Chapter29-ep1 最期(1)
グリューエン軍団の発生から三日後、オレとカロンは王城を訪れていた。緊急性の高い事後処理を終えたので、聖王国上層部へ一部始終の説明をしに参上したのである。
当然、オレたち二人の傍らには、事の発端を作った初代聖女キサラもいた。
「ご苦労だった」
オレとカロンが一通り話し終え、何とも言えない静寂が会議室を包む中、ウィームレイが短く労いの言葉を紡ぐ。
大惨事を回避した功労者にそれだけ? と思うかもしれないが、ウィームレイを責めないであげてほしい。
まぶたを閉じ、眉間を指で懸命に解している姿を見れば、彼もいっぱいいっぱいなのだと分かる。他の重鎮と同様、今回の事件にどう向き合ったら良いのか判断できていないんだ。
一言とはいえ、順当なセリフを口にできただけ上等だろう。
念のためにフォローしておくが、ウィームレイ含めた重鎮たちの態度は、無理からぬものだった。
何故なら、グリューエンが大量発生しただけならいざ知らず、その原因を作ったのがキサラの暴走だったんだから。
自分たちの崇めていた偉人の大失態を知り、平静を保てるわけがなかった。
はじめは【平静】の使用を考えたが、止めておいた。ここに顔をそろえているのは、聖王国を運営している者たちである。いつまでも心を乱すほど、愚かではないはずだ。
キサラの熱狂的ファンだったイングローガ公爵とテュホン公爵は分からないが。今にも魂が抜けそうな表情を浮かべているし。
まぁ、両公爵に関しては放っておこう。前者は宰相であるものの、二人程度が抜けても今回の会議に支障はない。
オレの予想は正しく、メンバーの大多数が程なくして正気に戻った。一同を代表して、ロラムベル公爵が問うてくる。
「事情は把握した。またしても、フォラナーダに助けられたということだな。毎度のことながら感謝する」
「謝辞は受け取りましょう。しかし、お気になさらず。魔王関係は私の担当ですので」
「そう言ってくれると、我々としても助かる。……で、だ。今回の会議は『初代聖女殿にどのような罰を与えるか』という目的で合っているか?」
彼がそれを口にした瞬間、若干の騒めきがあった会議室が再び沈黙した。物音一つ鳴っていない。
重鎮たちの動揺の核心だった。
信賞必罰は世の常。統治者側としては当然の思考である。結果オーライだから良し、とはならない。ゆえに、世界を危機にさらしたキサラには、相応の罰を与えなくてはいけなかった。
ところが、事はそう単純ではない。
身内への罰でさえ不公平な情状酌量を与える輩がいるんだ。聖王国の創始者であり、かつて世界を救った偉人を相手に、規定通りに処理するのは難しかった。
感情によって視座が歪むのは、人類の持つ特徴なのだから。
とはいえ、感情論を抜きにしても、判断が難しい問題だろう。
当時の状況は分からないが、彼女が身を賭して世界を救ったのは紛れもない事実。世界を救った回数と危機にさらした回数が同じなんだ。釣り合いが取れていると言えなくもない。むしろ、滅ぼしていないだけプラスに傾いているか?
そも、現行法は救世主に対応していないのである。通常の判例で裁けないのは当たり前だった。
オレとしては、適当な罰を与えた方が良いと思うけどね。
何せ、当人があまり反省した様子がないんだもの。結果的に良い方向に落ち着いたって。例の自己犠牲色魔法についても、あれしか方法はなかったと断言している始末。
再犯する可能性が非常に高い以上、それを戒めるための枷は必要だった。
――なんて、色々語ってしまったが、実のところ、今回の主目的は『キサラの罰について』ではなかった。
ロラムベル公爵の質問に対し、オレは首を横に振る。
「違いますよ。残念ながら、今のキサラさまは罰を受けられる状態ではありません」
「それはどういう意味ですか?」
真っ先に反応したのは、イングローガ公爵だった。キサラの信奉者として、聞き捨てならない内容だったんだろう。見れば、テュホン公爵も鋭い視線をこちらへ向けている。
僅かに視線を下に落とすキサラを、横目で捉えながら答える。
「先程報告した通り、キサラさまは魔法を行使しました。元々、魔法を使うのに身を削る必要があったことに加え、その魔法も自らを代償とするもの。ゆえに、今の彼女はかなり不安定な状態なのです」
予想していた範疇の質問だったため、淡々と言葉を紡ぐオレ。
それを受け、イングローガ公爵は苦渋の表情を浮かべた。
「フォラナーダ侯爵や『陽光の聖女』殿の手をもってしても、何とかならないのですか?」
「残念ながら」
もっと【超越】を熟達していれば違ったのかもしれないが、現状ではどうにもならない。
光魔法に至っては管轄外である。カロンやスキア、アリアノートでは解決を図る以前の問題だった。
それほどまでに、キサラの内部はボロボロだった。物理的というよりは概念的に。
無理な魔法行使によって魂の根幹を削り、【我が黄金を世界へ捧ぐ】によって自身の幸福を削った。
喩えるなら、魂の根幹が『生きるために消費するエネルギーの源泉』で、幸福が『世界に存在するための重し』かな。
生きるための糧を著しく失い、存在するための重さを欠いたキサラは、いつ崩れてもおかしくない砂上の楼閣。もしくは、いつ吹き飛んでも不思議ではない糸なしの凧だった。
どちらかのみなら何とかなった可能性はあるが、どちらとも削れては手の施しようがない。片方の欠落が、片方の回復を阻害するのである。
正直、今キサラが存在できているだけで、奇跡に等しかった。
キサラの色魔法が完全に解決する直前、カロンが解呪および回復の魔法を放ったから。オレが迅速に魂の補填をしたから。この二点のお陰で、何とか世界に留まっているにすぎない。
「つまり、キサラ殿に罰を与えようと、それをまっとうする前に消滅する可能性が高い、と」
呆然とするイングローガ公爵に代わり、ここまで黙っていたウィームレイが口を開く。
彼は口元に手を添え、続けた。
「では、この会議の目的はなんだい? 魔王復活の一件を報告するためだけではないのだろう?」
豪胆だな。ここでキサラに関する話題をスルーするとは。
キサラ贔屓の公爵二名が会議を引っ掻き回す前に、話を進める算段なのかもしれない。
こちらとしてはその方が助かるので指摘はしないが、先祖に対する扱いがぞんざいである。
オレは心のうちで苦笑いしつつ、ウィームレイの問いかけに頷く。
「はい。色々と調整したい案件があり、お歴々方に集まっていただきました。特に、今回の一件では魄術大陸の方々にも力添えをいただきましたので」
事前に許可を取り、あちらとも交渉を済ませてはいる。例えば、天翼族との戦争に際して結んだ契約の見直しなどだ。
しかし、グリューエンの影響力を考慮すると、追加報酬も検討すべきだった。働きと対価の釣り合いを取ることに加え、聖王国の度量を示すことにもなる。
国家間のやり取りを少数で決定するわけにはいかないため、こうして重鎮には集合してもらったんだ。
こちらの説明を受け、ウィームレイはしかと頷く。
「あい分かった。これから、魄術大陸との新たな交渉について話し合うとしよう。テセルスとテュホン公爵も早く正気に戻れ。衝撃的な内容だったのは確かだが、公私は分けてほしい」
「申しわけございません、陛下」
「申しわけない。歳を取ると、どうしても予想外の出来事に対応し切れず」
「良い。己が職務をまっとうしてくれるのならな」
「ありがとうございます」
「感謝します、陛下」
ウィームレイの執り成しもあり、イングローガ公爵とテュホン公爵も我に返った。そして、今後に関する話し合いが進められる。
優秀な人材がそろっていることもあって、会議は滞りなく進行した。うつむいて沈黙を貫くキサラを放置して。
今話が本年最後の投稿となります。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
来年も、書籍版やコミカライズともども、よろしくお願いします!




