Chapter29-5 淡朽葉色の愛(3)
実湖都が黙り込んだのを認めた後、マリナは改めて口を開く。
「セイラちゃんがどれくらい強いのか、どんなに頑張って来たのか、何のために努力を重ねてきたのか。ずっと鍛えてきたわたしは、同じチームを組んでたわたしは、ちゃんと知ってる」
これまでの思い出を振り返っているのか、目を閉じて語る彼女。
「今のセイラちゃんは色々迷っちゃってるけど、それでも大丈夫だよ。セイラちゃんの積み重ねてきた“今まで”は裏切らないんだから」
マリナは最後にまぶたを開け、実湖都へにっこりと笑いかけた。いつもの柔和な雰囲気に加え、揺るがぬ信念を感じさせる笑みだった。
「……分かりました。マリナさんと、セイラさんを信じます」
「私も信じるよ」
マリナのセリフに思うところがあったんだろう。実湖都は頷き、それに友里恵も便乗した。
そこで、ふとオレは呟く。
「タイミングがいいな」
こちらが丸く収まった絶妙な頃合いで、あちらで暴れ回っていた金魔法も収まったのである。
およそ一分は射出し続けていたか。土煙や嵐の及ばない上空を飛ぶグリューエンは、肩で息をしていた。
あの【天輪流雨】モドキは、奴にとって渾身の一撃だったらしい。
「やっぱり、弱くなったなぁ」
オレは茶菓子のクッキーをかじりながら、ポツリと呟く。
一介の色魔法を行使した程度で疲労困憊になるなんて、以前のグリューエンなら考えられない体たらくである。同じくらいの実力だったカロンでも、【天輪流雨】は連発できたというのに。
とはいえ、
「人類の範疇なら上出来か。レベル90越えのセイラがかなり追い詰められているわけだし」
「お兄ちゃん、今、何て言った?」
すると、オレの独り言に、友里恵が即座に反応した。若干食い気味だった点は苦笑を禁じ得ない。
「セイラ殿がかなり追い詰められている、と言ったんだ」
「ということは、まだ無事なんだね?」
「当然だろう。今さっき、マリナも『大丈夫』って言ってたじゃないか」
「それはそうだけど……」
途中で口をつぐむ友里恵。
続くセリフは『どこまで本気にしていいのか分からなかった』かな。生きているとしても限界ギリギリとか、戦闘不能くらいは考えていたのかもしれない。目の前で繰り広げられた暴威を見たら余計に。
オレの言葉は事実だ。荒れ狂う地上にはセイラの魔力が存在してる。だいぶ弱まっているけど、継戦能力は何とか残っていた。
敵が使ったのは金魔法。普通なら、ただの土魔法では防げない。
十中八九、治癒系の魔法を使ったんだ。土魔法で即死をかろうじて避け、負った傷を頑張って治した。
今の彼女は軽傷を治すのがやっとのはずだが、そこは回数で補ったのかな。膨大な魔力は消費するものの、繰り返し発動すれば、いずれ治るもの。
強引かつ綱渡りな方法だけど、現状のセイラにできる合理的な手段だった。よく考えて戦っている。
以前のグリューエン戦で、右往左往するばかりだった彼女とは大違いだな。マリナたちとの修行の成果だろう。
「チッ。まだ死んでないの?」
グリューエンもセイラの無事を認めた模様。盛大に舌を鳴らし、追撃を放とうとする。魔力の巡り的に、最上級光魔法の【ディア・カンノーネ】か。無差別に無数のレーザーを撃つ術だった。
そろそろ決着が近いと予想したオレは、魔眼で戦況を観察し始める。
ここで無差別の範囲攻撃を選んだ辺り、グリューエンはセイラの正確な位置を把握できていないらしい。
何故だろうか? いくら劣化しているとはいえ、敵の感知能力はそれなりに保持できていると思ったんだが。今までの戦闘からも、その点は認められる。
「へぇ」
僅かに首を傾げるオレだったけど、すぐに合点がいった。セイラの方が策を講じていたんだ。
土煙に覆われた彼女は、最上級土魔法【ステラドーム】の中に隠れていた。
【ステラドーム】とは、地面をドーム状に形成した上で、ドーム表面に重力を流す防御系魔法である。重力によって、あらゆる効果が弾かれるんだ。
ただ、魔法の効果のみで、グリューエンの感知を防いでいるわけではない。最上級魔法程度でしのげるほど、グリューエンは甘くないのだから。
では、何故にセイラは隠れられているのか。
それは彼女が聖女だから。
こうして【白煌鮮魔】で観察し、ようやく理解した。聖女はただの光魔法師ではなかったようだ。
勇者ユーダイがそうだったように、セイラは特別な魔質を有している。彼女の土魔法が、光魔法にまつわる一切を弾くという性質を。
思い当たる節は、過去にもあった。
グリューエンが仮復活を果たした際、それほど強くなかった当時の彼女が独力で生き残れたこと。魔法司の権能――光魔力の招集の影響を受けなかったこと。
セイラのみが、対グリューエンにおいて特別だった。ユーダイ同様、普通に生活している分には何の意味もない特性だ。しかし、背負う役目にはとても役に立つ力。
序盤でその効果を感じられなかったところを見るに、意識して使う必要のある特性だったと予想できる。過去の成功例は、窮地ゆえの無意識の発動だったのかね?
それが今、グリューエンとの戦いを通して、ようやく自覚できたわけだ。
実に興味深い話である。歴代の聖女や勇者も、似たような性質を備えていたんだろうか? それとも、今回だけ特殊なのか。
ところが、オレの考察は長く続かない。戦局が大きく変化したために。
最上級光魔法【ディア・カンノーネ】を撃とうとしたグリューエンだったが、それは叶わなかった。それよりも早く、セイラが動き出したのである。
「おお、あれは――」
「【ディア・ラーゼ】!」
オレが感嘆の声を漏らすと同時に、最速の魔法が放たれた。セイラの下から伸びる一条の光が、グリューエンの心臓目掛けて迫る。
先程までのセイラには使えなかった最上級光魔法。それが示すのは、彼女の力が戻りつつある証明だった。
「ッ!?!?」
しかし、ここでやられるグリューエンではない。自身を光化する類の魔法を無詠唱で使い、【ディア・ゼーレ】の直撃を回避していた。
光として散った奴は、即座に元に戻り、反撃を行う。
「【ディア・プニャーレ・マッサ】!」
光の短剣を撃ち出す最上級光魔法だ。それが五百ほど生成され、セイラの下へと撃ち出された。
先程の【ディア・ゼーレ】によって、居場所を特定したんだろう。移動されていても問題ないよう、広範囲を網羅している辺りが嫌らしい。
グリューエンの攻撃によって視界を遮っていた土埃は吹き飛び、その軌道が明らかになる。
このままだと、攻撃は間違いなくセイラに当たる。
それを理解した友里恵や実湖都から悲鳴染みた声が上がるけど、心配はいらなかった。
「【ストーンウォ―ル】」
セイラの中級土魔法によって石壁が出現し、グリューエンの【ディア・プニャーレ】のすべてを受け止めたんだ。
本来、階級の低い魔法で上位の魔法は防げない。できたとしても、よほどの実力差がないと不可能だ。
その常識を覆した理由は、先程述べた通りである。セイラの特性が、グリューエンの光魔法を無力化したんだ。
先程の一撃を経て、セイラは自身の特性を把握したんだろう。だから、この土壇場で中級魔法を発動した。
失敗したら死ぬかもしれないのにぶっつけ本番とは、度胸がありすぎる。
逆に、グリューエンは攻撃が防がれるとは思っていなかったのか、目に見えて動揺していた。いくら魔法司とはいえ、この展開は常識の範囲外だった模様。
その隙を逃さず、いよいよセイラが反撃に出る。
下位の魔法の利点は、コスパの良さと速射性。最上級魔法を使ったグリューエンと比べ、セイラの方が次へ移るのは早かった。
「【ストーンアロー】」
またしても中級土魔法。一本の石の矢が、真っすぐグリューエンへと迫る。
それを認めた奴は激高する。
「なめやがってッ」
セイラの特性を知らないグリューエンは、セイラに侮られたと考えたようだった。怒りで顔を赤くし、回避でも防御でもなく、攻撃という選択を取る。
奴は、接近する【ストーンアロー】を無視して、再び【ディア・ラーゼ】を発動した。
慎重派のグリューエンらしくない行動だな。普段の奴なら、念を入れた行動を取るはずだ。
そう怪訝に思うオレだったけど、そう時間を置かずに得心する。
グリューエンは慎重であると同時に、傲慢な性格だ。格下の光魔法師を相手に、中途半端な攻撃をされたことが許せなかったんだろう。
あとは、聖女のくせに光魔法を使わなかったことや、魔法司時代の癖が出てしまったのも要因かな? ほら、魔法司は同属性以外の攻撃を無効化できるから。
一つの理由で説明できる状況ではないが、グリューエンが対応を間違えたという現実は変わらない。
【ディア・ラーゼ】はセイラの中級土魔法にあっさりと防がれ、【ストーンアロー】はグリューエンの肩に突き刺さった。
「痛ぅ。ふざけんじゃ――」
痛みに眉をひそめたグリューエンだったが、途中で怒りの言葉を止める。それから、サァと顔色が青くなった。
「あんた、まさかッ」
何かに気付いたらしいグリューエンは、慌てて肩の【ストーンアロー】を引き抜き、その傷口に手を当てた。
何秒かその状態を維持するものの、一向に変化は訪れない。
……いや、変化は起きたか。
ゆっくりだが、上空にたたずんでいたグリューエンが降下を始めた。徐々に徐々に落ちていき、ついには地面に足が着く。
その頃には、グリューエンはガタガタと全身を震わせていた。顔は真っ青で、先程までの威勢は微塵も感じられない。この降下が、彼女の意図ではないことは明白だった。
「何が起きたんでしょう?」
「どういうこと?」
魔力を感じ取れない転移者二人は、困惑した様子を見せる。
そんな二人に答えたのはマリナだった。
「たぶん、魔力を練れなくなっちゃったんじゃないかなぁ」
「魔力がバラバラ~」
同意するように、マイムも頷いた。
そう。今のグリューエンは魔力を動かせなくなっていた。魔法どころか、魔力操作さえも満足に行えていない。
原因は、セイラの【ストーンアロー】である。
グリューエンの魔力を拒絶するそれが体内に侵入したことで、奴の魔力が粉々に分裂してしまったんだ。
喩えるなら、水分が多すぎて上手くまとまらないパン生地か。何度すくいあげても、ボロボロと崩れてしまうのである。
【ストーンアロー】を引き抜いた今でも、その状態は変わらない。極小のセイラの土魔力が、奴の体内に残存しているんだろう。
これを解消するには、第三者の魔力で洗い流すしかなかった。当然、グリューエンにそんな味方は存在しない。
グリューエンの方が格上でも、セイラの魔力残量が少なくても、魔力そのものが操れないのでは話にならない。この戦闘の勝者は明らかだった。
次回の投稿は12月26日12:00頃の予定です。




