Chapter29-4 幸福の聖女は黄金を捧ぐ(7)
「【我が黄金を世界へ捧ぐ】」
初代聖女殿がそれを発動した途端、周囲が明るく耀きました。
いえ、違いますね。耀いたのは彼女のみであり、その光量が大きすぎた結果、周りも光って見えたのでしょう。
倒れる妊婦の前で祈るように手を組み、全身を黄金に耀かせる初代聖女殿。その姿は神々しく、思わず見惚れてしまうほどでした。
しかし、呆けている場合ではございません。
今の彼女は、魔法の使用が制限された状態です。本来なら、色魔法どころか初歩の球魔法さえ満足に扱えないはずなのです。それを無理やり発動している現状が、とてもマズイことは明らかでしょう。
実際、耀く初代聖女殿の存在感は、少しずつ薄くなっています。彼女の体から黄金の光が滲み出るごとに、認識しづらくなっていました。目の前で祈っているはずなのに。
かといって、考えなしに突っ込むのも宜しくありません。
何せ、あちらが行使しているのは未知の色魔法です。不用意な接触が何を起こすか、検討もつきません。こちらも色魔法で止めに入るのが最低条件です。
要するに、私が何とかするしかありません。
「一般人の安全確保を!」
先行し、初代聖女殿を取り囲んでいた部下たちに命じて、まずは二次被害を抑止します。
ただ、一名だけは移動が難しい状況でした。
初代聖女殿の目前に倒れている妊婦です。両者の距離が近すぎるせいで、色魔法の影響を受けてしまう危険がありました。
状況からして、初代聖女殿の目的はあの妊婦にあるのでしょう。そういう意味でも、下手に接触するのは悪手になりかねません。
これ以上を望むのは難しいですね。現状では、周囲の一般人を遠ざけるのが精いっぱいでしょう。というより、二桁にも届かない人数で、ここまで実行できただけ、皆さんは十分仕事を果たしております。
妊婦の状態が気掛かりですが、仕方がありません。ここからは私の仕事です。
まずは下準備。
「【天輪降臨】」
詠唱後、頭上に光の輪が出現。同時に、私は金の魔法司へと変化しました。
そう。今発動したのは、疑似的に金の魔法司へと変わる魔法です。修行したお陰で、【天炎自然】を経由する手間を省けるようになりました。
まぁ、【天炎自然】経由時の強化がないので全体的に弱体化している上、天輪という明確な弱点が発生しているため、まだまだ改良の余地はあるのですけれどね。
それでも、今回のような急務には役立ちます。
疑似魔法司と化した私は、続けて二つの魔法を唱えました。
「【異相庭園】、【金剛回帰】」
お兄さまの【異相世界】を参考にした最上級光魔法と、対象の状態を元に戻す――回復と術の打消しを合体させた色魔法です。
前者は色魔法ではありませんが、私の習得している結界系でもっとも強力ゆえの選択でした。お兄さまの魔法をベースにしているだけはあります。
後者の魔法に関しては、初代聖女殿を回復させる意味合いも含んでいました。
金魔法が魂の損耗にどこまで効果を及ぼすか判然としませんが、やらないよりはマシでしょう。復活系も属していることですし。
私、初代聖女殿、妊婦の三人を光の膜が覆うと同時、初代聖女殿は黄金の球体に隔離されました。
球体は一瞬で砕けましたが、問題ありません。彼女が発動していた色魔法も、一緒に砕け散ったのですから。
初代聖女殿の色魔法発動から、ここまで五秒未満。多少の反省はあれ、迅速に行動した自負がありました。
ですが、初代聖女殿の技巧……いえ、執念は、私たちを上回っていたようでした。
「成功、しました……」
バタリとその場に倒れながら、彼女はそんなセリフを紡いだのです。
もしかしなくても、色魔法の打消しはギリギリ間に合わなかったのでしょう。現に、倒れた初代聖女殿の気配はとても希薄で、明滅を繰り返しておりました。指先などの体の末端に至ってはボロボロと崩れ、完全に消滅しています。
【金剛回帰】の効果が皆無だった、というわけではないようです。消えかけていた初代聖女殿の容態は、時間とともに安定していますから。
私が対応していなければ、そのまま消滅していた可能性は高そうです。
不幸中の幸い……といって良いのか微妙なところですね。ざっと確認した限り、今の私では初代聖女殿の治療は難しいですし、色魔法の対象となった妊婦の状態も不透明です。
初代聖女殿と同様に【診察】で確認を取ったのですが、気絶している以外に妙な点は見当たりませんでした。
健康そのものです。色魔法の影響どころか、初代聖女殿が動いたキッカケさえ分かりません。
「とにかく、動きましょう」
考えるのは後回しです。目の前に患者がいるのであれば、真っ先に治療するのが光魔法師というもの。
私は疑似魔法司化と【異相庭園】を解きつつ、初代聖女殿方の下へ駆け寄ります。そして、倒れる二人の容態を確認し直しました。【診察】も万能ではありませんからね、念のためです。
診断結果が変わらないことを認めた私は、周囲警戒に務めていた部下の方々に新たな指示を出します。
「こちらの方を、フォラナーダの治療院に運んでください。特に問題はないとは思いますが、時間経過で容態が悪化する可能性もあります。道端で倒れたと報告するのも忘れずに」
まずは、数名に妊婦を運び出すように命じました。
やはり、私たちが駆けつける前に倒れていたことや、色魔法の影響は捨て置けません。経過観察が必要でしょう。
その点、フォラナーダが運営する治療院なら、安心して任せられます。何か問題が発生すれば、私に連絡が来るでしょうし。
次に初代聖女殿への対処ですが、
「周囲一帯を封鎖します。人員が足りないのなら、応援を呼んでください」
色魔法を行使した代償が、想定よりも酷いものでした。
というのも、初代聖女殿との物理的接触ができなくなっているのです。触ろうにも、ふんわりと抵抗感を覚えるものの、貫通してしまいます。
彼女は、元々魂のみで存在していました。ゆえに、今の方が正しくはあります。
ですが、消滅するか否かの状態を放っておけるはずがありません。
余計な刺激を与えないように規制線を張り、対処可能な人員が到着するのを待つのが最善でしょう。
「お兄さまかサザンカの手が空いていれば嬉しいのですが」
何もできない己の不甲斐なさに歯噛みしながらも、私は魔電を起動しました。魄術の心得があるお二方なら、初代聖女殿を救えると信じて。
しかし、その前に、初代聖女殿の意識が戻ったようでした。
「妊婦、さん、は、どう、なりました?」
口を動かすのも億劫なのでしょう。その声は酷く震えていました。
それでも続けたところから、彼女にとって重要な質問なのだと察しがつきます。
私は魔電の操作を一旦止め、初代聖女殿の問いに答えました。
「無事ですよ。健康に問題はないようでした。念のため、今は治療院に運ばせましたが」
「そうですか。良かった」
こちらの返答を聞いた初代聖女殿は、ホッと胸を撫で下ろしました。
その仕草を見て、私は思わず疑問を投げかけようとしました。『あなたは、あの妊婦に何をしたのですか?』と。
ですが、ぐっと堪えます。今優先すべきは彼女の回復であり、自身の疑念の解消ではありません。
中断していた魔電の操作を再開し、私はお兄さまへ連絡を取りました。いつものように、一コールと置かず繋がります。
ただ、異なる点もあり、
『カロンか? 少し待ってくれ』
普段なら即座に用件を尋ねてくるお兄さまが、しばし待機するよう返してきたのです。
そういうこともあるのでは? と思うかもしれませんが、お兄さまの場合はほぼあり得ません。
何故なら、思考強化系の精神魔法があるからです。お兄さまは思考を分割し、複数の作業を並行して行えるため、別件をさばきつつも私と会話が可能でした。
それが実行できないということは、つまり、余力がないほどリソースを割かれている証左。緊急事態に他なりませんでした。
とはいえ、そこはお兄さま。私への待機指示は、二秒と置かずに撤回されました。
『すまない、もう大丈夫だ。何があった?』
『実は――』
次回の投稿は12月11日12:00頃の予定です。




