Chapter29-5 淡朽葉色の愛(4)
「はぁ、はぁ……私の、勝ち、です」
グリューエンの十メートル手前まで近づいたセイラは、息を乱しながらも勝利宣言をする。
とはいえ、結構ギリギリだな。傷こそ皆無だが、魔力が枯渇寸前だ。あと魔法を数発も放てば気絶してしまうだろう。
一方のグリューエンは、ギリギリと歯を食いしばり、絶叫する。
「まだよ。私は、まだ負けてないッ。この程度の障害、私なら乗り越えられる!」
必死な様相からは、まったく乗り越えられそうに見えない。完全に無駄な足掻きをする悪役のセリフだった。
――が、オレは違う感想を抱く。
すでに【汝の闇が命を差し出す】を発動済みだったか。他の劣化グリューエンは使用していなかったのに。
一番強く復活した奴だからなのか、なかなか面倒くさい展開である。
金魔法【汝の闇が命を差し出す】とは、自身にトドメを刺した相手の命を奪う復活系の術だ。
相手の体は別人だから、元々殺さないのでは? と思うかもしれないけど、【汝の闇が命を差し出す】の厄介なところは別にある。
この術は魂に刻み込むんだよ。つまり、グリューエンの魂が素体の魂に縫い合わされたのと同義。生半可な術では引きはがせなくなったんだ。
十中八九、ニナの方法では不可能。オルカがギリギリ可。万全を期すなら、オレかサザンカが対処すべき案件だった。
同様の理由で、魔力操作の阻害もあまり意味がない。条件に反応して、勝手に術が発動するからね。
仕方ない、オレの出番だな。もう少しセイラを見守りたくあったけど、これ以上は彼女に対応できないだろう。
元々、オレが最後の始末をつけるしかなかったんだ。予定が前倒しになっただけである。
椅子から腰を上げようとするオレ。
しかし、その前にセイラが声を上げた。
「私に任せてください、ゼクスさん!」
彼女はグリューエンを見据えたまま、オレに語る。
「状況は分かってます。大丈夫です、私に任せてください」
功を焦っている気配も、勝利に酔っている様子もない。至って冷静な口調だった。湛える感情も、僅かな高揚のみ。
彼女は【汝の闇が命を差し出す】の存在にも気づいている。その上で、自分で何とかすると断言したんだ。
おそらくだが、セイラは“答え”を見つけたんだろう。この戦闘の中……いや、これまでの旅と仲間たちとの交流を通して。
ならば、信じよう。いざという時は、オレがフォローすれば良い。
「分かった。任せよう」
ジッとセイラの背中を見つめること約十秒。オレはGOサインを出した。
セイラは「ありがとうございます」と礼を言い、グリューエンとの十メートルを詰め始める。
ちなみに、今のやり取りで、初めてオレの存在に気付いたグリューエンは、ただでさえ悪かった顔色が、さらに悪化していた。ゾンビの如き土気色である。
まぁ、そのお陰で、グリューエンが逃亡することなく棒立ちだった。セイラは、簡単に奴の目前へと辿り着く。
セイラが目の前に立ちはだかったことで、ようやくグリューエンは我に返った。彼女を睨みつけ、怒声を上げる。
「お前がいなければッ」
怨念を詰め込んだような声とともに、奴はセイラに殴りかかった。
魔力操作ができないため、素の令嬢のパンチ。威力はお察しだった。
当然、セイラはそれを片手で受け止める。そして、なおも暴れようとするグリューエンを素早く倒し、押さえ込んだ。
鮮やかな組み技だ。マリナが教えたのかな?
完全に決まった技を、素の筋力で振り払えるわけがない。セイラの下敷きになったグリューエンは、ようやく大人しくなった。わーわーと未だ喚いてはいるけど、それも口元に遮音結界を張ることで防ぐ。
はてさて。セイラは、ここからどうするつもりなんだろうか?
グリューエンの魂を引きはがすのも、殺すのも、今の彼女には不可能な手段だが。
オレたちが期待を寄せる中、セイラは深呼吸をした。それから、滔々と語り始める。
「私はこの世界が好きだった。遊び倒したゲームが現実になったんだから当然だよね。好きだったキャラが、好きだった物語が、好きだった町並みが、全部全部目の前に現れたんだ。こんな状況になって、興奮するなって方が無理でしょ」
笑顔を煌めかせ、楽しそうに話すセイラ。
しかし、その表情は一転して曇り出す。
「でも、この世界は“好き”だけではいられないって思い知りもした。どう足掻いても、ここは現実なんだって実感した。好きなキャラたちは生きたヒトだから、思い通りになんて動いてくれない。好きだった物語もその通りに進むわけじゃないし、裏で色んな酷いことが起きてたことも知った。まぁ、町とか建物はそのままだったけど、私の“好き”が完成されたモノじゃないことを知るには十分すぎた」
彼女は唇を噛む。
「魔王を知った。この世界を嫌い、醜いと感じる狂気を目の当たりにした。戦争を知った。多くの人々が傷つき、傷つける残酷さを実感した。学園を卒業して、この世界に蔓延る不平等さを知った。貧富や種族などで差別される現実を思い知った。そして、こう思っちゃったんだ。『嗚呼、好きだったこの世界も、前世と何も変わらないじゃん』って」
彼女は苦笑する。
「笑っちゃうよね。そう思ったら、もうダメだった。前世の世界と同じだと思ったら急に力が抜けちゃったんだよ。ここは“好きな世界”なんかじゃなくて、ただ私が暮らしてるだけの場所なんだって。『愛を失った』って指摘された時、すごく納得しちゃった」
それは独白だった。彼女が転生してから感じた、この世界に対する想いだった。空想と現実のギャップに苦しむ、一人の女性の嘆きだった。
そこまで語ったところで、セイラは再び深呼吸をする。まぶたを閉じて幾秒か瞑目し、ゆっくりと瞳を開けた。
そこには、先程までの諦念の込められた苦笑いはなかった。真剣で、真っすぐな強い意思が宿っていた。
「でも、友だちや仲間と交流して、みんなで国中を旅して、好きだった世界や物語を見つめ直して、私は思い出したんだ。好きだったものは何も変わってないって」
セイラから膨大な魔力が噴き上がる。どこに隠していたと言わんばかりに、神々しいまでの黄金――否、淡朽葉色が周囲を照らす。
「私、気づいたんだ。私の世界を見る目が変わっただけ。今まで見えなかった……ううん、違う。見ようとしなかったものが見えただけ。好きだった全部はそのままだったはずなんだよ」
膨大な淡朽葉色の魔力はセイラを中心に渦巻き、徐々に集約していく。
「私は同じ孤児院ですごしたキョウダイたちや先生が好き。原作通りに仲良くなった友だちが好き。原作からは変わり果てたけど、私を認めてくれたカロンが好き。どうしようもなく情けない私にも優しく手を差し伸べてくれたマリナたち『エスプリ』のみんなが好き。オタク趣味を語り合えた友里恵や実湖都が好き。ゼクスさんは……ちょっと怖いけど、これまで出会ったたくさんのヒトたちが好き。町も場所も彼らが紡いできた物語も、すべてが愛おしい。醜い部分があったとしても、この感情は嘘じゃない」
集約された魔力は、最終的にセイラの右手のひらに収まった。
彼女はそれをギュッと握り締める。指の隙間から漏れ出る淡朽葉色の光を浴びながら、口を動かし続ける。
「結局、現実と向き合えなかった私の弱さを、この世界のせいにしていただけだった。世界は何も変わってない。ここはずっと私の好きな世界のままだった。だから――」
そして、セイラは紡いだ。最大の愛を込めたその言葉を。
「――【我が淡朽葉色の愛を世界に捧ぐ】」
彼女が詠唱した直後、彼女の魔力が結界内を染め上げた。それはマリナたちの結界をも淡朽葉色に染め上げ、オレの結界に衝突する。
すごいな、この魔法。オレの結界も浸食しようとしている。気を抜くと危ないぞ。
少し気合を入れ直し、セイラの色魔法に耐える。危険なものでないと分かっているものの、外に漏れ出たら騒動になりかねないからね。
たっぷり一分は光り続けた魔力は、ゆっくりと収まっていった。
色魔法が消えた跡には、気絶して倒れるセイラとグリューエン――ではなく、ホスティア伯爵分家の令嬢がいた。
「何が起こったんですか~?」
光に目をやられたのか、両眼を抑えて転げ回っている転移者組を尻目に、いつもと変わらぬ調子でマリナが尋ねてくる。
オレは魔眼で読み取れた情報を頭の中で整理しつつ、答えた。
「セイラの金魔法だよ。効果は……『対象を望む姿に変える』ってところかな」
「『望む姿』ですか~? 具体的には?」
「うーむ。今回の場合、ホスティア……素体だった女性を対象にしたんだ。で、彼女が望むのはグリューエンに乗っ取られる前の自分。ゆえに、グリューエンの魂が排除された」
「たとえば、術の対象が何かしらの身体的コンプレックスを抱いてたら~」
「そのコンプレックスがなくなるんじゃないか?」
セイラの金魔法のすごいところは、現実的な実行の可否を無視できる点だった。おそらく、種族の変更さえ実現できてしまうと思う。
「また、とんでもない魔法を覚えましたねぇ」
「原動力が“愛”だから、ポンポンと発動はできないと思うけどね」
初代聖女が己の幸福を糧にしているのと同じで、セイラは愛を捧げている。リスク面では、圧倒的にセイラに軍配が上がるけども。
いや、使い勝手もセイラの勝ちか? 彼女の先程の独白を聞く限り、際限なく愛を抱けそうだし。
……あとで釘を刺しておこう。気軽に使って騒動を起こされては堪らない。
さて。
「セイラとホスティア伯爵分家令嬢を回収しようか。ほら、転がってる二人。いつまでもふざけてないで、撤収するぞ」
「ふ、ふざけてるわけじゃ……」
「大真面目に目が痛いんですよぉ」
そんな泣き言を溢す友里恵たちだけど、あれは攻勢魔法ではないので、致命的なダメージは受けていないはずだ。魔眼の診察でも同じ結論が出ている。
要するに、単に目がくらんだだけである。放っておいても問題なさそうだった。
そんな茶番を繰り広げている間に、オレは気絶しているセイラたちを【位相隠し】内に回収。撤収の準備が整った。
「事後処理が大変そうだなぁ」
【位相連結】を開いたオレは、この後の苦労を想像し、溜息を吐く。
すると、マリナが苦笑いを浮かべた。
「でも、お陰でセイラちゃんの問題は解決しましたよ~」
「それだけは救いだな。場合によっては、かなり時間を要すると思ってたし」
逆に言うと、セイラの一件がなければ苦労のみだったわけだが、考えないようにしよう。
ホント、グリューエンには面倒ばかり掛けられている。いい加減、復活は打ち止めだと思いたい。
次回の投稿は12月29日12:00頃の予定です。




