Chapter29-4 幸福の聖女は黄金を捧ぐ(8)
本日、ガルドプラス(アプリ版)にてコミカライズ最新話が更新されました。
無料範囲はフォラナーダ三兄弟の冒険者活動、先読みはコミックス2巻の続きとなります。
よろしくお願いします!
『すまない、もう大丈夫だ。何があった?』
『実は――』
こちらへ応対できるようになったからといって、あちらの問題が完全に片づいたわけではないでしょう。お兄さまの手をできるだけ煩わせないよう、端的に初代聖女殿にまつわる状況を説明しました。
『なるほど。だからか……』
一通り聞き終えたお兄さまは、頷くと同時に何やら意味深な言葉を発しました。
もしかして、お兄さまが対処しているだろう問題に、初代聖女殿の行動が関わっているのでしょうか?
そのような疑問が脳裏に浮かびますが、解消には至りません。それよりも早く、お兄さまがセリフを続けたためです。
『とりあえず、キサラさまの容態を診たい。今からそっちに向かうよ』
そう仰るや否や、私たちの隣に【位相連結】が開きました。
そこから兄さまが姿を現し、初代聖女殿の傍らに膝を突きます。
魔眼を開いたのでしょう。白く輝く瞳で初代聖女殿を観察したお兄さまは、「状況は理解した」と呟かれました。
「完全回復は難しいけど、この場から動かせるようにはできる。今はそれで我慢してもらおう」
「お兄さまでも難しいのですか?」
私が思わず言葉を漏らすと、お兄さまは苦笑を溢されます。そして、初代聖女殿に向かって両手を掲げました。
初代聖女殿が仄かに光り始めたところを見るに、早速、治療を始めたようです。
「まぁね。さすがのオレでも、因果を撒き戻すのは無理だ」
「巻き戻す?」
「キサラさまは、色魔法によって、自身の幸福という概念を世界に捧げた。その対価として、復活しようとしていたグリューエンを滅ぼしたんだ。……いや、正確には、その妊婦とやらの幸福を守ったと表現するべきか」
消費された捧げものを元に戻すんだ、因果の巻き戻しだろう? そう締めくくるお兄さま。
一方の私は、幾許か理解するのに時間を要しました。眉間に指を当て、ゆっくりと己の解釈を口にします。
「えっと、待ってください。色々と混乱していまして……。その、前提から尋ねるようで申しわけないのですが、あの妊婦にグリューエンの分霊が宿っており、ついに復活しようとしていたのですか?」
「オレは妊婦とやらを確認してないから断言はできないけど、状況からして、十中八九そうだな」
「それに気が付いたキサラさまが、己が身を犠牲にして復活を阻止したと?」
「そうなる。なかなかユニークな色魔法だ。自分の幸福を他者へ分け与えることで、幸福を損なう現象を阻止するなんてね。合理的と言えば合理的だけどさ。色魔法に代価を加えることで、適用範囲を広く取りつつも、効果量も損ねていない」
言い回しこそ感心した風でしたが、声音は酷く冷えておりました。心が読めずとも、お兄さまの抱いている感情が理解できます。
かくいう私も、お兄さまと同じでした。腹のうちに、言い知れぬ熱がわだかまっております。
以前からそうだと感じていましたが、今回の件で確信しました。初代聖女殿の本質が何なのかを。
私が深呼吸をしてそれを冷ましている間に、お兄さまの治療は終わったようです。その場から立ち上がりました。
「あとは任せていいかな? 申しわけないけど、まだやることが残ってるんだ」
「問題ありませんが……グリューエン関係で何かありましたか?」
このタイミングでのトラブルとなると、もはやグリューエン以外に考えられません。
私は触れるようになった初代聖女殿を背負いつつ、お兄さまに伺います。
すると、お兄さまは苦笑交じりに肩を竦められました。
「正解だ。キサラさまの色魔法に反応したのか、各所でグリューエンが復活したみたいでね」
「それは大問題なのでは?」
こんなところで悠長にしている暇はないのではないか、と言外に問いかけます。『各所で』と語った辺り、分霊すべてがグリューエンへ成ったという意味でしょうから。
直接口にしなかったのは、お兄さまが優先順位を間違えるはずがないという信頼があったためでした。おそらく、被害が広がらないように対処はしているのでしょう。
私の予想は、良い意味で裏切られました。
お兄さまは軽い調子で答えます。
「問題ないよ。復活直後は気配が読みやすくなってたから、遠距離攻撃で大半は何とかできた。多少強引な方法になっちゃったから、素体になってしまったヒトたちは気絶してると思うけど、後遺症はないように気をつけたつもりだ」
「……さすがはお兄さま。でも、かなりの数がいたのでは?」
グリューエンの分霊は、大陸中にいたと予想できます。私たちが五千ほど削ったとはいえ、最低でもその十倍は残っていたでしょう。
こちらの懸念に対して、やはりお兄さまはあっさりと返します。
「元々、国外の分霊はすべて排除してたんだ。だから、カロンが思うよりは苦労してないよ」
「いつの間に……」
「実は、魄術大陸のヒトたちに協力を仰いでてね。彼らのお陰で、だいぶ楽ができたよ」
なるほど、人海戦術ですか。
それが最適解であることは最初から存じておりましたが、まさか別大陸の人材を動員するとは。
というより、
「何故、教えてくださらなかったのですか? そのような大掛かりなことをしていらっしゃるのなら、私どもも手伝えたでしょうに」
何も知らなかったことに、若干の腹立たしさを感じます。
こちらの半眼を受け、お兄さまは謝罪を口にしました。
「その点は申しわけないと思ってる。ただ、一応理由はあったんだよ」
「何でしょう?」
「下手に情報が漏れると、キサラさまが暴走しそうだったからね。キミたちは、セイラ殿の件で忙しいのもあったし」
「……嗚呼」
とても納得してしまいました。
グリューエンの一件があっという間に終息すると知れば、初代聖女殿は暴走していたでしょう。
先の話し合いでの初代聖女殿の主張と矛盾しますが、きっとこの予想は当たっています。彼女の本質は――
「カロン」
思考の海に囚われそうになったタイミングで、お兄さまが声を掛けてきました。
ハッと我に返った私は、お兄さまの方に視線を向けます。
「話を戻すけど、やることが残ってるんだ。さっきは『問題ない』って格好つけちゃったけど、復活したグリューエンを全滅させられたわけじゃないんだよ。速攻で姿をくらませた面倒な個体がいてね。数は二桁もいないけど、厄介なことになる前に潰しておきたい」
真っすぐこちらを見つめてきたお兄さま。
その視線に、セリフとは異なる意図が込められていることを、私は察しました。また、その詳細も。
お兄さまの懸念を理解した私は大きく頷きます。
「私の方は問題ありません。お兄さまは、ご自身のお役目を果たしてください」
「分かった。あとは任せるよ」
こちらの首肯を受け、お兄さまは即座に踵を返しました。【位相連結】を開き、いずこかへ転移していきます。
「さて」
お兄さまが去り、部下の方々も周辺の封鎖に出払っている現状。この場には私と初代聖女殿しかいませんでした。
そんな静寂に包まれた中、私は背負っていた初代聖女殿を下ろしました。
彼女は倒れることなく、その場に直立しました。
そう。初代聖女殿は、しばらく前から意識を取り戻していたのです。
私は、若干の困惑を滲ませる彼女に向けて、鋭く声を発しました。
「キサラさま。あなたに大切な話があります」
「それは、魔王を差し置いて話すべき内容なのでしょうか?」
お兄さまの状況説明は聞いていたようで、そのような戯言を紡ぐ初代聖女殿。
当然、私は即答しました。
「無論です」
「……何でしょうか?」
観念した彼女は、苦々しい表情を浮かべながら問うてきます。
私は、一瞬だけどんな言葉から始めれば良いか思考を巡らせ、すぐに口を開きました。
「私が、あなたを大嫌いだという話ですよ」
その時に浮かべた初代聖女殿の驚愕の表情は、とても見ものだったと追記しておきます。
次回の投稿は12月14日12:00頃の予定です。




