安泰な将来が約束されていた。このタイミングで旅に出る意味はないに等しいだろう。キャリアを失うとまでは言わないが、無駄な時間だと捉える者は多そうだ。
無論、カロンは、そういう意味で翻意を望んでいるわけではない。純粋にセイラの身を案じているんだ。
金魔法を習得したことで、セイラは限界突破した。しかし、危険蔓延るこの世界で絶対の安全などありはしない。一人旅ならなおさら。
とはいえ、カロンの一言で意見を翻すなら、現状はない。何度心配されようとも、セイラは自分の決断を曲げなかった。
苦笑を溢しながら、セイラはカロンへ返す。
「心配してくれるのはありがたいですが、もう決めたことなので。私は旅に出ますよ」
「……そうですか」
これが最後の説得だと考えていたんだろう。残念そうに肩を落とすカロン。
ただ、それも一瞬だ。すぐに表情を改め、笑顔で告げた。
「何度も申しわけございません、セイラさん。病気やケガには気を付けてください。そして、何かあれば連絡をください。即座に駆けつけますから」
「私を心配してくれた末ですから、お気になさらず、カロンさん。それに、これでもランクA冒険者です。注意事項は心得ていますよ」
カロンの激励に対し、セイラは両の握りこぶしを掲げた。頼もしい姿である。
しかし、そこに四つのツッコミが入った。
「どうかなぁ。セイラちゃんって結構抜けてるところあるし」
「食べ物わすれたー」
「そ、そうですね。い、以前の遠征の際、し、食料を丸々忘れるところでした」
「一人旅だとフォローしてくれるヒトはいないですから、かなり慎重に動かないとダメですよ?」
冒険者チーム『エスプリ』の憂慮だった。
彼女たちの発言を聞き、セイラはにわかに慌てだす。
「そ、それは言わぬが花って奴では? 私だって、そう何度も忘れ物はしませんし!」
「「「「ふーん」」」」
必死に弁明するセイラだったが、マリナたちの反応は芳しくなかった。生温かい視線を、当の彼女に向けている。
「本当に大丈夫でしょうか?」
一連の流れを目撃し、カロンの抱える不安も増してしまったらしい。頬に片手を添え、疑わしげなセリフを呟いた。
それが聞こえていたんだろう。セイラは力強く断言する。
「私は大丈夫ですから! ミスをまったくしないとは断言できませんけど、挽回はできます!」
そこはミスを少なくする方で努力しようぜ。
内心でそう考えたが、口にするのは止めておいた。女性同士の雑談に横入りするのは無粋だもの。オレは空気の読める兄であり夫なのだ。
案の定、カロンたちに次々とツッコミを入れられるセイラ。若干涙目である。
ただ、彼女たちもお小言ばかりではない。
「ですから、私たちを頼ってくださいね? 必ず、助けますから」
「カロンちゃんの言う通りだよー。わたしたち、友だちなんだから」
「たすける!」
「だ、誰かを頼ることは、け、決して、は、恥じゃないです」
「そうですよ。ユリィなんて、いつも誰かに頼ってばかりです」
柔らかい笑みを浮かべ、絶対に頼ってくれと念押ししていた。
どこまでもセイラを案じた言葉。一片も他意は感じられない。
感情を読めないセイラでも、その辺りは察しがついたんだろう。先程とは別の意味で瞳を潤ませた。
「ありがとう、ございます」
彼女は感激した風に礼を告げ、続ける。
「私、この大好きな世界を、改めて見て回りたいんです。自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて、私の“好き”を知りたいと思ったんです。今度こそ迷わないために。大好きな部分を増やしたいために。私の中の“愛”を実感した今だからこそ、目を逸らしたくない」
それは、初めて語られた旅の動機だった。今までも『見分を広げたいから』とは聞いていたが、何を思ってその決断に至ったかは口にしていなかったんだ。
カロンたちに対する決意表明みたいなものだろう。セイラにとっても、彼女は特別な仲間という認識なんだと思う。
セイラの心に触れ、カロンたちは満面の笑みを浮かべた。
それから、和気藹々と談笑する彼女たち。
キリの良いタイミングを見計らって、オレはようやく口を挟んだ。
「最後に、オレからいいかな?」
「は、はい。何でしょう?」
途端、緊張に身を震わせるセイラ。
仕方ないとは理解しているものの、少しショックな反応だな。
心のうちで溜息を吐きつつ、懐からペン型のペンダントを取り出す。そして、それを彼女に投げ渡した。
「っとっと。……これは?」
危うくもキャッチに成功した彼女は、ペンダントを掲げながら疑問を呈する。
オレは笑みを浮かべながら答えた。
「護身用の魔道具だ。【念話】や結界はもちろん、簡易な転移や武器への変形など、計十個の機能を搭載してる。脇のボタンを押すと説明書が出てくるから、あとで熟読してくれ」
ノマやリンデと一緒に作った、最新の自信作である。
最初は百の機能を付けようと思ったんだけど、ミネルヴァから『使いこなせるわけがない』との指摘が入り、泣く泣く諦めた。理論上は可能だったんだけどなぁ。
まぁ、その代わり、一つ一つの機能をグレードアップしたので良しとしよう。刻印場所の空間拡張という新技術を試せたのも大きい。
「こ、これは……」
早速、説明書――空間に魔力を投影するタイプ――を読み始めたセイラは、頬を引きつらせた。
それを受け、カロンたちも横から説明書を覗き込む。漏れなく、全員が硬直した。
おそらく、最新技術の結晶に感動してくれているんだろう。ふふふ。
程なくして、カロンが恐る恐るといった様子で問うてくる。
「……お兄さま。どうして、ここまで機能を盛ったのですか?」
「どうしてって、カロンたちの友人だからだよ。キミたちに悲しんでほしくない」
新技術を試したかったという理由もあるけど、それを口にするほど愚かではない。このパターン、怒られるのがいつもの流れだからね。
ちなみに、今しがたの返答も嘘ではない。さすがに、何の関係もない人間に最新技術を渡すほど、オレは耄碌していなかった。
セイラの為人を知っており、カロンたちと仲良くしてくれているからこそ、今回の魔道具を託すんだ。
「お兄さま……」
オレの選択は正しかったらしく、カロンは感激した様子でこちらを見つめてくる。
外野が『カロンちゃんチョロすぎ』とか口にしているが、努めて無視した。
「旅を終えた時、必ずカロンたちと笑顔で再会すること。それが、オレからセイラ殿への唯一のお願いだ」
話題が嫌な方向へ進む前に、オレはセイラへ伝えたいことを伝える。
それを受けた彼女は真っすぐオレを見つめ、深々と頷いた。
「分かりました。応えられるよう、力を尽くします」
「よろしい」
このやり取りを区切りに、セイラはいよいよ出発の準備を整える。
最後の最後、見送りに来た全員と握手を交わし、正門の前に立った。
「それでは、行ってきます!」
「「「「「「「「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」」」」」」」
盛大な見送りに対し、笑顔で手を振って応えるセイラ。
それは、彼女の姿が完全に見えなくなるまで続くのだった。
これにてChapter29は閉幕となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
今後は、三話ほど幕間を挟み、1月19日からChapter30を開始する予定です。




