Chapter29-ep1 最期(3)
先日、コミックガルドにてコミカライズ9話が無料公開となりました。
フォラナーダ三兄弟の冒険回です。よろしくお願いします!
『あー、順序がおかしくなって申しわけない。僕が何者か名乗ろう。僕の名前はゼオン。キミたちが初代勇者と呼んでいる戦士さ』
おそらく、オレが青年――初代勇者ゼオンの素性を把握できていないと考えたんだろう。突然、キサラの保護者面した不審幽霊だと。
流れ的にそんな展開もあり得そうだが、今回は勘違いだった。
オレは、彼がゼオンだと予想できていたのである。これまでの条件に当てはまる幽霊なんて、初代勇者しかいないからね。
まぁ、名乗ってくれてありがたいのは確かなので、いちいち訂正するつもりはない。
ゼオンに向かって、オレは一礼する。
『かつての救世主からご挨拶を賜り、恐縮です。ご存じのようですが、私はフォラナーダ伯爵領の当主、ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダと申します』
『嗚呼、よろしく。キミたち……というよりは、キサラのことはずっと見守っていた』
『そうなんですか?』
こればかりは本気で驚く。彼の視線を、オレは一度も感知したことがなかったためだ。
こちらの反応を見て、ゼオンは肩を竦める。
『何と説明したらいいかな。俗にいうあの世から、僕はこっちの世界を覗いていたんだ。ゼクス殿が気づかなくても無理はないと思うよ。この会話の仕方以上に、周波数が違うからね』
あの世が存在するのか。
またもや驚愕する。オレを含めた転生者の存在からして、死んだ魂はすぐに次の人生へ向かうものとばかり思っていた。
ゼオンが嘘を吐く理由もないし、個々人で行く先が異なるのかもしれない。
周波数に関しては、今は無理だな。【超越】下なら合わせられそうな気配はあるけど、無理に実行する価値を感じない。
そういうものがある、と認識しておく程度で良いだろう。
オレが色々と思考を巡らせている一方で、ゼオンは深々と頭を下げた。
『本当にすまない。キサラのせいで、ゼクス殿たちには要らない苦労を背負わせてしまった』
彼に背中を叩かれ、キサラも「ご、ごめんなさい」と頭を下げる。
初代勇者は、熟練の初代聖女使いだったか。
そんな冗談を思い浮かべるほど、ゼオンは完璧に主導権を握っていた。さすがは千年前の相棒である。
ここで気を遣って『気にしないで。結果的に丸く収まったんだから』とは返さない。ゼオンには悪いが、キサラには反省してもらいたいからね。
程なくして元の姿勢に戻ったゼオンは、申しわけなさそうに語る。
『本来なら、何らかの補填をするところだけど、今の僕は死んだ身の上。ゼクス殿に与えられるモノが何もない』
『そちらに関してはお気になさらず。かつての英雄にたかるほど、我々は切羽詰まっておりませんし、落ちぶれてもいません。それに今回の一件も、厄介ではありましたが、危機的ではありませんでした』
『謙遜と言えない点が、あなたの末恐ろしいところだな。あの魔王の群れを、羽虫を払うが如く倒してしまったんだから』
こちらを覗いていたというセリフに、過言はないようだ。ゼオンの口振りから、オレがどのようにしてグリューエンたちを倒したのか、知っている気配があった。若干、声も震えている。
然もありなん。彼は、人類総出で二人の魔法司と戦った身。劣化版とはいえ、六万越えの奴らを、遠距離攻撃一回で倒したのは衝撃的だったんだろう。
あの程度であれば、正面から相対するという条件付きで、オレや嫁たち抜きのフォラナーダでも対処できるんだけど……それを教えたら、彼はどんな反応をするかな?
少しだけ嗜虐心が顔を覗かせるものの、間一髪で抑え込むことに成功する。これ以上は収拾が付かなくなりそうだもの。
こちらの内心など露知らず、ゼオンは再び頭を下げた。
『結局のところ、差し出すものがないという現実は覆らない、か。ゼクス殿の善意に甘えることになり、本当に申しわけない』
『先程も申し上げましたが、お気になさらず』
オレは笑顔で応対しつつ、ひっそりと考える。
おそらく、ゼオンはこの展開を予想していたと思う。
謝罪の品を送れないことは、現れる前から自明だった。そして、オレが『何も要らない』と返答することも、一部始終を見ていた彼なら読めていただろう。
気の好い人物に見えて相当強か。それが、オレのゼオンに対する評価だった。
いや、彼が本心から謝罪しているのも事実。気の好い一面も確かに存在するんだろう。人間なんて、複数の顔を持っていて当然だし。
自分本位に周りを救う聖女と、優しく合理的な勇者。実に噛み合いの良いパートナーだな。
会話に一区切りついたタイミングで、ゼオンが改めて口を開いた。
『それでは、我々は行くよ』
『あの世に戻るんですか?』
言い回しから、ゼオンはキサラを連れ帰るために現れたんだろうと踏んだ。
しかし、この予想は少し間違っていたらしい。
ゼオンは首を横に振る。
『いや、あの世には帰らないよ。我々は、このまま消滅する』
「ゼオン!?」
ゼオンの言葉は、キサラにとっても予想外だった模様。調子の外れた声を上げ、彼の方を勢い良く見た。
そんな彼女に、ゼオンは優しく告げる。
『元々、そうする予定だったんだ。万が一、キミが戻ってきた時は、ともに消えようってね。一度世界に溶けたキミは、もはやどこにも進めない。あの世にも、次の人生にも。だから、パートナーとして一緒に消える』
「そんな必要――」
『ないとは言わせないよ。僕はね、キミだけを人柱にしたことを後悔していたんだ。ずっとずっと、死んでからもずっと。だから、次の機会があるなら、絶対に一人にさせないと誓った』
「あれは私が勝手にやったことで……」
『そうだ。キミは一人で勝手に人柱になると判断し、みんなが止め入る暇もなく世界に溶けてしまった。すべてはキミが選択したことであり、キミの責任だろう』
「なら――」
『だから、僕がこの選択をしたのも、キサラの責任だ』
ゼノンは冷酷な声音で、キサラの言い分を切り捨てる。
『僕がこの道を選んだのは、キサラが自分勝手に振る舞った結果だよ。すべてとは言わないけど、責任の一端はある。キミには、現実を受け止めなくちゃいけない』
無慈悲に容赦なく宣告するゼオン。
その瞳には揺るがぬ意思があった。絶対に翻意は望めない決意だと、オレは密かに悟る。
パートナーだったキサラは、オレ以上にそれを理解しただろう。顔を真っ青にし、涙を流し始めた。ゼオンに抱き着き、彼の選択を拒絶するような態度を取る。
対するゼオンは、申しわけなさそうな表情を僅かに浮かべながらも、無言を貫く。
「なるほど」
二人の様子を眺め、オレは得心の言葉を口内で転がした。
これは罰であると同時に愛なんだ。キサラに自身の行動による罪を自覚させつつも、自分も一緒に寄り添うことで一人にはさせないという愛情表現。
厳しいのか甘いのか、判断に迷う決断だな。効果は如実に表れているが。
「な、何があったのですか、お兄さま?」
ゼオンを認知できていないカロンは、困惑した様子で尋ねてきた。彼女からしてみれば、キサラが突然泣き出したのだから仕方ない。
オレが端的に状況を説明すると、カロンは「それは……」と口にして黙り込んだ。複雑な表情を浮かべたまま、顔をうつむかせる。
ゼオンの覚悟とキサラの悲嘆。どちらにも共感できるゆえの惑いかな。自分が口を出すのはお門違い、というのも含まれるか。
そう。この問題に介入する権利を、オレたちは有さない。できるのは、見守ることのみだ。
どれくらいキサラは泣き続けただろうか。
ふと、彼女はその嗚咽を止めた。ゼオンから離れて顔を腕で拭い、その表情をあらわにする。
さすがは英雄と言うべきか。キサラは決然とした表情を浮かべていた。その瞳に覚悟を宿していた。ゼオンの決断を受け入れ、自身の心に折り合いをつけていた。
一点の曇りもないとは言えない。しかし、心の決着はついたようだった。
それを認めたゼオンは一つ頷き、オレたちの方を見る。
『最後までお騒がせしてすまない。僕たちはもう行くよ』
そう言って、彼はキサラの手を握る。キサラも、そんな彼の手を強く握り締めた。
途端、二人の気配が一気に薄まっていた。視覚的にも透明になっていく。
最後。二人が完全に消滅する瀬戸際。キサラが頭を下げる。
「迷惑をかけてごめんなさい。そして、ありがとう」
彼女が頭を上げる機会は、二度と訪れなかった。
「これで良かったのでしょうか?」
静まり返る中庭で、カロンが複雑な心境を吐露する。
オレは空を仰ぎつつ、思考を巡らせる。それから、ゆっくりと答えた。
「それは、オレたちが決めることじゃないよ」
どういう結末を迎えるかは、人それぞれだ。彼らがそれで良しと決めたのなら、他者がとやかく言うことではない。たとえ、それが美しい締めくくりではなくとも。
まぁ、他者に爪痕を残したのは、彼ららしい結末だったのではないだろうか。ホント、お似合いの二人だよ。
次回の投稿は1月7日12:00頃の予定です。




